第35話 戦闘開始

 実行部隊が突入した異界は地獄の様相を呈していた。


 無数に枝分かれした迷路のような内部構造。狭いコンクリートの通路はモンスターがひしめき、休む間もなく戦闘が勃発する。


 それらが並のモンスターであれば楽に突破も出来たのだろう。

 しかしここで発生する個体は例外なく戦闘能力が高く、少数精鋭であろうと、否、少数精鋭だからこそ武器弾薬や体力の消耗が無視できない。


「前方20メートル先の曲がり角、モンスターがいます。これは······混ざってるのが10、いや、11体。単種が4体です」


 偵察を担当する部隊員が、能力によって発生させた風をソナーのように用いて敵の接近を察知する。


 15人から構成された実行部隊は、その報告を聞いた瞬間に戦闘態勢を整えた。


 その直後―――


「■■■■■■―――ッ!!」


 おぞましい叫び声を上げて、曲がり角の先から無数のモンスターが雪崩のように押し寄せてきた。


 動物や植物、虫などをベースにした様々なモンスターたち。

 一種類の生物をベースにした個体ならまだマシで、迫り来る敵の大半は複数の生物の要素を併せ持つ化け物であった。


 捕食した対象の性質を取り込んで進化するモンスターは、多くの要素を持つ個体ほど進化を繰り返した強者とされている。


 それが目視で10体以上。壁外探索では絶対に直面することのない脅威だろう。


 そんな地獄のど真ん中を、


「弾薬の無駄だな。俺が出る」


 佐久間中将は涼しい顔で進み―――


ふんッ!!」


 気合い一閃。

 天高く剣を掲げ、迫り来る群れにそれを叩き込んだ。


 その図をそのまま描写するなら、約1.9メートルの人間が、人間より何倍も巨大で重たい生物の群れに、1本の剣を振り被っただけ。


 物理法則を元に考えれば、放った斬撃は無意味に終わって、佐久間中将が化け物に轢き潰されるのがオチだ。


 だってそうだろう。自分より巨大で重くて、自動車のような速度で突撃してくる化け物の群れに勝てる男がどこにいる。


 ここにいた。


 たった一閃。それが先頭の個体を縦一文字に両断し、さらに衝撃波で後続を三~四体まとめて吹き飛ばす。


「ハァ!」


「ッラァア!!」


 そして佐久間の斬撃でモンスターの勢いが止まると、さらに部隊員たちが追撃を仕掛けた。


 剣が、槍が、徒手空拳が、銃弾が、能力が、モンスターたちをあっという間に削り取っていく。


 次々に打ち倒されるモンスター。素人目に呆気なく見えてしまうほどの蹂躙劇は、ひとえに探索者側が優秀すぎるからだ。


 敵は最も弱い個体ですら、推定危険度5を越えるであろう化け物。

 それらを殺すには速度、威力、角度、タイミング、どれか一つでも欠けてはならず、流れ作業のようにモンスターを狩る彼らの方がよっぽど怪物染みていると言えた。


「ふぅ」


 ―――そして、ハルカもそんな化け物染みた人間の一人であった。


 彼はライフルを構えた体勢で、眼光鋭く戦場を睨み付ける。

 敵味方が激しく入り乱れる混戦状態では、まともに照準を合わせられるはずがないのに、彼は何の躊躇いもなく引き金を引いた。それもほぼ同時に二発。


 放たれた弾丸の一発は、走る部隊員の脇の間を抜け、佐久間が振り被った剣の真横を通過し、その先で死んだフリをしていた個体の脳天を正確無比に撃ち抜く。


 そしてもう一発は、今にも光希の横から襲い掛かろうとしていたモンスターに着弾。肩口から腕を吹き飛ばしていた。


 頭部ではなくわざわざ腕を飛ばしたのは、決してミスショットではない。


 モンスターが向かってくる角度や重心から計算した時、頭を撃ち抜いてもその死骸は慣性に従って光希にのし掛かっていただろう。


 故にハルカはあえて腕を吹き飛ばすことで、モンスターの攻撃を無力化すると共に重心をずらし、光希が動く前に敵の脅威を退けたのだ。


「もういっちょ」


 光希の横に倒れ込んだ個体の頭部を今度こそ撃ち抜き、ハルカは満足げに口許をつり上げた。


「ッ!?ハルカ、ありがと!」


「前見ろ前。まだ終わってねえぞ」


「うん!」


 光希が別のモンスターに向かっていく。

 ハルカは見知った少女の援護を最優先としながらも、時折他の部隊員にも助け船を出す形で、その後も戦いに参加し続けた。



「噴ッ!これで最後か」


 最後の一体を切り捨てた佐久間は、周辺を警戒したまま額の汗を拭う。


「はぁ、はぁ、そうですね。ようやく終わったかと」


「疲れるのは分かるが気を抜くなよ」


「はぁ、はぁ。は、はい」


 佐久間が部下に言う通り、遭遇した敵を全滅させても、現状は安全からはほど遠かった。

 たった今終えたばかりの戦闘音を聞き付けたモンスターが多数接近をしており、さらには―――


「すみません。遠くで情報の精度が落ちますが報告です。十二時の方向、距離約五百メートル地点に新たな反応が発生しました。恐らくは混ざっている個体で、数は20ほどかと」


