第20話 案件後にて

「んじゃ、今日の配信はこれでおしまいな。スーツがほしい奴は、概要欄に購入フォームのリンク貼ってあるからそこから飛んでくれ」


《分かった》


《おつ》


《おつ》


《おつ》


《如月さんまた出る!?》


《案件配信楽しかったぞ》


《如月ちゃんまたねえええ!!!》


《おつ》


 配信を終わらせまいと最後の盛り上がりを見せるコメント欄だったが、案件配信で規定の時間をオーバーする訳にもいかず、ハルカは躊躇い無く枠を閉じた。


「よしっと。どうでしたかね、如月さん。スーツ、もう買われてたりしま―――」


「何を考えているんですか!!」


「えっ」


 再びの大声にハルカは目を丸くして固まる。大股で距離を詰めて至近距離で目を合わせてきた皐月は、そこから真剣な、焦りすら浮かんだ顔で怒鳴った。


「えっ、ではありません! わざとモンスターの攻撃に当たりに行こうなんて、何を考えているのですか!」


「え、あ、はい」


「危険だと分からないのですか!?」


「その、いざとなったら撃ち殺せば問題ないかなって―――」


「認識が甘過ぎます!!一瞬!一秒!遅れたら怪我をするのはあなたなんですよ!?万が一何かあったらどうするつもりだったのですか!!」


 二人の付き合いはまだ短いが、それでも皐月が感情を表に出すタイプではない事くらい、ハルカは理解している。


 短い付き合いでそうと分かる程度には、色々と堅っ苦しい言動を取っているから。


 そんな皐月の切羽詰まった態度に、ハルカはひたすら困惑してしまう。


 そして―――


(た、確かに危なかったか?てかあれか。スーツの案件配信で着用者が大怪我するような事があれば、会社は倒産モノかもしれないし······)


 今更ながら自分のやろうとしていた事の重大性を理解して、顔面蒼白になりながら頭を下げた。


「本当にすみません。あの、浮かれ過ぎてたみたいです。二回目の案件配信では絶対にしません」


「······本当に頼みますよ。まさかあんなことしようだなんて、思いもしませんでした」


「はぃ」


 急に大きな数字を得て、案件という実績を得て、少し気が浮わついていたのかもしれない。


 ハルカは自分の馬鹿さ加減を呪いつつ再び頭を下げる。


「理解して貰えたのならもう良いです。次から気を付けてくださいね?」


「はい。ホントにすみませんでした」


「はぁ。もういいですよ。では、帰りましょうか」


 話を切り替えるように、皐月はさっさと帰還への一歩を踏み出した。気まずい空気を誤魔化したいハルカもそれに続く。


 しばらくは無言で移動する二人。数分間はそのままだったが、不意に緊張感漂う雰囲気を和らげるように、皐月が穏やかな口調で語り始める。


「そういえばスーツですが、さっきスマホで見たら早速三着予約が入っていましたよ」


「あ、本当ですか?」


「はい。これまでは、学校の知り合いや父の友人に買って貰うことでしか売れなかったので、大きな進展ですね」


「なら良かったです。このペースなら、案件が終わるまでに三十着くらいは予約入りますかね?」


「どうでしょう?案件配信は三回行う予定ですが、今日が上手く行っただけで今後は伸び悩む可能性もあります」


「そうですか?俺は売れると思いますけど」


「私も、少しでもたくさん売れたら良いと思うのですが······」


 切羽詰まった表情でそう言葉を溢す皐月。その貌があまりに思い詰めた様子であったから、ハルカは気になって口を開いた。


「あの、なんでそんなにスーツを売りたいんですか?」


「え?」


「いや、あ、答えたくないとかなら、全然良いんですけど。興味本位の質問なので」


「ふふ、スーツを売りたい理由······そんなに気になりますか?」


「はい。その、三着でもアルバイトなんかよりは凄く儲かるじゃないですか。まだ高校生なのに、会社を興してスーツを自作までして、俺とは比較にならないくらい凄いなぁって。いやー、その、ね?こっちも一応本気で探索してる側ですし、そこら辺の情熱の源みたいなのを知れたら、案件配信のモチベーションがもっと上がるなあと思いましてというか」


