第23話 第二回競馬配信
翌日、ハルカは自室で配信を取っていた。
彼の配信コンテンツは主に2つ。
1つは言うまでもなく探索で、それならもう1つは―――
「いやぁ、来ちゃったね。とうとうこの日が来ちまったなぁ!?」
競馬配信である。
《うおおおおおお!!》
《わこ》
《わこ》
《うおおお!!》
《よっしゃ今日こそ当てるぞー!!》
《おりゃぁぁぁぁあ!!!》
《わこ》
《よっしゃきたぁぁあ!!》
軍事作戦でちょこっとだけ有名になってから初めての競馬配信だが、やることは普段と変わらない。
ハルカは配信画面に賭けるレースの出馬表を乗せて、コメント欄と会話する風に口を開いた。
「あのー、ぶっちゃけね。今日という日が楽しみでもあったけど、でも、でもね!正直言うと、来て欲しくなかったね。うん」
《分かる》
《外れるの怖いもんな》
《死ぬもんな》
《なんで?》
《わこ》
「マジでね、今回のを外したらほんっとうに洒落にならないのよ。あのねー、軍事作戦の報酬が出るのが来週なんだけど。それまでマジで!もうマジで金がなくて!」
《そんなにないの?》
《マジで?》
《賭けるのやめろよ》
《あれ、今日は探索配信じゃないんですか?》
《競馬?これ競馬だよね?》
《お金無いのに賭けるなよwww》
《え、競馬やるなら帰るわ》
「お金無いのに賭けるなよ?いや馬鹿!お前それは流石にギャンブル分かってないわ!あのな、余裕ある時にやるギャンブルとか、クッッソおもんないからな!?生きるか死ぬかの瀬戸際で、血反吐を吐きながら賭けるのがひりつくんだろうがよ」
《wwww》
《あーあ終わりだよこいつ》
《分かるのが悔しいwww》
《それな》
《え、この人ってこういうことするんだ》
《競馬なら今は抜けようかな》
《www》
バズり後の初競馬配信というだけあって、探索だけを求めてハルカを見ている層が帰っていく中、ハルカはまったくそれらを気にすること無く言葉を捲し立てていく。
「みんな、あのー、すまん。今回は2万円しか用意出来なかったわ。ありったけのお金をかき集めてね、それこそ使っちゃいけないお金とかも持ってきたんだけど、流石にもう何も搾り取れんよ」
《それ外したらどうするの?》
《全部搾り取って2万はやばすぎだろ》
《高校生の全財産かな?》
《大学生でも10万とかは貯金あるだろ》
「いやほんとな。自分で言ってて悲しくなるわ。まあね、今回増えるから関係ないんだけどさ。で!でね、今回賭ける馬はこいつな。確かこの前も本命にした記憶があるんだけど―――」
ハルカは出馬表に並ぶ馬名の1つをクリックして、配信画面にその馬を大きく表示させた。
それは因縁深き1頭、かつてハルカの10万円を吸い取った―――
《オタクヘルカイザーやんけ!》
《まwwwじwwwwwかwww》
《ここで伏線回収ですか》
《うおおおおお!!》
《俺も本命にしてたけど、ハルカの本命なら外れるから変えるわ》
「そう。あのね、前回競馬配信取った時にね、この馬の単勝に賭けて負けたんだよね。確かあと頭1つ分くらいの差で2着だったんだっけ?あのー、流石に私、前回の失敗で学びました」
大きく深呼吸をしたあと、ハルカはゆっくりと口を開いた。
「今回は単勝じゃなくて、複勝を買います。前回は単勝買って破壊されたんだよ。もーね、流石に怖いわ」
《賢い》
《複勝から固いべ》
《複勝は流石に当たる。今回、前走よりメンバーレベル低いし》
《すみません。競馬は普段やらないのですが、タンショウとかフクショウってなんですか?》
探索配信よりかなり減って、同時接続数約1000人の競馬配信。それなりの速さで流れていくコメント欄を見ていたハルカは、その中に競馬初心者コメントを発見して目を見開いた。
「あ、そうか。人が増えたあと初めての競馬配信だから、知らない人もいるのか。あのね、単勝っていうのは賭けた馬が1着だった時だけ当たる馬券で、複勝は3着以内なら当たりって感じね」
