第33話 作戦開始
神奈川エリア周辺で発生している魔素濃度の急激な上昇。
支部長はそれに関する情報の遮断を試みたが、奮闘も虚しく僅か数日で一般に知れ渡ってしまっていた。
なにも壁外に出て探索を行うのは軍だけではない。
民間の探索者も多く存在しており、そこからの流出を止めることは不可能だったのだ。
しかし、それによって危機が迫っていると知っても、神奈川エリアの住人の多くは平然と日常を過ごしていた。
この殺伐とした世界では今回のような異変はありふれたもので、なおかつ討伐軍はそういった問題を何度も解決してきた。
さらにその上、神奈川エリアには佐久間中将がいる。
全世界に数十万人と存在する探索者の中で、20番目に高いレーティングを誇る人類の最終兵器。
彼が精神的支柱と成っている限り、民衆がそう簡単に揺らぐはずもない。
だからこその余裕、平穏、平和。
本当はその裏でかつてない脅威が蠢いていることを知らぬまま、彼らは今日も何気ない日常を繰り返している。
「いやあ。あえて大きな情報を漏洩すると、その裏まではバレないもんだね。民衆って馬鹿だなあ。まあ、楽だから良いけどさ」
現在発生している異変を表向きには隠そうとし、その裏では誰よりも率先して流していた男が、ここでも1人ほくそ笑む。
―――軍事作戦が開始されたのは、それからさらに数日後の事であった。
実行部隊に選出されたメンバーは、隊長の佐久間中将を含めた15人。
前衛、後衛、後方支援、遊撃や偵察など全てのジャンルのエキスパートが揃えられた部隊は、あらゆる脅威にも対応できる最強の布陣と言える。
これは文字通り神奈川エリアが出せる最大戦力だ。
勿論、ハルカや光希もそこに含まれている。
○
対モンスター用の装甲輸送車が、重苦しい駆動音を立てて荒野を走破していく。
その広い車内に搭乗した実行部隊のメンバーたちは、作戦区域に到着するまでの時間を装備の点検などにあてていた。
全員が黙々と作業を行う。
ハルカやお喋りを好む光希ですら、黙ってそれぞれの武器防具を確認している。
いつだかのように作戦開始直前まで雑談をしていられる余裕など、今回はないのだ。
今回だけは、この作戦だけは、これだけの強者を集めても死人が出てしまうかもしれないから。
「はぁ」
ハルカは巨大な銃身に異常が無いかチェックをしながら、出発前に行われた短いやり取りを思い出してため息をついた。
―――ハルカたちが装甲輸送車に乗っている現在から約3時間前。
『やあ皆。出発前に突然顔を出して悪いね。少し、大事な話があるんだ』
ちょうど出発の準備を終えて待機していた部隊の前に、胡散臭い笑みを浮かべた支部長が現れたのだ。
彼は笑顔のまま手元のタブレットを操作して、ハルカたちに1つの動画を見せた。
『今回の討伐対象は、ヒトガタの接触禁固種である可能性が高い』
その一言で部隊の全員が血相を変えていた。あの佐久間中将やハルカですら、だ。
それほどまでにヒトガタという分類のモンスターは、脅威度が高いとされている。
『もし仮に、この映像に映る人影がヒトガタであるのなら。この個体が、人類が観測した15体目の特定変異種ということになるね。皆も知っているだろうけど、モンスターは補食という形で対象の情報を取り込み、その中から必要なモノだけを己に反映させて進化をする生き物だ。そしてヒトガタとは―――人間を喰らったモンスターが、より人間に近い進化を選んだ個体と言われているね』
ヒトガタに分類されるモンスターは、支部長の言葉通り過去に喰らった人間の情報を元に肉体を変化させた個体とされている。
そしてヒトガタは、絶対に、万に1つの例外もなく、尋常ではない戦闘能力を有している。
それは何故か―――
『ヒトガタは目撃例が極端に少なくてね。もしかしたら君たちの中にも詳しくない人がいるかもしれない。だから、念のために説明しておこうかな』
笑顔のまま、まるで楽しいことでも説明するかのように、支部長は言葉を紡ぐ。
『現在判明しているヒトガタが発生する条件はただ1つ。推定脅威度10を超すようなモンスターが、同じくレーティング10を越えるような超人的な探索者を食った時のみ、だ』
既にそれを知っていた者、今それを知った者。全員が硬い表情で支部長の声に耳を傾けていた。
『人間の身体って、単純な強さからはかけ離れているだろう?小さくて、柔らかくて、爪も牙もない。それでも脅威足り得ると本能に刻み付けられるような猛者を殺して食べた時だけ、モンスターはヒトガタに変異するんだよ。その人間の強さを真似するために。だから、ヒトガタは厄介だよ。モンスターの圧倒的なスペックを保持したまま、人間みたいな戦い方をしてくるからね。君たちは人類の希望だ。死なないように、存分に注意してくれたまえ』
―――
――――――
―――――――――
「なーにが注意してくれたまえだよ馬鹿が」
装備の点検を終えたハルカは、誰にも聞こえないように小さく呟いた。
(注意してどうにかなるモンじゃねえよヒトガタは。あの時ですらほぼ相討ちで、死にかけてようやく倒せたのに。今、この俺で、倒せるのか?倒せるならまだいい。ヒトガタの強さによっちゃあ全滅だって有り得るだろうが。ここで何人死ぬ?俺は―――)
今は身に付けていないが、普段であれば玩具のロケットペンダントをぶらさげている胸のあたりを押さえ付けて、ハルカは顔を歪める。
そして、それからゆっくりと光希の方を振り向いた。
今、神奈川エリアが動かせる探索者の中で上位の実力者だと判断された少女。
確かに強い。その力は探索者全体で見ても上位1割に食い込むほどだろう。
しかし、それでは足りない。そんな程度では、ヒトガタ相手には時間稼ぎをするので精一杯だろう。孤立すれば遅くても数分で死ぬ。
(あのゲス野郎、何の目的でこんな無茶な部隊を集めやがった)
なにも分からぬまま、実行部隊は作戦区域まで向かって行く。
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