第19話 案件配信 後編

 ようやく探索を始めたハルカは、壁から最も近い廃墟に足を踏み入れていた。


「そうだな。今日は普通に探索をしてみて、このスーツがどれくらい良いものかを伝えられたらいいな。取り敢えずいつもの廃墟で探索するか」


 まず、魔素の計測器と腕時計のように装着した魔素を観測するレーダーを用いて、ハルカは周囲にモンスターがいないかを確認する。


 本来なら探索は数人以上で行うものであり、こういった作業も分担されるのだが、ソロのハルカは全て一人でこなしていた。


「今日は探索初見も多いし色々説明しながらやるか。今やってんのは周囲の索敵ね。モンスターって魔素が濃い環境で生まれるし、既に生まれた個体も魔素が多い場所に移動してくるから、その時の魔素濃度を調べるのが大事なんよ」


 ハルカはまず魔素の計測器を配信画面に大きく映した。


「濃度は0.25。だいぶ低いね。この数値なら今すぐここで新しくモンスターが生まれる事はないな。んでそれが分かったら、次はこのレーダーね。これは魔素が集まった生物、つまりモンスターに反応するレーダーで······」


 今度はレーダーを配信画面に映すハルカ。


「半径五百メートル内に強い魔素の反応が二十五個。これ全部モンスターな。んじゃ、まずはこいつら全部しばいてくから」


《へえ。そんな風に考えてるんだ》


《一人だと全部やるの大変そうだな》


《モンスター多いな》


《気をつけてね》


《美人ちゃんは絶対に守るんだぞ》


《なんかレーダーの案件みたいになっててわろける》


「で、早速このスーツの強みなんだけどさ。モンスターってどうやって探索者に気付くか知ってる?」


 移動中、何気なくハルカが投げ掛けた問いに、リスナーたちはそれぞれ好き勝手なコメントをしていく。


《知らん》


《ハルカのキモキモオタクオーラが臭くて気付く》


《普通にその個体のベースになってる生き物がする発見方法じゃね?犬なら嗅覚って感じに》


《見てるとか?》


《基本は個体のベースとなる生物の特徴を用いて発見してきますね。それに加えて、全部のモンスターに共通して、何故か人間という存在に敏感です》


「キモキモオーラはあまりにも当たり判定が狭すぎだろうがよ!あ?なんで俺だけに焦点当てた進化してんだ!?キモすぎだろ馬鹿がよ!…ってそうじゃねえよ。くそが。マジでキレそうになったわ。んでああそう、発見方法だけど、大体はコメントの通りな。基本は個体のベースになってる生き物と同じ方法で索敵してくるんよ。で、それプラス何故か人間にだけは以上に敏感なのね」


 説明をしながら移動を続けると、ハルカは早速モンスターを発見した。


 一般的な狼と変わらない造形のモンスターだ。推定脅威度は単体で0.6~0.8、群れた場合は2.5まで上がる相手で、今回は三体で群れていた。


 狩りをして生きる狼を基にした個体は、並みのモンスターと比較すると索敵能力に優れている傾向が強い。


 普通、目視出来る距離に迫った時点で気付かれてしまうのだが―――


 なんとハルカは、百メートルまで接近しても、まだ気付かれていなかった。


 その理由の一つは、ハルカがモンスターから見て風下にいるから。もし風上に立てば臭いが風に乗って簡単にバレていただろう。


 それをハルカは、リスナーと雑談しながら流れ作業で防いでいた。


 それともう一点、モンスターに気付かれないのは、スーツがモンスターの素材であるから。


《あれ、あのモンスター気付いてないな》


《普段ならもうバレてそうだけど》


《なんかした?》


《ハルカなんかやった?》


《あれ?バレてなくね?》


《ほんとだ。バレてない。え?なんで?》


《いつもは気付かれるものなんですか?》


《狼とか犬はすげえ遠くからでも気付いて馬鹿みたいに追い掛け回してくるぞ》


 コメント欄には、まだこちらに気付かない狼への疑問が幾つも上がる。


 それに答えるようにハルカは口を開いた。


「このスーツなんだけどな、あの狼のモンスターをベースに、幾つかのモンスターの素材で出来てるんだよ。だからこれを着用してると、人間特有の臭いとか存在感が少しだけ誤魔化されるって訳。まあほんと気休め程度だし、探知に優れたやつには通用しないだろうけどな」


