第43話 死闘開幕
装甲輸送車で再び作戦区域を訪れたハルカは、ヘルメットの内から『ソレ』を見上げていた。
この世界がモンスターに支配されてから約五十年。
生存圏の外は風化し、磨耗し、廃墟と化した。それでも当時の面影はその形を残したままで、作戦区域にしてもビルや一軒家の骨組みなどは至る所に見受けられる。
そんなビル群よりも高い化物が一体、今もなお周囲の魔素を吸収しながら膨張を続けていた。
(派手に吸ったな)
ここら一帯は異常な魔素濃度を検出し、視界が不明瞭になる程の黒い霧状の魔素に覆われていた。
それが今や地平線の果てまで見通せている。全て吸収されたのだ。君臨する超巨大な化物、元はヒトガタであった個体に。
ハルカの目測で体高は約二十メートル、横幅も最低で五メートルはあるだろうか。
その姿に統一感は無く、体表からは多種多様な生物の部位が突き出していた。色も形も入り乱れ、しまいには全身から生やした無数の触手が躍り狂っている。
それは最早生物の枠組みから外れた、醜悪極まる異形の怪物だ。
ヘルメットと強化スーツ。全身を漆黒で覆い隠したハルカは、数キロ離れた地点から静かにスナイパーライフルを構えた。
照準が巨大な化物を捉える。
これだけの距離、僅かな手元のブレすら数キロ先では数十メートルのズレになるだろう。
しかし彼の射撃技術は余人の追随を許さぬ神域にある。あれだけ的が大きい化物相手では、むしろ外す方が難しい。
当てるだけ、これ以上に簡単なことはない。
ただ、当たる事と倒す事はまた別の話。
巨躯を誇る化物が銃弾を通す程柔らかいかどうかは―――
「多分、無理だな」
スコープ越しに見える光景。うねる触手が接触する度に廃墟が粉砕されていた。大した力も速度も込められず、ただ動かしただけでその有り様。
恐らく巨体は尋常ならざる強度を有している。
それでもモノは試しにと、ハルカは躊躇無く引き金を引いた。
―――爆発音。
大気を揺るがし、それを聞く者の耳を破壊するかのような爆音は、スナイパーライフルの発砲音だった。
人智を越えた戦闘に耐え得る強度の強化スーツでなければ、文字通り反動で腕が吹き飛ぶであろう威力。
事実、発砲の瞬間、ハルカを天板に乗せていた装甲輸送車は僅かに揺れ動いていた。
それ程の破壊力を込められた弾丸は、音速を凌駕する速度でターゲットに着弾し―――
(やっぱり駄目か)
触手の一部が僅かに欠ける程度の損傷しか与えられなかった。そしてそれは次の瞬間には自然治癒している。
リロードに時間が掛かる点を踏まえれば無駄とすら言える攻撃だ。
「しゃーねーな。やっぱあのレベル相手じゃ銃は駄目だ」
スナイパーライフルを放り投げたハルカが腰に提げた剣の柄を握り締め、装甲輸送車の天板から地面に飛び降りた。
『何をなさるおつもりで?』
支部長の部下である作業員が無線越しに問い掛ける。
「何ってそりゃ戦いしかねえだろ。お前らのボスがそう仕向けたんだが?」
『ですがこの距離では。せめてもう少し近づいて―――』
「いや、ここで十分だ。つうかお前らは早く離れろ。時期にここもやばくなるぞ」
『は―――?』
銃火器で駄目なら生身の人間に出来ることなど無いように思えるが、そんな常識を越えた存在が探索者だ。
そしてハルカはその中でも最強を極めた、世界最高レーティング21.6の保持者である。
既に薬は投与しており、戦闘態勢も整えた。故に今の彼は文字通りの世界最強で、だからこそその戦闘は、常識を嘲笑うような圧倒的な幕開けを迎える。
突如としてハルカが立っている地面が爆ぜる。
コンクリートが砕け、土砂が舞い上がり、そして周囲に立ち込める土煙が晴れた頃には、そこにハルカの姿はなかった。
『何が起こった!?』
事態を飲み込めない作業員の一人が狼狽える。咄嗟にレーダーに目を向けると、上空数十メートルに生体反応があった。
なんとハルカが空を飛んでいた。
上空を山なりの軌道で高速移動し、やがて放物線は緩やかに下降していく。
『跳躍した、のか?この高さを、スーツがあるとはいえ体一つで!?』
人間業とは思えない偉業。だがそれを讃える間もなく、下降していく間身動きが取れないハルカ目掛けて化物の触手が放たれた。
先程の弾丸に勝るとも劣らない速度の触手に直撃したビルが、鋭利な切断面を見せて倒壊していく。
一棟、二棟、三棟、切り刻んでなお加速する攻撃。本来なら視認することも叶わないだろう。己の死を悟る時間すらないだろう。
しかしハルカの両目は確実にそれを捉えていた。落下途中、動けない中で青年が笑う。
「俺たちは、最強だ」
剣を振り放つ。
甲高い衝突音が全天に轟いた。ガリガリと削り合い、盛大な火花が散る。触手と斬撃が鍔迫り合っていた。競り合いは一瞬、すぐに触手が千切れ飛ぶ。
「よっと」
それから何を血迷ったか、ハルカは眼前の触手に剣を突き立てて着地すると、なんとそれを足場に走り出した。
あまりにも無謀な接近方法に、戦闘の様子を支部長の命令で中継し始めてた作業員たちは度肝を抜かれた。
『なんだ、あれは』
『同じ人間か?』
『怖くないのか?』
口々に疑問がこぼれ落ちる。
あの支部長の下で働き、多くの修羅場を経験していた彼らの物差しでさえ、今のハルカは測ることが出来なかったのだ。
超速で引き戻される触手の上を、それ以上の速度で駆け抜ける世界最強。
化物が彼を落とそうと触手をうねらせても絶妙なバランス感覚で張り付かれ、なら叩き落としてやると別の触手を振り被れば今度はそっちを足場にされ、引き剥がせずに互いの距離が近付いていく。
そうして数キロの距離をあっという間に蹂躙したハルカは、ようやく学びを得たらしく剣山のように鋭く盛り上がった足場に見切りをつけ、一気に足元を蹴って加速した。
向かう先は化物の巨体そのもの。
あの巨体相手に剣一本で戦うよりは、もうそのまま突っ込んだ方が有好打になるだろう。
そう思っての突撃だ。
圧倒的な脚力で自らの体を弾丸のように射出したハルカは、向かい来る触手やよく分からない動物植物その他諸々の特徴を帯びた妨害を切り捨て、
「よう化物。皐月さんの父親の仇を取りに来たぞ」
化物の巨体に『着地』した。
まるで水面に岩を投げ込んだ時のように、化物の体表が四方に弾け飛ぶ。
その爆心地の中心から身軽な挙動で地面に降り立ったハルカは、即座に剣を構えて振り被った。
死闘、開幕。
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