第30話 特殊な関係性

 ハルカ達が探索から帰還を開始したちょうどその頃、別の未開領域にて―――。


 複数台の装甲車が隊列を組んで、開けた荒野を駆け抜けていく。

 荒野を走るそれらは暗い色合いの迷彩柄ではなく、グラトニウムの特徴である真っ白なカラーリングをしていた。

 さらに車体側面には、剣と盾を重ね合わせた―――討伐軍のシンボルマーク。


 装甲車は軍事作戦を実行中の部隊を輸送しているところであった。


 輸送中の車内で、作戦の実行部隊員達はゆるやかに寛いでいた。


「ねえねえみっちゃん。そういえばこの間のテレビ見たよ」


「え?」


「ほらほら。先週のクイズのやつ!」


「あー」


 蒼い髪の毛をサイドにまとめた少女が、実に楽しそうな笑顔で光希の脇腹をつつく。


「あー、ってなによ。見られて恥ずかしい感じ?」


「当たり前じゃん」


「いいじゃんいいじゃん。減るものじゃないんだし」


「やだよ!香織かおり、いっつも面白がってからかってくるんだもん」


 香織というらしい蒼い髪の少女はケラケラと笑って光希の肩をパシッと叩く。


「いやいや、みっちゃんのツッコミ所が多すぎるんだって!ほら、この前のクイズ番組でさ、早押しのコーナーあったじゃん?」


「あったけど······あの時私変なこと言ってたっけ?」


「言ってた言ってた!ロゴマークを見てその会社名を当てろって問題の時、なんで金貸し業者だけ即答してたの?他は全く答えられてなかったのに。あれネットでも話題になってたんだよ」


「あ、ハイ」


 光希は目を点にして力無く頷いた。


「実はトップスターが借金してんじゃないかーとか。それか駄目男に借金させられてるんじゃないかー、とか。すっごい話題だったよ」


「あ、あははは。そんな訳ないじゃん。借金なんて縁がないくらいお給料とか貰ってるし!たまたまだって!本当、たまたま!」


「ふうん」


 香織という少女は頷いていたが、二人の会話を後ろの座席で聞いていた大沼少尉は思いっきり顔をしかめていた。

 彼は光希がハルカに少なくない想いを寄せているところを目撃していているのだ。


 まあ、光希を想う彼がそれを世間に公表することはないが。言えばとてつもなく炎上してしまうから。


「本当に借金なんてしたことないよ」


「はいはーい。確かにみっちゃんお金持ちだし、借金なんかあり得ないか」


「そ、そうに決まってるでしょ」


 実際には借金まみれだったハルカと返済巡りデートをしただけである。ちなみにその時のお金はまだ返してもらっていない。つまり光希自身は借金とは無縁の人生を送っているといえるだろう。