 喋り始める内に言葉が止まらなくなり、誤魔化すようにあること無いこと並べ立てて必死に取り繕うハルカ。


 それを承知の上で、決してそこに悪意が含まれていないことを悟ったから、皐月は何気ない態度で答えた。


「そうですねえ。モンスターを少しでも多く倒したいんですよ」


「モンスターを?」


 予想外の答えをハルカは思わずおうむ返しにしてしまう。


「はい。私、こう見えてレーティング5.4の探索者なのですが」


「え、まじですか」


「はい。マジですね」


「俺要らないやんけ」


 突然の新情報。皐月は高校生ながらに、探索者全体の平均より高い評価を得ているらしい。


「ですが、そんな私一人が頑張っても、倒せるモンスターの数はたかが知れているじゃありませんか」


「まあ、そうですね」


「ですので、私は倒すのではなく装備を生み出す側になって、私より強い多くの探索者の背中を後押ししたいんです。こんな絶望的な世界だからこそ、モンスターを一秒でも早く殺し切る。そのためですね」


「良い、夢じゃないですか」


「え?」


 皐月が目を丸くしてハルカの方を見る。


「いや、お金が欲しいとか、富とか名声が欲しいとか、そういうのもあると思ったんですけど。世界のために頑張ろうなんて、めちゃめちゃいい事じゃないですか!」


「は、はぁ?ありがとうございます?」


「俺も、俺も頑張りますので!」


 ハルカはシュバッ!と皐月の方を振り返ると、真剣な顔で、真剣な声色で尚も言葉を紡ぐ。


「案件は三回で終わりですが、案件中でも、案件後でも、何かあれば俺を頼って下さい!出来る限り力になりますから!」


「え、あ、あの。良いんですか?」


「はい!その夢は応援するべきだと感じました!」


「―――ッ」


 揺れる視線。皐月の瞳の奥で瞳孔が開く。


(いや、だって考えてみろ?こんな将来有望な、まだ誰の手垢もついてない社長おらんぞ!?今恩を売ればそれを返す対象は俺だけ!)


 ―――そうした果てには無限のお金、つまり競馬資金があるのだッ!!!


 そんな腐り切ったハルカの内心を知らない皐月は、申し訳なさそうに何度も頭を下げてありがとうございますと繰り返していた。


 もう最悪だ。


 自分より年下の女子高生に集ろうとするなど救い用がない。ていうかそんなクズは救う必要もないから、地獄のエンマ様は救い方を模索するまでもなく地獄に叩き落とすだろう。


「まずは二回目の競馬……げふんげふん!案件配信についてですね!どうすればよりスーツの魅力が伝わるか、一緒に考えましょう!」


「あの、それに関してなのですが。一点ご提案が」


「はい?」


 皐月はハルカの髪の毛を指差して言った。


「まず、髪の毛を切りませんか?」


「え?」


「その、申し上げにくいのですが、ハルカ様の髪の毛は、一般的には不衛生と受け取られる長さでして······」


「そ、そんなっ!?」


 古き良きエロゲの主人公をリスペクトした髪型は、令和すら越えた2070年代にはマッチしなさすぎるらしい。


 ハルカは今日一番の傷ついた表情をしている。


「その、スーツを着用して宣伝されるのですから、まずは身なりから整えませんか?そのほうが受け手の印象も良くなるかと思うのですが」


「そうですか·····いや、そうですよね。久しぶりに髪の毛切るかぁ。あれ、でもハサミどこやったっけか?あ?」


 目元を通り越して鼻先に掛かる長さの前髪を指先で摘まみつつ、ハルカは呑気にそんなことを言った。


 当然、皐月は目を見開いて固まる。


「ッ!?······あ、あの、今なんと?」


「いや、ハサミがどこにあったかなぁって」


「まさかご自分で切っていらっしゃるのですか!?」


「まあ、はい」


 美容室なんて高くて絶対に行かないし、1000円カットに金を使うならその分は馬券を購入するのがハルカの生き方である。


 馬券が外れたら自分の生活を削る。当たったらその中の金で色々とやりくりをする。常にそうしてきた。


 そして、ハルカに案件の打診をする前に彼について一通り調べていた皐月は、当然過去の配信からハルカが競馬にお金を溶かしていることを知っており―――


「もしかして、お金に余裕がないとか······ですか?」


「いやぁ、お恥ずかしながら」


 てへへ~、と後頭部を搔いて、ハルカが愛想笑いを浮かべる。


「はぁ」


 ハルカの人間性を承知の上で案件を依頼した訳だが、流石にこれは溜め息を隠すことが出来なかった。


「仕方ありません。私がお金を出しますから、美容室に行ってきて下さい」


「あ、ハイ」


 そんなこんなで、ハルカは髪の毛を切りに行くことになったのだが―――



 それから数日後の休日。


「お待たせしました」


「あ、どうも」


 何故かハルカと皐月は、案件に関係なく私服姿で待ち合わせをしていた。


 ちなみにハルカはまだ髪の毛を切っていない。





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