第36話 一方的な攻防

 ヒトガタを正面から受け止めた佐久間は、改めて敵の様子を観察した。


 一般的な成人男性と近しい体格。

 掴んだ剣は構えるのではなくただぶら下け、そしてヒトガタ自身も剣と同じく、ゆらりゆらりと重心を悟らせぬ立ち姿。


「嗚呼、そうか」


 佐久間は僅かに声を震わせた。

 揺れる瞳に浮かぶのは、怒り、悲しみ、後悔―――そして見つけてあげられたことへの安堵。


「お前、ここにいたのか」


 かつての部下。笑顔で自分を慕ってくれた男の成れの果て。


 見間違えるはずがない。

 立ち姿も剣の持ち方も何もかも、佐久間自身が彼に教えたものと瓜二つだったから。


「お前たちは手を出すな。コレの相手は俺がやる」


 そう言う佐久間中将に、誰一人として口を挟むことは出来なかった。

 先ほど垣間見えた敵の強さ、そして静かに闘志を高める佐久間中将の威圧感を前に、誰が口出しできようものか。


 実行部隊のメンバーたちはヒトガタを佐久間に任せると、退路の確保等の作業に移っていく。


 が、その中でただ一人、佐久間と同じくヒトガタの動きに対応できた男だけが、援護するようにライフルを構えていた。


「お前は行かないのか?」


「あー、何となく佐久間中将の事情とか気持ちも分かるんですけど。ぶっちゃけこいつを倒すなら俺も残るべきかなあと」


「······それもそうか」


「てなわけで援護します······。接近されるとひとたまりも無いんで、そこらへんはよろしく頼みますって感じで」


「了解した。援護、感謝する」


 会話を終え、改めてヒトガタに向き直る佐久間中将。そこから少し離れてハルカも敵に銃口を向ける。


 相変わらず力の抜けた立ち姿。ゆらりゆらりと揺らめき、ぶら下げた剣が左右に振れ―――


 斬。


 何の前触れもなく、突然ハルカの眼前に剣が迫っていた。


「なッ!?」


 警戒していた。これ以上無いほど、ヒトガタの一挙手一投足に注目していた。それでもなお出し抜かれる圧倒的なスペック差。


 見れば今までヒトガタが立っていた場所にはめり込むような足跡が一つあり、そこからヒトガタは僅か一歩の踏み込みで、瞬時に間合いを蹂躙していた。


「バケモンがッ!」


 たった一歩で最高速まで加速する人外の身体能力。見た目は人間でもやはりその戦闘能力はモンスター仕様。


 当然のように、化け物である。


 そして―――


「このッ······ラァ!」


 咄嗟にライフルを剣に合わせ、その威力を斜めに受け流して見せたハルカも、強さでは十分に化け物と言えた。


「■■■ッ」


 初撃を捌かれたヒトガタは歪な咆哮を上げると、流された方向に身体を捻ってそのまま回し蹴りを放つ。

 コンパクトな蹴りは一見弱そうに見えるが、こちらもまたモンスター仕様の破壊力。


 慌ててハルカが身を屈めると、背後の壁が粉々に砕け散る。


 一瞬回避が遅れれば、砕けていたのは自分の顔であった。ハルカは顔面蒼白になってその場を飛び退き―――


「ちィ」


 その眼前を強烈な裏拳が薙ぎ払った。その角度タイミング共に、あまりにも完璧が過ぎる。

 ハルカが戦い慣れている人間でなければ、今ので死んでいただろう。


(ホント、久々にこれはやべぇぞ)


 これがヒトガタ。


 人智を越えた力を持ちながら、生前の人間の巧さまで取り込んだ正真正銘の化け物。


(くそ、あんのクソゴミ支部長に『アレ』はまだ使うなって言われてるし―――)


「佐久間中将!」


「任せろ」


 ハルカは、加速するために一歩を踏み出したヒトガタの軸足をライフルで撃ち抜き、そのバランス感覚を奪いながら後退した。


 そして入れ替わるように前に出る佐久間中将。


 強化スーツを着用したとはいえ、生身一つと一振りの剣のみ。あまりにも心許ない装備だが、彼はそれで問題がなかった。


「■■■ッ―――!!」


 おぞましい叫び声を撒き散らしたヒトガタが、またも予備動作無しの急加速を見せた。

 一瞬で十メートル以上を走破し、その勢いすら乗せた一撃を振り放つ。


 威力、速度。共に人の域を超越した一閃が、佐久間中将の首を撥ね飛ばさんと迫り―――


 鼓膜を破るような衝突音が響き、その剣が彼の眼前で受け止められていた。


「誰が如月に剣を教えたと思っている?その模倣でしかない剣筋など、わざわざ見切るまでもない」


 防いだことに一喜一憂すらしない。こんなものは当然だとばかりに、佐久間中将は凪いだ瞳でヒトガタを見据えていた。


 それから数秒。鍔迫り合うような体勢から先に動いたのはヒトガタの方であった。


 膂力に任せて剣を振り抜き、佐久間中将を思い切り吹き飛ばす。そうして体勢を奪ったところに体当たりをぶちかましーー


「単調だな」


 佐久間はその威力を横に受け流しつつ回転力へと変換した。ぐるりと入れ替わる立ち位置。攻撃をすかされたヒトガタは前方へもつれ込み、鮮やかに背後を取った佐久間が振り向き様に剣を一閃させる。


『■■■■■ッ!?!?』


 力押しなど獣の所業。

 これこそが人の技だと言わんばかりに、佐久間中将が圧倒していた。


 そうして勢いの失ったヒトガタを、今度は佐久間中将が猛烈に攻め立てる。


 受けも回避も許さぬ猛攻である。いかにヒトガタが強かろうと、剣に対する理解度が違いすぎる。その差を見せつけるように一方的に切り刻み、そして―――


「これで終いだ」


 両手を切り飛ばすことで決定的に勝敗をつける。


 あとはもう止めを刺すだけ。ここまで来れば佐久間中将の勝利は確実なものと言えるだろう。


 そう。勝負は確かに彼が勝った。


 だけれど、そもそもヒトガタが勝負から降りた場合は―――


「ん?なんだ?」


 両腕を切り飛ばされたヒトガタが、突然痙攣しながらその場に倒れ伏す。勝手に死んだのかと疑いながらも佐久間中将は警戒して距離を取った。


 その直後。


 彼らがいる空間を中心に、異界が崩壊を始めた。


 異界を成り立たせていた濃密な魔素が急速に霧散し、そして倒れたヒトガタへと向かっていく。


 黒い霧のような魔素に覆われた人間のシルエットは、あっという間に見えなくなってしまった。


「―――これは」


 ヒトガタを覆っていた魔素が徐々に膨れ上がる。否、膨れているのは魔素ではなく、それに包まれた物体の方だ。


 はじめは地面を見下ろすような形だったのが、既に見上げるばかりの大きさになっている。


 それはもう、ヒトガタですらない別のナニカであった。


「ォ、オ■オ■■オオ■オ、オォ■オオォ■■」


 この世のモノとは思えぬ呻き声を立てて膨張を続けるモンスター。今すぐにでも止めを刺さなければならないが、この場に留まり続けては崩壊する異界に押し潰される可能性がある。


「くそ、一時撤退だ!仕切り直すぞ!」


 佐久間中将は即座に判断を下した。ハルカもそれに従って逃走を開始しようとして―――


 そんな二人を引き裂くように天井が崩落した。

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