「ねえねえ!ていうかさ!」


「え、なに?」


「話題は変わるんですけど!」


「う、うん」


 自分から振った話題にもう飽きたのか、香織は目を輝かせて光希に詰め寄って新たに問い掛ける。


「クイズ番組で超イケメンの俳優さんとペア組んでたけど、連絡先とか交換したの!?」


「いや、別にしてないけど」


「えー!?なんで!?あの人凄くイケメンだったじゃん!みっちゃん可愛いし連絡先聞かれたりしなかったの?」


「今回は聞かれなかったよ」


「今回は!?ていうことは、以前の共演者には聞かれたことあるってことですか!誰だ!どのイケメンだオラ吐けみっちゃん!」


「ちょ、やだやだくすぐったい!」


 狭い車内に広がるピンクな空間。年若い少女2人が戯れる光景に、同乗者達はニマニマと品のない笑顔を浮かべる。


 それは、とてもこれから軍事作戦を実行する部隊員だとは思えない気の緩み様だが―――


『作戦実行区域内の急激な魔素濃度上昇が確認されました』


 無線を通したオペレーターによる情報伝達が、場を一気に引き締める。

 次の瞬間には光希も含めて誰もが真剣な表情をしていた。


「上昇値は?」


 部隊長が短く問い掛ける。


『上昇値は0.6。現在の作戦実行区域内の魔素濃度は1.7~2で、この数値ですと多数のモンスターの誕生と活性化が予測されます』


「了解した。少しでも異常があればすぐに知らせてくれ」


『かしこまりました。約10分後に作戦実行区域に突入する予定ですが、作戦実行が困難だと判断された場合は即座に撤退をお願いします』


「わかった」


 今の無線連絡は、光希が乗る車輌だけでなく全ての装甲車に共有されたものであった。


 即時の援護を望めない未開領域では、ほんの僅かな異変ですら最大限の警戒が必要となる。

 ゆえに、隊列を組んで進行していた装甲車は、進む速度を落としても1度周囲の索敵を開始した。


 その結果―――


「多いな」


 半径約10キロ、装甲車に搭載された最新型のレーダーには、無数のモンスター反応が点滅していた。


 軍事作戦決行前の予測より数倍は多い。恐らくは魔素濃度が上昇したことで新たに生まれ、また周囲からも集まってきてしまったのだろう。


 今回の作戦の現場指揮官である男は、しばし思考を巡らせた後、無線機を口許に寄せて言った。


「現状の戦力では本作戦の続行は不可能と判断した。これより部隊は撤退を開始する」


『了解しました』


 レーダーによる詳細な索敵情報を本部に送信して、部隊は作戦実行区域内に突入する前に撤退を開始した。


 ○


 それから2日後。


 『神奈川エリア』周辺で同時多発的に魔素濃度の上昇が確認されるようになり、討伐軍本部は各方面からその対応を求められて世話しなく動き回っていた。


 対応策は現状では1つしかない。


 周囲のモンスターを討伐した後に魔素を霧散させる薬品を撒く―――つまりは戦闘だ。

 ならば重要なのは、どの未開領域に攻め込むか。


 魔素濃度が急激に上昇する原因は幾つか存在するが、その中で最も多いのはとてつもない力を持ったモンスターが、周囲の環境に影響を与えているというパターンだ。


 今回も傾向的にはこれが原因だとされており、軍事作戦を行うなら原因のモンスターがいる場所でなければほとんど意味がないのだ。


「これだけの広範囲に影響を与えるとなると、モンスターの推定危険度は10を越えるんじゃないかな?ということは恐らく接触禁固種だろうね」


『神奈川エリア』討伐軍本部の上層階にて、1人の男が面倒臭そうにため息をついた。


「なんでこう、僕が討伐軍の神奈川エリア支部長になってから、面倒なことばっかりが起こるのかなあ。これ以上佐久間君を酷使すると恨みで殺されそうなんだけど」


 そうぼやく彼は、その言葉通り『神奈川エリア』内での討伐軍最高権力者であった。


 まあ彼は、それだけの権力からは想像もつかないような覇気の無さで、全くやる気の類いは感じられないのだが。


 猫背、気だるげな表情、執務机に堂々と置かれた安眠枕などを見れば、本人の適当さが伺えてしまう。


「はぁ。今回は佐久間君だけ出動させても無理だよねこれ。安全とか色々最大限マージンを確保したいし。え、うわ、そしたらあいつにも頼まないといけないの?佐久間だけでも『私を酷使しすぎでは?』ってキレられてるのに、その上あいつまで―――はぁ。もうやだ。なんで僕だけ」


 などと文句を垂れながらも、彼はスマートフォンを取り出すと早速「あれ、あいつの電話番号なんだったっけ?」と悩みながらも、誰かに電話を掛けた。


 たっぷり10コールほどしてから応答したのは―――


『んだよ。次電話したらぶっ飛ばすって言わなかったっけ俺?』


 不機嫌、どころかそれを通り越して殺気すら放っていそうな声のハルカであった。




 

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