第22話 追跡
数週間ぶりにまともな休みを貰った光希は、一人で横須賀中央駅周辺をぶらついていた。
何か目的があってこの街に来た訳ではなかった。
休みとはいえゴロゴロしているのは時間の無駄で、かといって頭を使いたくはない。
だから流されるように電車移動と散歩を繰り返して、気付けばここにいた。
(はぁ。何しようかな)
取り敢えず小腹が空いたから、そこら辺の店にでも入ろうか。そう考えて周囲を見渡した光希は、
「あれ、今のハルカかな?」
人混みの中に見慣れた後ろ姿を見つけたような気がして、思わず固まってしまった。
気のせいかと思ってもう一度確認すると、かなり雰囲気が変わっているが光希の知る人物で間違いなかった。
雰囲気が変わったと感じるのは、光希が最後に見た時とは違う髪型をしているからだ。
知らぬ間に美容室に通ったのか、あれほど長かった髪の毛をイマドキ風にセットしている。
(何かあったのかな?)
光希が知るハルカは決してお洒落に手間暇を掛けるタイプではないし、そもそも休日の昼間に積極的に外出することもない。
そんな自堕落な人間が、頭だけとはいえお洒落をして外にいるなんて、よっぽどの何かがあったに違いない。
(あ)
光希はその『何か』を見つけて、胸の詰まるような息苦しさを覚えた。
髪の毛だけ整えた上下黒のジャージ姿をした変な格好の男の隣には、芸能界を経験して目が肥えた光希ですら息を飲むほど美しい女性がいたのだ。
「え?ええ?ええっ!?」
思わず大声が飛び出してしまった光希に周囲の注目が集まる。
しかしそんなこともお構いなしに、光希は唖然と立ち尽くした。
「ハルカ様はマーケットによく行かれるんですか?」
「あー、そんなって感じです。最後に行ったのは1ヶ月以上前ですね。装備の新調で」
「え、装備の新調、されるんですね」
「いやなんですかその信じられないものを見る目は?俺をなんだと思ってるんですか!」
「言葉にすると難しいですが、お金に関してかなり適当な方であるかと。先程も私がお金を出しましたよね?」
「うぐっ。否定できねぇ」
高い魔素侵食率を誇るが故に、光希の超人的な聴覚はハルカたちの会話を地獄耳さながらに聞き取ってしまう。
(······仲、良さそうなんだけど)
ハルカと深い関係を持つ光希だからこそ、彼がどれだけ相手に心を許しているかが分かる。
今の彼は、相手がどの程度の甘えまで許してくれるかを試しつつ、少しずつ素を出している段階だろう。
そこまで行くのには、最低限の関係値がないと絶対に無理だ。
つまり、光希の知らないところで、ハルカと謎の美女は親交を深めていたということ。
(軍学校にハルカが編入して来た時、あれだけ投げ槍で荒れてたハルカの面倒を見たのは私なのに)
変装用のマスク越しに唇を尖らせて、光希は誰に向けるでもなく不貞腐れた顔をする。
(私の連絡に既読付けないのに。可愛い女の子と遊ぶ時間はあるんだ)
内心でぷんすかと怒りつつ、思考をするまでもなく少女の身体は勝手に動いていた。
戦場でそうするように、存在感を極限まで薄めて人混みに紛れる。
成人男性の後ろから素早く肥満体系の女性の背へ移動し、さらに別の大柄な男の背後へと回る。
そうして自らの姿を隠しつつ、移動していくハルカたちを尾行し始めたのだ。
比較的小柄な体躯を活かした隠密行動。
ハルカの方からでは、光希の身体は通行人の後ろに隠れて全く見えないようになっている。
こうして、ハルカと謎の美女のデート(?)を尾行する光希という、世にも奇妙な状況が生み出された。
○
光希が尾行を続けると、ハルカたちが辿り着いたのは探索者専用のマーケットであった。
マーケットと言ってもショッピングモール等の設備が整った場所とは異なり、横須賀中央の外れに位置する古い商店街を丸々利用した形。
モンスターの素材や、武器や強化スーツ、その他レーダー等の探索必需品などを取り扱った店舗や屋台などが、所狭しと並んでいる。
そんな商店街にハルカたちは足を踏み入れてしまったので―――
(はぁ)
光希は一時尾行を中断した。
ここに来て買い物をするのは探索者ばかりなので、一般人に紛れる形で用いた隠密術などは全て使えないのだ。
平和ボケした市民ならともかく、普段から戦場に身を置く探索者にそんなことをすれば、絶対にバレるし悪目立ちもするだろう。
最悪、ハルカたちに尾行が気付かれる可能性まである。
