第24話 まさかのまさか
競馬配信で久し振りの勝ちを収めた翌日。
ハルカは2回目の案件配信を行うために、『神奈川エリア』の東端にいた。
今回探索するのは、第1回案件配信で訪れた場所とは異なる廃墟だ。
環境を変えることで、強化スーツの新たな魅力を伝えることが出来るかもしれない。少しでも多くの強化スーツを売るための工夫である。
「あれ、遅いな」
待ち合わせ場所である外壁の検問所近くに立つハルカは、時刻を確認して首を傾げる。
現在時刻は午後1時過ぎなのだが、約束した時間は午後1時ジャスト。あの皐月が珍しく遅刻をしていた。
クソが付くほど真面目な皐月なら、遅れると分かれば連絡を寄越してきそうなものだが、スマホに通知は届いていない。
(なんかあったのか?取り敢えずこっちから連絡するか)
もしかしたら寝坊でもして、今電車に乗っているのかもしれない。
電話を掛けるのは迷惑かと考えて、ハルカは取り敢えずSNSのDMに連絡を入れた。
それから十分。
十五分。
いつまで経っても皐月は来なかった。
ハルカは、もしかしたら自分が集合場所を間違えたのかと不安になって、過去のDMを遡って確認してみた。
(間違ってないんだよなぁ)
事前にやり取りして決めた場所はここで合っている。
であれば単純に皐月が遅刻した上に、遅れる旨の連絡も入れてきていないだけということになる。
しかしそれは、やはり有り得ないのだ。
まさかハルカではあるまいし、皐月に限ってそのような不義理を働くはずがない。
ハルカは心配になってきて、でも相手の居場所も分からなくては出来ることが無く、ただそわそわと周囲を見渡し続けた。
そして、
「あ」
2時を過ぎる頃になって、ようやく皐月が姿を現した。
ハルカは安堵のため息をついて足早に彼女の方へ向かう。
「も、申し訳ありません。待たせてしまいましたか」
「ああいえ、お気になさらず。いつもは自分が待たせてしまう側なので」
―――どこかで光希がくしゃみをした気がするが、きっと気のせいだろう。
「そ、そう、ですか?」
「あの、皐月さん?」
「はぁい?」
「あー、あれ?えっと」
ハルカは遅れて登場してきた皐月の様子に表情をひきつらせた。
最初に大きな安堵があったせいで気が付くのが遅れたが、よくよく見たら皐月は足取りが覚束ないようにふらふらとしているのだ。
少女の立ち姿には普段の凛々しさが微塵も感じられず、視線にも覇気がない。
その上ぼーっとした表情の顔は赤らんでいて―――
どこからどう見ても体調不良。今の皐月は熱が出ているように見えた。
これでは案件配信どころではないだろう。
「如月さん、熱ありますよね?」
「あぁ······そ、それは」
「ありますよね?」
「······で、ですが、探索は大丈夫ですので」
「いや、その。俺には大丈夫なように見えないんですが」
「そ、それはっ、平気です。と、とにかく平気です」
熱で頭が回らないのか、普段見せる語彙力からは想像できないほど拙い言葉で反論する皐月。
「いや、万が一があったらどうするんですかって俺に怒ったのは、他ならぬ如月さんですからね?」
「そ、それは、そうかも、知れませんが。でも」
「でも?」
「案件をして、す、スーツを売らないと」
一体何がそこまで駆り立てるのか、皐月はふらついた体に鞭を打ってハルカの目を真っ直ぐに見つめた。
少し前に語った、モンスターを絶滅させたいという夢なのか。あるいはそれ以上の何かがあるのか。
ハルカには何も分からないが、どちらにせよ今から探索をするという選択肢は無かった。
「こればっかりは何を言われても駄目です。帰りましょう」
「で、でもっ!······げほっ、げほっ!」
「ああもう、無茶するからっ!」
なおも食い下がろうと詰め寄ってきた皐月が、バランスを崩して倒れ込む。それをギリギリで支えたハルカは、触れる体が放つ熱に驚いた。
