第18話 案件配信

 ハルカが案件の打診を承諾した後、詳しい契約内容を確認してから面談は終わった。


 そしてそれから約一週間後―――。



『神奈川エリア』横浜地区から程近い壁外の未開領域で、ハルカは新しく配信の枠を取っていた。


「よっし。これ配信付いてる?」


 ドローンに搭載された撮影機材を通して視聴者へと手を振ると、早速コメントが流れ始める。


《わこ》


《わこ》


《わこ》


《待ってたぞ!》


《外だ!探索回だ!》


《わこ》


《壁外じゃん!》


《探索すると聞いて》


 まず目立つのは、配信の挨拶や外の景色を喜ぶコメントだ。

 配信の始まり方としては一般的で、ハルカも「はいはいわこわこ」などと受け答えをしている。


 しかしそれらは、徐々に異なる反応へと変わっていく。


《強化スーツ着てるやん》


《スーツだ》


《ハルカがスーツ着てる!?》


《報酬入ったとか?》


《競馬は勝ってないもんな》


《え?てか何だこのスーツ。見たこと無いデザインだけど》


 配信画面に映るハルカが強化スーツを着用していることに気付いたリスナー達が、次々にコメントを投下し始めたのだ。


 さらに―――


《は!?》


《この配信はプロモーションを含みます!?》


《プロモーション!?》


《案件!!》


《案件じゃねーか!》


《うおおおおおお!!》


《案件来ちゃぁぁあ!!》


 配信画面右上に表示された『この配信はプロモーションを含みます』という文字列は、案件放送でないと出てこないもの。

 それを目敏く発見したリスナー達のコメントが爆速で流れていく。


 そんな流れに乗っかるように、ハルカも興奮気味な声で言葉を放った。


「はい、そうなんですよね。実を言うと私、なんと案件を頂きましてッ!なので今回の配信は、株式会社キサラギ様の提供でお送りします!!」


 シャキーン!という擬音が付きそうなポージングを決めて、ハルカはカメラ目線でそう言った。

 子供っぽいが本人はノリノリだったりする。


《やったぁぁあ!!》


《よーし!》


《案件だぁあ!!》


《面白そうなゲームですね!概要欄からダウンロードしました!》


《やったぁぁあ!!》


「面白そうなゲームですね、概要欄からダウンロードしました。いやお前それゲームの案件で言うヤツゥ!クッソ、まじ笑わせんな。今じゃねえだろ。いつか俺がゲームの案件やったらそれ言ってくれな?今回は強化スーツの案件だからな?」


《wwww》


《笑ったわwww》


《草》


《おもろいな》


《概要欄からダウンロードしましたコメントで埋めて、企業の人をびっくりさせるか》


「はは、良いなそれっ!いつか俺がゲームの案件やったら、お前ら全員コメント欄で『面白そうなゲームですね!概要欄からダウンロードしました!』て打ってくれ。まじ頼む!」


《やらせ》


《やらせで草》


《プライドは無いのか?》


「あ、あの······ハルカ様。一応時間制限がございますので」


「あ」


 配信画面外で待機していた皐月が、申し訳無さそうにそう口を挟んた。


 皐月が今がここにいる理由はスーツの紹介のためだ。


 案件配信の時間は最大で四時間までと決めており、限られた時間で強化スーツの魅力を伝え切るには、制作者目線での意見があったほうがいい。


 だがそんな事情を知らないリスナーたちは、突如配信に紛れ込んだ女性の声に沸き上がった。


《女!?》


《女だぁあ!!》


《女!?》


《女の声がしたぞ!》


《ハルカ様って言った!?》


《うーわ、見損なったわ》


《女じゃねーか!》


《お前だけは裏切らないと思ってたのに》


《女いるとか。俺たちを裏切ったな!》


《悪魔め!》


《ハルカのチソチソが中古品になったぁぁあ!!うわぁぁぁあ!!》


「え、あ、あの······」


 まるでスラム街のような荒れ模様。

 声が乗るだけでハルカへの罵倒が急増したコメント欄を見て、皐月は言葉を失ってしまった。


 が、それを向けられた当の本人は何も感じていないらしい。


「うるせえな。アイドル売りしてるイケメンとか可愛い子に相手がいたならともかく、俺なんかのチンチンに純粋さを求めんな。あとそもそも如月さんは彼女とかじゃなくて、あくまでも案件をくれた方だからな?そうですよね、如月さん?」


「ごほんっ、そうですね。私たちは視聴者の皆様が想像するような間柄ではありません。あくまでもお仕事上でのお付き合いです」


 ハルカの隣、配信画面に映る位置まで移動した皐月は、誤解を解くようにそう言った。


 ―――誤解を解くために、画面に出てしまった。


《美少女キタァァァア!!》


《え、は?可愛くね?》


《尻穴弱そうな子来たぁぁあ!!》


《美人過ぎるだろ!》


《ハルカ死ねハルカ死ねハルカ死ねハルカ死ね········》


《prpr》


《光希ちゃんより可愛くねえか?》


《↑それはねえよ殺すぞ》


《俺純血派だけどこんな可愛い子がハルカの配信見てるなら脱退するわ》


《可愛くね?》


《しれっと純血派いるのなんなの?》


 配信開始から間もないとはいえ、今日一番の速度でコメント欄が流れていく。


「も、申し訳ありません。私のせいでコメントが······」


「あーいや。こいつら適当な理由付けて俺を叩く遊びがしたいだけなので。気にされることはないです。それに、大半のコメントは俺への罵倒とかじゃなくて、如月さんの容姿を褒めてるみたいですし」