《ちなみに複勝は1番オッズが低いぞ!》
《オッズっていうのは、馬券が当たった時の配当金の倍率な。オッズ4倍の所に1万円賭けて当たったら、4万円返ってくるって感じに》
《なるほど······少し面白そうですね》
「やめろ?絶対に競馬なんてやんない方がいいからな?」
《お前が言うと説得力ある》
《確かにやらん方がいい》
《既に100万は持っていかれてるハルカが言うと、凄い説得力あるなぁ》
《いややった方がいいぞ》
《競馬はハマると趣味がそれ1つだけでも一生遊べるからな》
「まあ確かにね。競馬って初見さんにはギャンブルって面しか見えないけど、実際に楽しくなるとスポーツだしドラマだし芸術だし歴史もあるしで、凄く面白いコンテンツではあるよな。まあそれはそれとして、早くこれまでのお金返して欲しいんだけどね。ねえ競馬さん?」
《おい最後の本音》
《最後の一言で全部台無しです》
《全くの同感》
《俺もお金返して欲しいわ》
「はは、いやマジでそうなんだもん―――まあそれは置いといて。初見さん向けに分かりやすく説明すると、今回俺は4枠7番のオタクヘルカイザーって馬の複勝に2万円賭ける感じね。単勝オッズが6.4倍、複勝オッズだと大体2倍くらいか。前走よりだいぶ下がっちゃったね」
《まあ仕方ない》
《確かに。前走は単勝50倍くらいあったよな》
《前走強い走りしてたから》
《みんな強さに気付いてこの馬を買っちゃった》
競馬のオッズは、より多くの人間に買われる―――つまりその馬が強くて勝つと予想されるほどに下がっていく。
前走は人気が無く、あまり買われていなかったから50倍もついていたが、その前走で強い走りを見せてしまったオタクヘルカイザーは、今回では3番人気の単勝オッズ6.4倍まで下がってしまっていた。
「よし、買うぞ。買うぞ!買うぞォ!頼む、マジで頼む!!」
もし前走の複勝を購入していれば、10万円が何倍にもなっていたわけだが―――そのチャンスを逃して、今2倍になる可能性に賭けているハルカは、かなりアレなことをしていると言えるだろう。
「あーー!賭けた!やべぇ、2万円賭けちゃったなぁ!?うわ、やっば。もうほぼ全財産よ?前回10万賭けた時より震えが止まらないんだけど」
ハルカは二の腕を擦りながら緊張を和らげようとしている。落ち着かない視線がコメント欄に向かうと、彼は1つのコメントを拾い上げた。
《今回の相手関係ならヘルカイザー絶対に勝つだろ。単勝でよくね?》
「いや駄目なんだよ!俺だって本当なら単勝賭けたいよ!?でもこれ外したら本当に死んじゃうし、そもそも前回もそう言って外してるし」
それに加えて、既に口座に残された最後の2万円は、もうインターネット上で馬券に変わってしまっている。
今さら違う賭け方をするなんて出来ないのだ。
2万円を賭け終えたハルカは、配信を盛り上げつつも内心ではガクブルと震えながらレースイが始まるのを待った。
―――そうして数十分後。
「いやまじでスタート頼む!!出れば!スタートで出てくれれば確勝なんだってぇ!頼むぅ!」
レース開始直前、バチン!と手のひらを打ち合わせる音が配信に乗る。
それは神に祈るようにハルカが合掌した音であった。
《始まるぞ!》
《今手あわせてる?》
《こいつお祈りしとるやんけww》
《じゃあ俺も 人←(手を合わせているように見えることから、度々合掌の意味でネットで使われる)》
《人》
《人》
《当たりますように 人》
《ハルカの馬券が外れますように 人》
《人》
《あの、今来たんですけどこれ何の配信ですか?》
《↑おい一人疫病神みてえなやついるぞ》
ハルカと共に自分達の馬券が当たりますようにと、多くのリスナーが手を合わせる中で、とうとうレースはスタートした。
「うわぁ完璧ぃ!神かってぇ!ロケットスタートきたぁぁあ!!」
出遅れ癖を持つ馬であるオタクヘルカイザーだが、前走同様今回も完璧に近いスタートを決めて前から2番目の位置に収まった。
《はい勝ったwww》
