第27話 あ、しんだわ

ほのぼの日常パートまだ終わらなかったよ()

―――――――――――――――



「特に用事も無いし、まあ暇だからいいか」


『いいぞ』


 ハルカが光希の誘いを承諾する旨の返信をすると、すぐに連絡が返ってくる。


『そしたら横須賀中央駅で集合でもいい?』


(中央で待ち合わせ?珍しいな)


 これまでの誘いでハルカが光希と待ち合わせしてきた場所は、そのほとんどが横浜駅周辺であった。

 芸能活動と軍の任務で多忙な彼女は、なるべく横浜駅から離れたくないという事情があるのだ。


(多分今日は休みか。朝早くから誘いの連絡するくらいだし)


 そんな風に考えたハルカは適当に連絡を返す。


『OK』


『ありがとう!そしたら集合時間は何時にする?私は2時間後くらいに行けそうだけど······。お昼過ぎとかにする?』


『いや何時でも平気』


『本当に?この前そう言って3時間も待たされたの、私忘れてないからね?』


 昼夜逆転がデフォルトの社会不適合者であるハルカは、朝早くの約束を度々寝過ごしてきた。

 当然、その被害に遭うのは彼唯一の友人である光希だ。


『本当に平気だから。そっちの時間でいいよ』


『二度寝しない?』


『二度寝も何も、俺今横須賀中央にいるから』


 それまでスムーズに続いていた会話が、突然その言葉を最後に途絶えた。


 どれだけ待っても光希からの返信がなく、理由の分からないハルカはただ首をかしげるばかりだ。


 丸々10分ほど経過して、ようやく光希から連絡が届いた。


『用事とかあった感じ?』


 間が空いたにしては普通の内容だ。

 返信が遅れたのは家事か何かに追われてのことと判断して、ハルカは何気なく光希の疑問に答える。


『いや、まあ、そんなところ』


『友達と会う約束してたとか?』


(やけに食いついてくるなあ)

 

『まあそんな感じ。用事はさっき終わったから問題ない』


『······ふ、ふうん。そっか。じゃあ集合は2時間後くらいでいい?』


『OK』


『わかった!ありがとう(お辞儀するような絵文字付き)

そっちに到着する5分前くらいになったら、また連絡するね!』


 その文字列を最後に、光希からの連絡は終了した。


「なんだったんだ」


 連絡を終えて開口一番、ハルカは疑問符を口に出した。


 彼と光希はかれこれ4年程の長い付き合いであり、顔の見えない連絡越しにでも異変があれば感じ取れてしまう。


 そしてハルカは今、光希が送ってきた文章から妙な緊張感を覚えていた。


「ま、いっか」


 自分に落ち度があるとは思えない。触らぬ神に祟りなしと言うし、話題に出さなければ火の粉が振りかかってくることはないだろう。


 そう考えたハルカは、違和感に見て見ぬふりをして横須賀中央駅に向かった。


 集合時間まで用事はなく、何かやりたいこともない。ならさっさと改札口に行って、そこで週末の競馬の情報を調べつつ時間を潰そうという訳だ。


 昼間は人混みで一杯の横須賀中央駅付近も、朝早くではそこまで人がいない。


 ハルカはゆったりとした気分でスマホを手に取り、早速競馬情報の検索を始めたのだった。



 それからおよそ2時間後、光希から『今着いたよ』と連絡を受けたハルカは、スマホをポケットに入れて改札の方を見た。


 早朝から2時間が経過して、通勤、通学ラッシュの時間になった現在、駅周辺は学生やスーツ姿の大人たちで溢れている。


 1度に数十人という人の群れが大移動する光景に、ハルカは改めて絶対に社畜なんかにはならないと固く決意した。


「やっほ」


 光希が改札を通ってやって来たのは、ちょうどハルカが馬鹿みたいな決意を固めていた時だった。


 実年齢以上に幼く見える華奢な少女。

 数十人の中に紛れれば容易く見失ってしまいそうなものだが、光希はその中で誰よりも強烈な存在感を放つ。


 相変わらずの帽子とマスクとサングラス。

 不審者同然の変装をしていながら、僅かに見える素顔やその立ち振舞いから、この世のものとは思えない可愛らしさが漂うのだ。


 それは、どれだけ人混みに紛れようと薄れることがない。むしろ有象無象の中にあることで、突き抜けた魅力がより輝いて見える。

 

「ごめんね、待った?」


 そんな超絶美少女は、軍事作戦以来約1ヶ月ぶりの再会を喜ぶように声を弾ませて、ハルカの方へ小走りで向かって来た。


「大体2時間くらい待ったなあ」


「······あのさあ」


「いやいや冗談。調べ物してたから待ってねえよ」


「本当?ならよかった。あ、これ。はい」


「ん?」


 変装姿ゆえに地味目なチョイスである鞄から、光希はペットボトルのお茶を取り出してハルカに手渡す。


 触ると温かいそれはホット飲料であった。


「ほら、真冬だし。寒いなか待ってたかなと思って」


 目線を逸らしつつそんないじらしい事を言う光希は、テレビで見る姿よりよっぽど魅力に満ち溢れていて―――


「お、おう。ありがとな」


 それをハルカが受け取ると、いじらしい表情が笑みに染まる。思わず幸せが溢れてしまった、そんな表情だった。


 それが―――


「え」


 いきなり、本当に何の前触れもなく無表情に変わった。

 ガラス玉のような瞳がハルカの肩口あたりを射貫くように見つめる。


 あまりに突然すぎる変化にハルカは目を白黒させた。


「ひ、姫サマ?」


 その問いに答えることなく、光希は何故か彼の方へ手を伸ばすと、肩のあたりから何かを摘み取った。


 そしてそれを見つめて、一言。


「女の髪」


(え、なになになになになになに!?!?)


 かつてない怖気がハルカを襲う。


 昨年末に競馬で50万円を溶かした時よりも、推定危険度10を超す接触禁固種のモンスターと対峙した時よりも、今が一番恐ろしい。


 無表情のままハルカを見上げた光希は、それからまたもや笑顔を浮かべて口を開いた。


「ハルカ、友達と会ってたの?」


(あ、死んだ)


 変装姿からは素顔なんてほとんど見えないはずなのに、無表情の奥に蛇のような鋭さを感じてハルカは死を悟ったのだった。

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