第34話 突入

 作戦区域に到着した部隊は、グラトニウム製の装甲輸送車から外の様子を観察していた。


 出発前のブリーフィングや、支部長に見せられた映像が正しければ、この地は廃墟と化した巨大な都市だった。


 それが今は―――


「異界化しているな」


 佐久間中将が険しい表情で声を漏らす。

 部隊の副隊長が、その他多くの部隊員たちが、信じられないものを見るような目を外に向ける。


 彼らの視線の先にあるのは、黒い魔素の霧に覆われた、遺跡のような迷宮の入り口であった。


 ―――特殊な状況下で魔素濃度が急激に上昇すると、その周辺の状態を著しく変化させることがある。


 モンスターが持つ『取り込んだモノの性質を反映させる』という特性を魔素のまま発揮し、無機物や有機物に関係なく周囲の環境を巻き込んで異様な世界を作り出すのだ。


 それが、俗にいう異界化。


 これもまた魔素濃度が高い、つまり危険な場所でしか起こらない事象である。


「なに、これ」


 光希が恐怖で目を見開く。隣に座るハルカが真剣な表情で答えた。


「異界化だろ」


「それは······知ってるよ。聞いたことはあるし、今朝のブリーフィングじゃ異界化の可能性もあるって言われてたから。でも、でもこんなのッ」


「この規模じゃ、中のモンスターは活性化してるだろうなあ」


「ねえ、大丈夫だよね、コレ」


「いや大丈夫じゃねえだろ」


「そこは嘘でも大丈夫って言うところじゃない!?」


「まあそうだろうけどなあ。でも危険なのには変わりねえし」


「私たち死なないよね?」


 未知の環境のなかで唯一の友人に縋るように、光希は揺れる瞳でハルカを見上げた。


「死なねえよ、誰も。戦う時は常に俺の射線を空けといてくれ。そうすればピンチでも助けられっから」


「分かった。ハルカを信じるから」


「······おう」


 死闘を予感させる異界を目前にして、ハルカと光希は互いに力強く頷き合った。


「なにこの2人。デキてるの?」「さあ、知らん」「やばくない?割とスキャンダルだと思うんだけど」「ひゅ~、お熱いねえ」「これ終わったらたれ込みに行こうかな。金になりそう」「最低だなお前」


 そんな2人の様子に騒ぎ立てる部隊員たち。意図的にふざけた声は、死を覚悟した緊張感を僅かでも和らげるためだ。


「ち、ちが······ッ!私たちはそんなんじゃ」


「姫サマ。その狼狽え様は自分から認めてるようなもんだぞ」


「え、だって!」


「違うんだから、普通に堂々と違うって言えばいいだろうが」


「そ、そうだけどさぁ。いやでもなぁ」


 何故か不機嫌な顔になってハルカを睨む光希。


 周囲に肯定されたくはないが、否定も快く受け取って貰えないらしい。

 面倒臭すぎる状況にハルカはため息をついた。


「ていうかそんなに否定したいなら、ハルカから皆に言えばいいじゃん!」


「え、知らない人に熱込めて話し掛けるのしんどくない?面倒だし」


「そういえばハルカってそういう人だったよね」


「あまりにもだるい」


「だるいんじゃなくて話し掛けられないの間違いでしょ?」


「仰る通りでございます姫サマ」


 そんなやり取りに笑いが巻き起こって、すっかり部隊は柔らかい雰囲気となる。

 無警戒なのは論外だが、下手に緊張して固まるよりかは、適度に緩めた方が効率が良い。


 ハルカ達が会話を終えた頃を見計らって、佐久間中将が全体に向けて声を張り上げた。


「たった今本部から報告が入った。異界周辺の魔素濃度は7.3~9.5らしい」


「そんなっ」


 7.3ともなると、強力なモンスターが自然発生するのは勿論、場のモンスター達は活性化して危険度を増す。


 いくら神奈川エリアの最高戦力をかき集めたとはいえ、少数精鋭では数の差の問題で物理的に突破が困難になるだろう。


 だからこそ、


「皆も理解していると思うが、現状は我々だけでの解決が困難と予想される。ゆえに作戦をプランAからプランBに変更。まずはARV剤の散布によって、周辺の魔素濃度を低下させる」


 佐久間中将は柔軟に作戦を変更した。


「増援などは······」


「そちらも突入前に要請するつもりだ。ARV剤を撒けば、暴走したモンスターが周囲に散らばるだろう。それらの殲滅を後続の部隊に任せ、我々は手薄になった異界を叩く手筈になっている」


「了解しました。では本部からの許可が下り次第、荷台からARV剤を撒く装置を運び出しましょう」


 ―――そうして現状に適した作戦に変更され、それを本部が許可したことで、部隊は突入を一時中断して周囲にARV剤を散布した。


 10分、20分。

 散布後しばらくの間は何も起こらないまま時間が過ぎていく。


 変化が見られたのは、散布から約1時間後のことであった。


 すぐ先の視界を不明瞭にするほど濃い霧が、僅かに薄れ始めたのだ。


 黒い霧は凝縮した魔素が可視化されたもの。それが消えていくのはここ一帯の魔素濃度が低下している証拠だ。


 それと時を同じくして、周囲のモンスターたちがもがき苦しみ、暴走して周囲に散らばっていく。


 そうして手薄になった異界に、


「これより作戦を開始する」


 実行部隊はようやく突入を開始した。


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