第32話 見えてきた歪

 ハルカが第3回案件配信の実施を延期させる旨の連絡を入れると、僅か数十秒後に皐月から『これから家に来れませんか?』と返信を送られてきた。


(え、なんで?)


 研究室に呼び出されるのか。それにしたって理由が分からないハルカは、すぐに連絡を返すのではなくしばらく思考を巡らせた。


(もう夕方だし、俺が横須賀中央に着く頃には夜だぞ?そんな急用あんのか?それとも如月さんの地雷に関する件で何かあったのかね。どっちにしろ行くしかねえよな)


 どんな理由にしろ、不安定な皐月を放っておく選択肢はハルカには無かった。


 故に皐月の家を訪ねることにして―――そして約1時間半後。


 上下黒のジャージ、胸元には玩具のロケットペンダント。

 相変わらずだらしない私服姿のハルカがインターホンを鳴らすと、少しして玄関が開いて中から皐月が顔を覗かせた。


「あー、予定より遅れてスミマセン。ちょっと慌ただしくしてて」


「いえ。突然誘ったのは私の方ですから。むしろ無理を言ってしまって申し訳ありません」


「あー、いや、その、嘘です嘘。俺が時間にルーズだっただけで」


「ふふ、そうだったのですか」


 そう言って小さく笑う皐月からは、ハルカが懸念する不安定さは一切感じられない。


「お、お邪魔しまーす」


 それでもハルカは注意深く全体を観察する。


 そうして―――


(オイオイ。まだあんのかよ)


 まず目に入ったのは、父親へのプレゼントに購入した靴だった。

 箱から取り出すどころか触れてすらいないのか、買い物袋は僅かに埃を被っている。


(やっぱ父親とも別居か?この広い家で1人なら人が恋しくもなるのかね?でもなあ、その割りには色々と用意されてるっていうか)


 チラリと玄関脇を見れば、そこには綺麗に並べられた2足のスリッパがあった。

 その可愛らしいデザインは来客用には不向きで、明らかに家族が使うものだと分かる。


 サイズは大小2つ。

 小さいピンク色の方は皐月の物だろう。

 一方で青色の方はサイズが大きく男物、つまり父親の物であると予測が付く。


(父親がこの家で生活してそうな雰囲気はあるんだよなあ)


「ハルカ様?どうかされましたか?」


「ああいえ。何でもないです」


「そうですか? それでは、研究室に行きましょうか」


「あ、ハイ。あの、ところで用件って······」


「それは行けば分かりますから」


 皐月はそう答えると、足早に研究室へと向かって行った。

 付いてこいということなのだろう。仕方なくハルカもその後に続く。


「は?」


 そして彼は見た。


「これを、ハルカ様にお渡ししたくて」


 研究室の作業台に並べられた、探索者用の装備一式を。


「いや、えっ、これ」


 言葉に詰まるのは、この状況が予想外だったからではない。


 かつて最前線で戦った経験を持つハルカは、眼前の装備が超高級品で、なおかつそれに見合う高い性能をしていることが一目で理解出来てしまったのだ。


 強化スーツや予備のエネルギーパック。

 レーダー等の類い。

 そして銃火器から剣まで。


 これら全てを揃えようとしたら、確実に1000万円はかかるだろう。


 その価値に圧倒され、言葉を失ってしまった。


「あ、え、えっと。これを俺に?」


「はい。案件配信も一応は契約でしょう? それより優先する必要がある軍事作戦となると、かなり危険度が高くなると思いまして。その、ハルカ様のお力になれればと」


「い、いやいやいや!それでもこんなの受け取れませんって!それに装備は軍から支給されますし!」


 ハルカは必死に断った。

 彼からすれば目の前に1000万円の札束を用意され、これを貸しますと言われている様なものなのだ。


 簡単に受け取れるとは言えないし、そもそも彼が口にしたように軍から装備は支給される。


 皐月が用意した装備は、軍のそれを遥かに上回る性能をしているが、それでも借りる気にはなれなかった。


「お金の面で遠慮することはありません。たとえこれらが壊れたとしても、ハルカ様が助かるのなら本望ですから。それにサイズは自動的に合わせられるようになっていまして―――」


「いやいやそれでも無理ですって!ていうかこんなもの、どうやって用意したんですか!?まさか借金とかしてないですよね!?」


「―――その心配だけはハルカ様にはされたくなかったです」


「あ、ハイ」


 皐月の冷静なツッコミに、ヒートアップしていたハルカはようやく落ち着きを取り戻した。そして冷えた頭でもう一度装備を見て、気付く。


「これ、もしかして如月さんが作ったんですか?」


 ハルカはそう聞いて目の前の強化スーツを指差した。

 さっきまでは興奮して気が付かなかったが、よくよく見てみればそれは皐月が作る強化スーツの面影を感じさせたのだ。


 案件で扱ったスーツを何段階もグレードアップさせれば、ちょうどこうなるだろう。そんなデザインをしている。


 しかし―――


「いえ。これは私が作ったものではありません。父が自分用に作った物です。私のは、その、昔父が作ってた光景を思い出しながら真似をしたと言いますか」


 皐月は、それが父親の作品であると言った。


 予想に反していきなり出てきた爆弾(仮)発言。それを聞くハルカは驚愕の表情で目を見開いていた。


(うわ。なんか見えてきたぞ)


