第21話 おでいとですか

 案件配信を終えたその日の夜に、ハルカの元へ皐月からのDMが届いていた。


 大まかな内容は以下の三点。


 一つ目は、現在生産可能な上限数である十着分のスーツが全て購入予約されたことと、それに関するハルカへの感謝。


 二つ目は、夢を後押しする、いつでも力になると言ってくれた事への感謝。


 そして三つ目は、早速力を貸して欲しい用件があるとのこと。

 今後、さらに高性能なスーツを製作するに当たって、探索者の過半数を占める男性であるハルカの意見を聞きたいという旨であった。


 次の休日に探索者用のマーケットに行って素材を見たいので、そこに同行して欲しいという。


 勿論、将来有望な社長の背中を押すために、ハルカは二つ返事でそれを承諾。決して競馬資金に目が眩んだ訳ではない。


 そうして数日後の休日に、二人は待ち合わせをすることになった。



 上下黒のジャージ姿。

 目元を覆う長い髪の毛。

 猫背。

 あと何故か胸元には玩具のロケットペンダントがぶら下がっていて―――

 

 どこに出しても恥ずかしくない立派な不審者のような格好をしたハルカは、横須賀中央駅西口前(初めて皐月と会った場所)に突っ立っていた。


「うーん」


 彼は真剣な顔でスマホと睨めっこしている。


 画面に映るのは明日賭けるレースの出馬表。

 出走馬を複数の要素から比較して、どれが一番勝つ確率が高いかを真面目に予想しているところだ。


 休日の昼間、それも化粧品店が多く入ったショッピングモールの前というだけあって、彼の周囲はお洒落な男女で溢れており、その中でダサい格好をしたハルカは悪目立ちしていた。


 とはいえ、彼一人なら多少浮きはしても大衆の注目を浴びることはない。割といる冴えない男の一人にすぎないから。


 しかし―――


「お待たせしました」


 そこに超絶美少女が加わったのなら話は別。


 その場に皐月が現れた瞬間、男女問わず大勢が彼女を目で追い、そして皐月が声を掛けた相手を見て信じられないといった顔をした。


「あ、どうも」


 皐月に目を向けたハルカは、咄嗟に視線を外してそう短く挨拶をした。


 季節は冬。

 ロングコートを着用した皐月は、この場の誰よりも輝いていたのだ。拗らせ厄介オタクでは、まともに目も合わせられないほどに。


 女性にしては長身である皐月がロングコートを着用すると、まるでファッションショーでモデルがランウェイを歩くような雰囲気が漂う。


 別に高級ブランドの衣服を着ている訳ではない。

 それでもこうなるのだから、皐月の美貌は突き抜けていると言えるだろう。


「あの、ハルカ様」


「······は、はい?」


 ハルカが視線を逸らした先に回り込んだ皐月は、ハルカの髪の毛を見て顔をしかめた。


「髪の毛、まだ切っていなかったのですか」


「あ」


「あ、ではありません」


「······(スッ」


 追い詰められて気まずくなったハルカは、またしても視線を逸らし―――その先に皐月がいた。


 あまりにも速い移動は、平均以上の実力を持つ探索者であるがゆえ。


 視線を泳がせるハルカに、この人は都合が悪い時はこうやって逃げてきたんだと納得しながら、皐月は語気を強めて言葉を放つ。


「案件配信の後に、これで髪の毛を切って下さいと封筒でお金をお渡ししましたよね?まさか他の事に使ってしまったのですか?」


「いや、そんなことないんですよ?ほら、えーと、どこだっけ。あった」


 ハルカは肩に掛けたカバンをがさごそと漁り、しわくちゃになった封筒を取り出して見せた。


 確かにそれは皐月が手渡したものである。


 中には1万円札が1枚。確かに渡された時のまま残っている。


「何故使わずにとってあるのですか?」


「あー、いや、その」


「ハルカ様。それは私が渡したお金ですし、その、こういった物言いは褒められたものではありませんが、今さら多少のことでは驚いたりもしません。教えていただけませんか?」