 たった今討伐した数よりも多い化け物が、新たに異界内部に自然発生する始末。

 これでは危険は増すばかりだ。


「休む暇もないな。やり過ごせそうか?」


「少し待ってください」


 佐久間の問いを受け、偵察要員は微弱な風を異界内部に発生させた。そしてそれを自らの手足のように動かし、レーダーが効かない範囲を調べ始める。


 索敵に要した時間は僅か数秒であった。


「無理です。どのルートで行っても、どこかで敵と遭遇します。戦闘音で気付かれてしまいますし、取りあえず真っ直ぐ進むべきでしょう」


「最適なルートは?」


「今考えている所です。三十秒いただければ」


「わかった。各自、強化スーツのエネルギー残量や、弾薬の確認をしておけ。三十秒で移動を再開する」


 戦闘を終えたばかりの部隊員たちは、一瞬足りとも警戒を緩めることなく陣形を保ちながら装備の確認をする。そしてきっちり三十秒後、索敵要員が口を開く。


「ルートを割り出せました」


「概要は?」


「この先を右折して直進。約百五十メートル先で一度目の戦闘が発生します。それからさらに百メートル程進んだ先を左折して、もう一度戦闘を挟みます。どちらも今の戦闘と同じような危険度かと」


「なるほど。わかった。これより移動を再開する」


 ルートを割り出せたところで、部隊は再び移動を開始した。



 道中、楽なことなど一つもなかった。


 異界内部は時間経過で構造が変化するため、割り出したルートを更新する必要があったのだ。

 さらにモンスターが自然発生するせいで予想外の戦闘にも見舞われた。


 それでも部隊は、誰一人欠けることなく異界最深部の最も魔素が濃い場所まで辿り着いた。


「ここです。俺の風はここが一番魔素が濃いって言ってます。ヒトガタがいるならこの先でしょう。反応はヒトガタと思われる敵一つだけです」


 恐らくこれが最後の曲がり角。そこを越えれば今回の異変の元凶であるモンスターがいる。


 佐久間を先頭に、部隊は慎重に歩みを進め―――そして見つけた。


「探索者?」


 曲がり角を越えて広い空間に出た光希が、小さく疑問を口にする。


 彼女の視線の向かう先に立っていたのは、パッと見で探索者と変わらないシルエットだった。


 少し変わったデザインの強化スーツを着用した成人男性。片手には剣を持っており、その姿だけ見たら決してヒトガタだとは思えない。


 少女のみならず多くの部隊員が思わず困惑してしまっていた。


 しかし過去にヒトガタとの交戦経験を持つ佐久間は即座に構え、そしてそんな彼とは異なる理由から、ハルカもまた銃口を眼前の『敵』に向けていた。


(あいつ、如月さんの父親を殺した個体か!)


 ヒトガタと思わしき人間のような個体は、ハルカとよく似たデザインのスーツを着用していたのだ。いや、着用というには少々違和感がある。

 よく見れば、強化スーツに見えるそれは皮膚のように、ヒトガタの表面に付着していた。


(食って、取り込んだスーツも再現したのか)


 即座に全てを察し、極大の殺気をヒトガタに向ける。その頃には他の部隊員たちも全員が異変に気付いており、佐久間とハルカを見て同じく戦闘態勢を取っていた。


 これで準備は万全。少数精鋭の総力がただ一体のモンスターに向かう。


「まずは俺が攻撃して、敵の出方を確かめる」


 そう言って佐久間がまず前に出た。

 ヒトガタは、これ程の異変を発生させた元凶だとは思えぬほどの静けさで、未だに虚空を見つめたまま。

 威圧感もなにも発することなく、ただ立ち尽くしている。


 全員が、一切警戒を緩めることなくヒトガタの一挙手一投足に注目していた。


 佐久間が切り掛かった時にどう動くのか。敵の強さはどの程度なのか。僅かの情報も見逃さないようにと、その警戒を―――


 ヒトガタは、嘲笑うように抜き去った。


 『それ』に気付けたのは、佐久間とハルカだけだった。ただ佐久間を避けるように動いたヒトガタを佐久間が捉えることは出来ず。


 結果的に動けたのはハルカただ一人。


 張り裂けるような静寂に、鋭い風切り音と銃声が響く。


 それから少しして、ボト、と何か柔らかい物が地面に落下する音。


「え?」


 光希は自身の右腕に違和感を覚えてふと視線を落とした。


 ない。


 そこにあるはずの腕が、ない。


「え?」


 目と鼻の先、地面には細い右腕が転がっていた。

 それは光希が着用している強化スーツの袖の部分を纏っている。


 そこまで自覚した時、ようやく少女の全身におぞましいほどの激痛が迸った。


「は―――かッ、ぁ、ぁ、はぁ」


 あまりの痛みに叫び声すら出てこない。光希は目を見開いて痛みに呻くしかなかった。


 腕が、腕が、腕が、腕が―――赤く染まった視界には、地面に落ちた腕だけが映る。


「姫サマ!下がれ!生きて帰れば腕は治せる!」


 一瞬で光希の目の前まで移動していたヒトガタが、血に濡れた剣を振り上げた。

 初撃は銃弾に逸らされて狙いがずれた。

 今度こそ外さないと言わんばかりに、光希を真正面に捉えて剣を叩き込む。


 一発の銃弾で剣の軌道を逸らしても、この角度からでは光希が殺されてしまうだろう。


 佐久間も間に合うか分からない。


 他の部隊員はまだ放心状態で、このあまりにも予想外の事態に対応できていないようだった。


 つまり詰み。ここから彼らの戦力で巻き返すことは出来ない―――


「死ねクソが!」


 ―――乱射。


 一発で足りないなら百発でも千発でも食らわせてやると、ハルカが怒りに任せて両手で銃を発砲した。


 無数の弾丸がヒトガタの本体と、その手に握られた剣に直撃し、雨あられと降り注ぐそれらが剣を大きく逸らす。そうして一瞬、時間を稼ぐことが出来れば


「姫宮を下げろ!死なすなよ!」


 佐久間が前線を張ってヒトガタと切り結ぶ。


 戦いはようやく始まったばかりであった。




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