 今の発言から、これまで全く理解できなかった皐月の違和感を、おぼろげながら想像することができてしまったから。


(もし俺の考える通りなら、この地雷特大じゃねえかよ)


 自分の予想が正しいものなのかを確かめるために、ハルカは恐る恐る質問をする。


「これ、如月さんの父親が作って、それで使ってたんですよね?」


「えっと、はい。父が作りました。ただこちらは予備で、まだ使用されていないはずです」


「ちなみに予備じゃない方は······」


「今、その、家には無いんです。父が作戦で持っていってると思うんですが······」


(これ父親死んでるわ)


 今のやり取りからハルカはその確証を得た。


 ハルカの目に狂いが無ければ、目の前の強化スーツはレーティング10付近の猛者が、本気で動くことを想定しているような代物だ。


 だからこれと同じスーツを着用していた皐月の父親は、きっと相当な実力者だったのだろう。それを前提とした上で、予備しか残っていないこの状況を説明するならば―――。


 最も自然で説得力があるのは、皐月が言う通り父親が任務のために使用しているパターンだろう。


 ただそれを鵜呑みにするには、皐月という少女は不安定が過ぎる。では他に考えられるのは、となると。それは、父親が死んでいるという状況しか有り得ない。


 これと同じスーツを着た皐月の父親は、既に過酷な任務の中で殉職してしまっているのだ。


 そうと仮定すれば、皐月の孤独にも、この家の異変にも、プレゼントが手付かずなことにも、スーツが予備しか無いことにも、全てに1度で説明が付く。


 加えてもう1点。

 これまでの皐月の父親に関する発言は、思い返せば全てが曖昧なものであった。


 言い淀んだり、そうかもしれないと誤魔化したり、1度として父親の所在等をハッキリと言いきったことはない。


(父親が死んだことに耐えられなくて、それを忘れちまったとかかね。防衛本能で記憶を自分で無くすとかあるし)


 全てはハルカの想像だ。

 決してそれが事実とは限らず、本当は生きている可能性も十分にある。


 けれども、この壁に覆われた世界は殺伐としていて、悲劇なんてどこにでもありふれてしまっている。


 だから、この妄想にも近い考えが真実だったとしてもおかしくない。


(これ、拒否して下手に刺激するのはよくねえよな)


「使っていただけないのですか?」


「―――わかりました。これ、借ります」


 最終的に、ハルカはそう答えるしかなかった。


「本当ですか!?良かったです。ハルカ様の身に何か起こるのが、一番怖いですから」


 ハルカはそんな言葉に苦笑いを返すことしか出来なかった。


 関わるなら最後まで面倒を見なければならない。そう光希に言われたのを思い出して、今更ながら後悔し始めているのだ。


 ただ、事態はハルカの想像すら超えていた。

 より深く、暗く、まるで虚無に足を突っ込むように、少女にとっての絶望はすぐそこに顔を覗かせている。



「支部長。偵察部隊から映像が送られて来ました」


「随分と早かったね。どんなモンスターだったのかな?」


「こちらです」


 討伐軍神奈川エリア本部、その支部長室にて。


 秘書が手元のタブレットに映像を映し、それを支部長が確認していた。


 映像は魔素濃度上昇の原因であるとされるモンスターを捉えたものだ。


「これは、想像より酷いね」


 廃墟と化した町並みは、黒い瘴気のような霧に覆われて視界が不透明になっていた。

 黒い霧に見えるのは全て魔素である。

 本来は色を持たないはずのそれが、異常なまでの濃度によって色を得ているのだ。


 そしてそんな霧の向こう側に、僅かに見える小さなシルエットが1つ。よく見るとそれは人の形をしていて―――


「支部長」


「接触禁固種、それもヒトガタだねえ。これだけの魔素を放つなら、推定危険度は余裕で10を越えているよ」


「どうされますか?」


「どうって、表からは佐久間君に、裏からはあいつに動いてもらうしか無いでしょ?」


「あいつ······彼、ということはアレを使うので?」


「勿論。ふふ、それにしても、ああ、うん。想像以上に厄介な展開になってきたねえ。うん。これは、是非寄生先2号ちゃんにも見て貰いたいし―――そうだ。作戦の様子は中継して貰っちゃおうか」


「はぁ。分かりました」


 支部長が浮かべる満面の笑みに秘書は辟易とした様子で頷くと、早速様々な調整をするために支部長室を飛び出して行った。


 1人部屋に残された支部長は、意地の悪い笑みを浮かべたまま机の上に畳まれた一着の強化スーツを撫でる。


 それは軍指定の黒いスーツではなく、様々なモンスターの素材を継ぎ接ぎにしたようなデザインをしていた。


「これ買ってはみたけどさあ。如月皐月、ねえ。君も随分とぶっ飛んだスーツを作ったものだよ。まあその目的は分かるし、うん。愛故にってやつかな」


 全てを知る支部長は、先の展開を予想して1人で笑い続けるのだった。








――――――――――――――――

そろそろ一章クライマックスに突入?山場迎えます

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