《なるほど》


《それ結構ぶっ壊れじゃね?》


《とんでも機能だろそれ》


《けど初心者の保険用って感じだな》


《ちょっとでも遠出して強いモンスターと当たったら、もう効果無いってことだもんな》


《どういうこと? 人間の気配に鈍いモンスター相手なら、仲間だよ~^^って顔が出来るってこと?》


「大体そんな感じだな。ですよね、如月さん」


「ええ。この近辺のモンスターは全て誤魔化されてくれるはずです」


 コメント欄は、確認のために再び画面に現れた美人に狂喜乱舞しつつも、スーツの性能に納得を示した。


 このスーツは、本当に初心者向けの商品なのだと。


「んじゃ、まああとは倒すだけだからなぁ」


 百メートルは離れた場所から、ハルカはおもむろに背負っていたスナイパーライフルを構えて、容赦なく発砲した。


 サプレッサーにより極限まで抑えられた銃声が三度響く。放たれた銃弾はそれぞれ別の個体を一撃で即死させていた。


「んじゃ、次に行きますかね」



 それからしばらく経って。

 スーツの性能や特徴を遺憾なく発揮して、探索は終盤を迎えていた。


 残すモンスターは、現在ハルカがスナイパーライフルで照準を合わせている一体のみ。それを倒せば今日の配信は終わりとなる。


 早速ハルカは、引き金を引こうとしたのだが―――


《そーいや、まだスーツの耐久性見れてないなあ》


 リスナーのひとりがそんなコメントをしたことによって、事態は思わぬ方向へ転がり始める。


《確かに。耐久性も売りなんだよね》


《そう言ってたなあ》


《でもハルカ、一度も攻撃受けてないよな》


《耐久性優れてるか、分からないなぁ》


「いやいやお前ら何言ってるの?攻撃なんて食らわないに越したことないだろ」


《でもなぁ》


《あーあ。スーツの耐久性が分からないと、買うか迷っちゃうなぁ》


《買うのやめよっかなぁ》


「いやおい待てお前らまじでふざけんな??」


 強化スーツの耐久性の確認を盾に、ハルカにモンスターの攻撃をわざと食らえと伝えるリスナーたち。


 勿論それは、ここら辺にいるモンスターが弱い個体で限定されていることを知っての言葉だ。じゃなきゃ死ねと言っているにも等しい。


 ただ、一見弱いと見える個体が実は突然変異だったり、一瞬の油断のせいで命を落とす事もある。


 ハルカは迷い、考え、それから案件がうまく行くために、つまり報酬のために、


(まあ、本当にヤバそうな雰囲気感じたら殺せばいっか)


 などと結論を出して、モンスターへと無防備に接近し始めた―――が。


「何をしているのですか!?」


 ハルカが一歩を踏み出した瞬間、如月皐月が怒声を放ちつつモンスターへと銃撃を浴びせた。


「へ?」


 銃声に負けない声量、本気の怒気を前にハルカは目を丸くして狼狽える。


「ほんの少しのミスで死ぬんですよ!? 軽率な行動は謹んで下さいッ!」


「あ、ハイ」


「コメント欄の皆様も、不用意に危険に晒すような発言は控えて下さいね??」


《あ、ハイ》


《あ、ハイ》


《すみません》


《怒られるのちょっと興奮する》


《↑俺も》


《もう一回ハルカに無茶振りして怒られようぜ》


「あの、本当にすみません。スーツの性能を示すために……」


「気持ちはありがたいですが、まず大切なのは私たちの命です。優先順位を間違えないで下さい」


「……はい」


 有無を言わせぬ説教にハルカは押し黙る。今の皐月はそれほどの圧を纏っていた。


 終盤の空気が一部地獄に変わりつつも、こうして探索は終わったのだった。


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