第31話 連絡

 第2回案件配信を終えてから数日後の夕方。


「よっしゃオラァァア!!ファァァ!」


 格安アパート、その家賃に相応しい貧弱な防音設備に囲まれながら、ハルカは奇声のような叫び声をあげいた。


 気が狂ったように笑う彼の手には、銀行の預金通帳が握り締められている。

 喜びの理由はその残高。

 なんと昨日に1000000円もの大金が振り込まれていたのだ。


「軍最高!やべぇー!いやー、どうしようかな?取り敢えずパチンコとか行っちゃう?最近競馬ばっかりだったし······いやでもそろそろ競馬もなあ。クラシックのステップレースあるし、お金は取っておきたいし」


 軍事作戦で得た報酬の使い道を考えて、ハルカはニヤニヤとだらしのない笑みを浮かべる。


 競馬にパチンコにスロットにと、ギャンブル以外の選択肢が挙がらないのが嘆かわしい。


 とはいえ今の彼は幸せそのもの。あまりにも気分が良いモノだから―――


「あ?」


 突然電話が掛かってきても、彼は「姫サマかな?たまには俺がメシ奢っちゃう?」などと気前の良い発言をした。


 しかしそれらは、次の瞬間には消え失せていた。

 電話の相手を把握した途端、ハルカの顔からは先程までの喜色が消え、嫌悪や憎悪、あるいはそれすら飛び越えた激しい殺意が浮かび上がる。

 普段の彼からは想像もつかない壮絶な感情であった。


 今すぐにでもスマホの電源を落としたいのだろう。ハルカはしばらく迷う素振りを見せてから、ようやく電話に出た。


「んだよ。次電話したらぶっ飛ばすって言わなかったっけ俺?」


 表情と同じく声色も憎しみを含む。ただ相手側は何らそれに構うことはなかった。


『ああごめんごめん。本当に悪いとは思ってるんだよねえ』


 電話越しにも伝わる軽率な雰囲気。全く悪びれもしないその言葉にハルカはより一層機嫌を損ねる。


「わざわざ討伐軍の神奈川エリア支部長が俺に何の用だよ」


『長話は好きじゃないし、仮に好きでもそれを君としようとは思えない。早速本題に入ろうか』


「そのめんどい言い回しが長話だし無駄だろ馬鹿がよ。さっさと用件言えタコ」


『はは、相変わらず手厳しいねえ』


「逆に何をどうすれば俺が優しくなると思ったんだ?なあ?」


『ははははは、それもそうか』


 薄ら寒い愛想笑いを浮かべてから、ようやく神奈川エリア支部長は本題に入った。


『率直に言うと、近々行われる軍事作戦に君を加えることにした』


「あんたから直々にってことは、アレを使ってか?」


『そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない』


「はあ?どういうことだよ」


『話は少し変わるけど。君は今神奈川エリア周辺で発生している、魔素濃度の急激な上昇について知っているかい?』


 突然の話題転換。とはいえ相手がこの場面で無関係な話をする馬鹿ではないと知っているため、ハルカは大人しくそれに答えた。


「知ってる。つーかフリーで探索中にそれっぽい事象に出くわして、軍に報告もしてるっての」


『なら話は早い。今回の原因はね、恐らくモンスターなんだよねえ。過去の事例から推測するに、そいつの推定危険度は10を越えるかも知れない』


「なんだそれだけかよ。だったら佐久間とかいうやつを出せばいいだろうが。なんで俺が必要なんだよ」


『いや、今回は少し事情が複雑でね』


 レーティング14.5という世界最強クラスの探索者である佐久間中将が出れば、よほどのイレギュラーでもない限りほぼ全てのモンスターを討伐できる。


 エリア支部長がそれだけでは足りないと判断したのなら、そのよほどがあるというのか。


 ハルカは深くため息をついて先を促した。


『確かにねえ、君の言う通りだよ。少し無茶をすれば、今回の異変は佐久間君だけでも解決できるだろうねえ。安全マージンのためとはいえ、君にも頼む方がよっぽどの無茶だ』


「じゃあなんで―――」


『今、信頼できる軍人が少ないんだよねえ』


「は?信頼―――ああ、そっか。この前の」


 ハルカは少しして支部長の言う事に気付いた。


『そうそう。この前の軍事作戦で、軍の中にまで純血派がいることが判明しただろう?あれから大規模な洗い出しを行っている訳だけど、まだまだ終わりそうにもなくてねえ』


 危険度の高い任務には、当然強い探索者を多数出動させる必要がある。姫宮光希も恐らく今回の作戦に参加させられるのだろう。


 そうなると先のような純血派の介入が懸念されるし、仮に彼女がいなくとも探索者の足を引っ張りたい純血派が何をしてくるかなど分からない。


 だから軍の中で重要な任務のために動かせる人員に今は限りがあるのだ。


「安易に民間の探索者に頼む訳にもいかねえもんな」


『そういうこと。だから少数精鋭で、その中に君を加えるって訳さ。で、敵の強さが分からないうちは、アレを使うかも断言できないってこと』


「はぁ。分かった。どうせ俺に拒否権はねえしな。ただ受けるにあたって1個頼みがある」


『頼み?神奈川エリアの指導者ちゃんに会いたいとか?』


「殺すぞなんでそうなる?」


『いやほら。最近の君、お金持ちのヒモみたいなことしてるじゃん。僕が知る限りで1番お金持ちの可愛い女の子ってあの娘だから』


「死ね」


『あはははははッ!冗談冗談。それで頼みってなんだい?君を動かすんだ。可能な限り願いを叶えるくらいはしてあげよう』


 上機嫌に笑う支部長、不機嫌を極めるハルカ。正反対の2人の会話はまだしばらく続く。


「如月皐月って少女について調べてほしい」


『寄生先の少女が問題ないかを調べたいってことかな?』


「ちげえよ」


『ごめんごめん。ちなみに今のはわざとだね』


「死ね性悪クズが―――はぁ。俺が知りたいのは、あいつが精神的に不安定になってる理由だ」


『そういうのは、信頼を得て本人から直接話してくれるようになるまで待つっていうのが、君がよく言うアニメや漫画での鉄則じゃないのかい?』


「鉄則に従って手遅れの地雷を踏み抜く気はねえよ。本当ならお前を使う気は無かったけど、そっちから借りを作ってくるなら頼むってだけだ」


『なるほど了解。それならそっちは任せてくれていいよ』


「分かった。じゃあそっちも詳しいことが決まったらまた連絡してくれ」


『ああいや、あんまり君に嫌われるのも嫌だから、続報は君の寄生先1号ちゃんから知らせるようにするよ。それじゃあ、またね』


「2度と掛けてくるな」


 最後にヘラヘラと笑うような声がしてようやく電話は切れた。


 さっきまでの喜びを掻き消されたハルカは、盛大にため息をついてからスマホを操作し、今の相手とは異なる人物に連絡をした。


 皐月である。


 また軍事作戦に参加するなら、その詳細な日程が決まるまでは第3回案件配信の実施を見送る必要があるのだ。

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