《勝ち申したわ》
《流石にきたぁぁあ!!》
《いけヘルカイザー!!》
《完璧過ぎる!!》
ハルカに乗るようにオタクヘルカイザーに賭けたリスナーたちが、コメント欄で狂喜乱舞を見せる。
とはいえまだレースは序盤。喜ぶには早いだろう。ハルカは両手を必死にこ擦り合わせながら「お願いしますお願いします」と祈ってレースを見守る。
それからしばらく。
レースは、序盤から中盤、そして終盤に掛かるまでゆったりとしたペースで進んでいった。
それをずっと2番手で走るオタクヘルカイザーは、競馬の専門知識的には完璧な位置取りと言えた。
『さあ最終コーナーを曲がって残り400メートル!先頭は2番○○○だが、おっとここで7番オタクヘルカイザーが並び掛け、一気に突き抜けた!』
レースの中継から聞こえてくるアナウンサーの実況通り、ラスト400メートル地点でオタクヘルカイザーが楽な手応えで後続を突き放しに掛かった。
ハルカの馬券は複勝。3着以内なら当たるため、今回はもうほとんど勝ったと言っていいだろう。
後続との差はどんどんと広がっていく。間違いなく勝った。コメント欄は既に、9回ぶりくらいのハルカの勝ちをお祝いする言葉で溢れている。
だけど、ハルカの表情は―――
「うわやめろ待て勝つな!!だったら単勝でよかったやんけ!!はぁおもんな!?いや待て待て待て!!まじで待って!2着!2着にしてぇ!!ぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
単勝なら約6倍。複勝だと約2倍。その差は金欠マンにとっては計り知れない。
過去の自分の選択肢を後悔するように、ハルカは頭を抱えて叫ぶしかなかった。
ちなみに、ちょうどこの時、オタクヘルカイザーは2着の馬に6馬身差を付けて圧勝していた。
《wwww》
《www》
《勝っても悔しいのなんなんだよwww》
《すまん笑っちゃった》
《下手くそふざけんな外したわ》
《よっしゃ当たった!》
《おもんねー》
《ハルカと同じ馬に賭けて当たったぞ!》
《やったー!!》
喜怒哀楽、様々な感情で入り乱れるコメント欄。
レースを見終えて叫び声を収めたハルカは、しばらく黙り込んでそれから、
「よっしゃ勝ったぁぁぁぁぁぁあ!!!!おらぁぁあ!!!!」
ノイズキャンセリング機能が貫通するほどの声量で、勝利の雄叫びを上げたのだった。
《おめ!》
《おめ!》
《うるさっ!?》
《おめでとう!》
《うるせえwww》
《うるせえよばか》
《よっしゃぁぁぁ!!》
《うおおおおお!!》
《うおおおお!!》
「いやまじでよかったぁ!ほんっとによかった!これ外したらもう、人から貰った1万円しか手元に残んなかったんだよ!まじで危ねぇ!!!耐えたわ!生き残ったわ!本当なら単勝買うべきだったけど!でも2倍よ2倍!うわー、生き残ったぁぁあ!!くぅう、この感覚!この感覚がやめられねぇ!!」
久しぶりの勝利を収め、より一層競馬に脳ミソを焼かれ。
恐らく今後さらに多くの負け額を積み重ねることになるのだろうハルカは、そんな先のことは知らずにただ喜びの声をあげるのだった。
○
同時刻、皐月は強化スーツを製作する傍らで、ハルカの配信音声を垂れ流していた。
『いやまじでよかったぁ!ほんっとによかった!これ外したらもう、人から貰った1万円しか手元に残んなかったんだよ!まじで危ねぇ!!!耐えたわ!生き残ったわ!本当なら単勝買うべきだったけど!でも2倍よ2倍!うわー、生き残ったぁぁあ!!くぅう、この感覚!この感覚がやめられねぇ!!』
「あ、私が渡した1万円は使わなかったんですね」
――――――――――――――
競馬好きならオタクヘルカイザーの現状が分かる。↓
オタクヘルカイザーは四歳牡馬で今勝ったのは芝2000の2勝クラスです。重賞まではもう少し先だね!
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