「······いやぁ」


 年下の女子高生に一体何を言わせているのか。

 今世界で最も情けない人間は間違いなくハルカだ。

 そしてその情けなさは、さらに加速する。


「その、今本当にお金がなくってですね。頂いた分を命綱にしているといいますか。その、軍事作戦の報酬が、来週には支払われる予定なので······」


「それまでの間、有事の際はそのお金に頼ろうとしたという訳ですか」


「あ、あははは」


「はぁ。まったく、笑い事ではありませんよ。これなら案件の報酬を一部前払いにしておくべきでした」


「おお!その手がありましたか!」


「おお、ではありません!普通は貯金をしておくものなんですよ?」


 疲れきった顔で皐月がそう指摘すると、ハルカは何故か偉そうに胸を張って答えた。


「これでも貯金はしてたんですよ。10万円ほど。最近の探索で得た分から少しずつ貯めていてですね」


「でしたら、何故このような事態に陥っているのですか」


「急な引き落としにぶち壊されました。なんか、覚えてないところで滞納していたものがあったらしくて」


「自業自得ではありませんか······はぁ」


 想像を絶するダメ人間具合に、皐月はいつぞやの光希と同じく溜め息しか出てこなかった。


「もう、分かりました。これから探索者用のマーケットに向かう予定でしたが、その前に髪の毛を切りに行きましょう。私がお金を出しますので」


 前に貰った1万円はそのままに、髪の毛を切るお金を出してもらう。

 結局女子高生に1万円貢がせただけになったハルカは、皐月の提案に力強く頷いたのだった。



 それから、デキル女である皐月が近場の美容室を見つけて、ハルカは早速髪の毛を切る事になった。


「本日はどのような髪型にされますか?」


「え?あ、え?」


 初めて入る美容室の雰囲気に圧倒され、そして髪型など考えたこともないハルカは狼狽えるしかない。


 これには堪らず、横で様子を見守っていた皐月が口を挟んだ。


「申し訳ありません。この人、お洒落に疎いのです。この人に似合うように最近の流行りを取り入れた髪型にしていただけると助かります」


「なるほど。かしこまりました。そうですねえ。お兄さん、結構整った顔をしていますから、前髪は上げてもいいかもしれませんね?」


「え、まじすか?」


 それまで黙り込んでいたハルカが、褒められたことで元気を得て声をあげる。


「はい。前髪を上げるとこんな感じになりますが······どうでしょう?」


「あー、お任せします」


 鏡の前で前髪を搔き上げられたものの、髪型の良し悪しなど分からないハルカは早速丸投げした。


 その態度から、本当になにも知らないのだと判断した店員は、自分の判断と時折皐月の意見を取り入れつつ、さっさと髪の毛を切り始める。


 散髪が始まり、無駄に蓄えた長髪がどんどん切られていく最中、店員は普段そうしているように自然にハルカに話し掛けていた。


「お兄さんお若いですよね。今何歳なんですか?」


「あー、多分二十歳?です。はい」


「多分?」


「いや、あー。絶対ですね。二十歳です。二十歳」


 初手の質問から訳の分からない回答が飛んでくる。


 それを接客スマイルで受け流しつつ、さらに二つ目の質問。


「そうなんですねえ。それじゃあ成人式とか近いんじゃないんですか?」


「え、あ、ハイ」


 あ、こいつ絶対分かってねえな。笑顔の裏で店員はそう判断した。


 成人式関連はあまり話題に振らない方が良さそうだ。店員は別の切り口から雑談の続行を試みて―――


「普段は何をされているんですか?」


「え?」


 それは、ハルカにとって一番最悪な問いだった。


 何せ世間ではまだまだ差別をされている探索者で、半分はニートで、四六時中競馬の情報を調べていて、とにかくまともなことをしていないから。


 悩みに悩んだ末にハルカが絞り出したのは、


「映像系の仕事を、ちょっと」


 配信業をオブラート10枚くらいで包んで表現したら、そう言えなくもないか。

 嘘ではないけど限りなく嘘に近い、そんな言葉だった。


「映像系ですか!凄い、なんかクリエイティブですね!」


 リスナーを煽ってコメントで殴り合って競馬で負けて叫び散らかす行為をクリエイティブと言うなら、そうなのだろう。


 全てを知る皐月は、二人の噛み合わない会話にそっぽを向いている。時折肩が震えているのは、笑っているからだろうか。


 そんなこんなで時間は過ぎていって―――


「はい、こんな感じでどうですか?」


「ああ、終わったぁ」


 カットを終え、シャンプーをされ、最後に何故かワックスまでつけられ。

 かつてない経験に目を回してしまったハルカは、ようやく終わったことに安堵して溜め息をつく。


「あの―――」


 完成形の確認を無視された店員は、困り顔で皐月の方を振り向いた。


「恐らく大丈夫だと思います」


「そうですか。良かったです」


「まあぶっちゃけ髪型の良し悪しとか分からないんですよねえ、俺。なのでそっちの人が大丈夫だと言うなら、まあ大丈夫なんだと思います」


 お金を払った訳ではない、要望を出した訳でもない。なにもしていないのに妙に偉そうなハルカは、そう言って立ち上がった。


「そ、そうですか。それではレジの方へお願いします」


「あ、ハイ」


「ハルカ様、少し待って下さい」


「はい?」


 店員に続いてレジに向かおうとしたハルカを皐月が引き留めた。

 なんだと振り返ったハルカは、無言で白い長財布を押し付けられる。


 勿論それは皐月のもので、では何故今回金を出す側の彼女がそれをハルカに渡したのか。


「私にお金を出される所を見られるのは、あまり良い気分ではないでしょう。財布を預けますから、そこから払って下さい」


「え、あ、ありがとうございます」


 皐月はどこまでも出来る良い女であった。



「よし、それじゃあマーケットに行きますか!」


 髪の毛を切ってさっぱりしたハルカは、心機一転元気溌剌な様子で歩き出した。


「そうですね」


 皐月もそれに続いて、二人はそのまま横須賀中央の町並みの中を歩いていく。


 そんな二人の後ろ姿を見て、不意に声を上げる者がいた。


「あれ、今のハルカかな?」


 珍しく休みを貰って、一人羽を伸ばしていた姫宮光希(変装済み)である。


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