だから光希は仕方なく、存在感だけは薄めつつ十分な距離を開けて、遠くからハルカたち二人を観察することにした。
二人が向かったのは、どうやらモンスターの素材を取り扱う店のようだった。
女の方が素材を手に取っては確かめ、時折ハルカの方を向いて話し掛ける。
するとハルカは険しい思案顔を浮かべ、女に言葉をかけたりかけなかったり。
二人の様子を見るに、モンスターの素材を物色する女が疑問を投げ掛け、それをハルカが答えるという形だろうか。
(聞こえないなぁ)
一般人に紛れていた時とは異なり、気付かれない範囲まで離れた状態では、光希の耳をもってしても二人の声までは聞き取れなかった。
本当はもう少し近付きたいが、ハルカには変に勘が鋭いところがあるため、接近は控えた方がいい。
どうにもできない感覚にやきもきとしながらも、光希は二人がマーケットを並んで歩くのを、しばらく眺め続けたのだった。
○
マーケットでの用事を終えたら、次に二人は横須賀中央駅前の大きなショッピングモールに入って行った。
ようやく人混みを活用した隠密活動を再開できる光希は少しウキウキしながら、でもこれ以上は知りたくないという感情も抱きつつ、二人の後を追う。
「如月さん、ここで何か買うんですか?」
女の子名前は如月というらしい。心のノートにメモしつつ光希は後をつける。
「そうですね。父に靴でも買ってあげようかなと思いまして」
「へえ、父親と一緒に住んでるんですね。前に家にお邪魔した時は留守にしてたとかですか?」
「え、ええ。そうですね」
(え!?家!?家にあがったの!?あの女の人の!?)
こっそりと二人の会話を聞いていた光希は、あまりの衝撃に存在感を消すのを忘れ、
「あ?」
その瞬間、ハルカが勢いよく光希の方を振り返った。
「······? どうかされましたか?」
「いや、なんか見られてるような気がしたんですけど、ま、気のせいか」
(······あっ、ぶないッ!)
気付かれる寸前で柱の影に隠れた光希は、ほっと胸を撫で下ろしながら、たった今聞いた会話を思い出す。
(へえ、父親と一緒に住んでるんですね。前に家にお邪魔した時は留守にしてたとかですか? 確かにそう言ってたよね。なんで?いつそんなに仲良くなったの?)
柱から顔だけを覗かせて、再び二人の観察をする光希。
彼女の視線の先で、二人はショッピングモール内の靴屋に入って行った。
「私の父、もう5年間も靴を変えてないんですよ」
「5年ですか!?物持ちが良いというか、凄いですね······」
「本当、そろそろ変えてもいいと思うんですよね。でも言っても無駄なので、勝手にプレゼントすれば変えざるを得ないかなと」
「なるほど。そういうことなら靴のチョイスは俺に任せて下さいよ。何せこの俺も、普段使いの靴はかれこれ三年同じものを使ってますから。似た者同士ってやつですね!」
「ハルカ様も物持ちが良いのですね」
(違うよばか。ハルカは外に出ないから靴がダメにならないだけだもん)
光希が心のなかでそう訂正を入れる。
「うーん、どんな靴が良いとかあります?如月さんの父親の好みとか」
「······どうでしょう。あまりそういった話はしていないので」
「なるほど」
「出来るだけ喜んで貰いたいのですが、どうしましょうかねえ」
「そしたら、次に如月さんの家(研究室)にお邪魔する時に、それも色々と考えてみますか?父親の私物なんかを見せて貰えれば、好みの傾向とか分かるかもですし」
「っ、そ、それは······」
ハルカの提案に対して急に挙動不審になる皐月。
しかしそんな様子よりも、光希の心を狂わせたのは『次に如月さんの家にお邪魔する時に―――』という、ハルカのセリフだった。
(ま、まだ私の家にも来たこと無いのに。え?えぇ?)
意外と積極的か方が好きなのかな?いやでも奥手な方が好きって前に言ってたし、いやいやでも―――
あれこれ話ながら靴を見る二人を観察しながら、光希は
(とりあえず、こ、今度家に呼んでみようかな?)
と、決心したのだった。
――――――――――
修羅場期待してた方はすみません。光希の性格的に、いきなり二人の間に突っ込むのはないかなと考えて、この展開にしました。修羅場は後日です。あります()
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