「ちょ、ほんとに凄い熱じゃないですか!?え!?100度くらいあるけどこれ?!」
「そ、そんなには、ないです。8度7分でした」
「いやそれ出てきちゃ駄目なやつですやん。ほら、帰りましょう。帰りますからね?」
「······わかり、ました」
決して納得はしておらず、明らかに体調不良とは別の要因で苦しげな表情を浮かべながらも、皐月はそう言って頷いたのだった。
○
流石に今の皐月を1人で見送る訳にはいかない。ハルカは皐月を背負って家まで送り届けることにした。
中肉中背のハルカと女性にしては長身の皐月ではそこまで身長差が無い。
だからそのおんぶは男らしく背負うというより、ほとんど覆い被されるような形で―――。
しかも皐月はぐったりと身を預けるものだから、ハルカの背中はもう色々と大変なことになっていた。
耳元には熱で熱くなった吐息が当たるし、背中にはやはり熱いくらいの体が当たるし、特に胸なんかは押し潰されて感触が凄まじい。
(落ち着け。相手は病人相手は病人。落ち着け。落ち着け)
必死に冷静さを保とうとするハルカだが―――ぶっちゃけた話それは無理であった。
女性経験皆無、光希以外異性の知人もいないような彼が、とてつもない美貌の持ち主である皐月の全身を受け止めて冷静でいられる訳がない。
(うん。無理。クッソ興奮する。やばすんぎ。え、まって。おっぱいクソ柔らかいんだけど。もうこの服洗えねえわ。一生保存するべ。なんかいい匂いもするし。香水?シャンプー?わかんね。てかどうせ運ぶなら、今これを有り難がるくらいはいいよな?)
だから彼は開き直って、この状況を今だけでも楽しむことにした。
勿論、それを皐月に悟らせるような真似だけはしないが。
「はぁ、はぁ、はぁ······ハルカ、様」
「ふおぉ!?」
ゾワゾワと、耳元をくすぐる熱い吐息が吹き掛かる。
「あ、と、どれくらい、ですか?」
「あー、1時間くらい、ですかね?」
「いち······ッ。わ、かり、ました」
あとちょっとと言って元気付ければ良いところを、あまり気がきかないハルカであった。
というか気をきかせられるほどの余裕もない。彼の意識はそのほとんどがおっぱいに向けられているため。
仕方ないね。男の子だもの。
そうして徒歩や電車移動を経て横須賀中央駅まで戻って来たハルカは、少し迷いつつもうろ覚えだった皐月の家まで辿り着く。
「つきましたよ。鍵はありますか?」
「すぅ······すぅ·······すぅ」
「いや寝とるし」
まさか女性の荷物を勝手に漁る訳にもいかないから、可哀想だけど起こして鍵を出してもらおう。
そう思ったハルカは何度か皐月を揺さぶってみたが、一向に起きる気配はない。
「如月さん?如月さーん?起きないと悪戯しますよ?如月さん?」
「······ん」
今度は多少強めに揺さぶり、耳元で声も掛けてみたが、やはり起きない。
これで駄目なら、目覚めて貰うのは乱暴な手段になってしまう。
流石にそれを病人にするのは気が引けてしまい、ハルカは固まってしまった。
「あ、いやいやインターホン鳴らせばいいじゃん」
早速インターホンを押してチャイムを鳴らす。中に人がいれば反応があるはずだが―――どれだけ待っても返答はなかった。
念のために二度、三度と試しても結果は同じ。家族は留守に入しているのだろう。
「え、まじ?どうしよ」
皐月を起こすべきか、荷物を勝手に漁って鍵を取り出すべきか。
悩んで揺れ動くハルカの視線が偶然、皐月のポケットからはみ出たキーケースを発見する。
「失礼いたします」
意味もなく一礼してそれをそっと取り出したハルカは、ようやく玄関の鍵を開けたのだった。
―――――――――――――
看病、するしかないよね、、、
ハルカさん大丈夫かな、、、
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