「私の、ですか?」


「はい。ほら、この通り」


 ハルカはスマホから配信のコメント欄を表示して、それを皐月に見せた。


《めっちゃ可愛いな》


《可愛いってより美人じゃね?》


《美人過ぎる》


《芸能人とか?》


《絶対芸能人だろ》


《でもこんな可愛い人知らねーぞ》


《確かに。光希ちゃんくらい有名でもおかしくないのに》


《てか案件を持ってきた人って言ってたけど》


《あーあ。でも良かった。あのハルカにこんな美人な女が出来てたら、嫉妬の炎で焼け死ぬところだったわ》


「だ、か、らッ。なんで俺に処女性求めてんだよ。割とがちでキモいからやめろや。はぁ。如月さん、こんな感じで俺とリスナーは適当な理由作っては叩き合ってて、まあプロレスみたいなものなので。コメントが荒れるのは気にしないで下さい」


「は、はぁ。分かりました」


 初めて見る底辺の世界に、皐月は目を白黒させつつも頷いた。そしてすぐに仕事モードに切り替え、キリッとした表情で配信に向き直る。


 それを見たハルカも、見当違いの方向に熱をあげるコメント欄を冷ますように、パン、パンと二度大きく拍手をした。


「はいお前ら。そろそろ案件始めるから!落ち着けな」


 これでようやく本題に戻れ―――


《パンパン!》


《お手々を合わせてください!》


《下さい!》


《手を合わせてぇ~》


《はーい》


《頂きます!》


《いただきまーす!》


《ます!》


「お前らァ!?俺の話聞いてた!?ねぇ!?」


《せんせー!あの人が手を合わせてしてません!》


《せんせー!》


《いただきます》


「だぁかぁらぁ!?俺を攻撃する時だけ一致団結するのやめろな!?」


 まだ脱線し続けるリスナー達にハルカは頭を抱えてしまった。


 ふざけて盛り上がるのも良いが、お金が発生している以上最低限守らねばならないラインはある。これは明らかにそれを越えているだろう。


 ハルカは怖くなって、恐る恐る皐月の方を振り向いて―――


「ふふっ」


 口元を手で隠して小さく笑う様子に、思わずニチャァと笑みを浮かべてしまった。


《きっしょ》


《きも》


《キモすぎわろた》


《きも》


《ないわ》


《やっぱこいつのチンコの処女性とかどうでもいいわ。きも》


 途端に暴言で埋め尽くされるコメントを見て、ハルカは泣きそうな顔で口を開く。


「もう配信やめよっかな。やめて良い?いーよー」


「は、ハルカ様!?駄目ですよ!?これは案件なんですから―――」


「あ、すみません。いつものノリで冗談でして」


「え、あ、はぁ、はい」


 もう何が何やら分からないといった顔で、皐月はぼんやりと頷いた。


 バリバリ堅物で仕事人な彼女も、配信という自分の城で本領を発揮しつつあるハルカに、すっかり振り回されてしまっているのだ。


「はぁ。冗談はこんなもんでいいべ。今のやり取りしてる間に人も増えたっしょ?今何人?―――12000人!?いつもよりちょい多いな!?よし、このまま商品紹介始めるか!てかやるぞ、まじで時間押してるから!」


《まじ?》


《押してるの?》


《じゃあやめるか》


《やめるか》


《一旦真面目モードな》


 あくまでプロレスとしてハルカとのレスバを楽しんでいるリスナー達も、一度コメントの罵倒を停止させる。


 そうして配信が平和になったところで、ようやくハルカは自分が着ている強化スーツを指差して宣伝することが出来たのだった。


「なんかね、うん。この流れで今さらスーツの説明すんのかよって感じだけど。流石に、流石にな。これ案件だから」


《分かった》


《おけ》


《全裸待機しとくわ》


《俺は今純血派の集会にいるからそこから見るね》


《さっきからチョロチョロ純血派いるのなんなん?》


《商品紹介って、先に短所から言うと良いらしいぞ。後に長所をあげると印象に残りやすいって》


「へえ、そうなんだ。商品紹介ね。おっけ。じゃあ短所から言うわ。あのー、この強化スーツなんだけどね。まあ見た目の異質さから分かる通り、従来の商品とはだいぶ違う特徴があるのよ。んで、まず短所なんだけど。短所はね~、エネルギー消費が約四倍なことかな。うん」


《は?》


《ま?》


《それだいぶ終わってね?知らんけど》


《俺だったら流石に使わないが》


《四倍ってどうなの?有識者おる?》


《本当に四倍なら、あまり使いたくは無いですね。難易度の高い探索は長時間に及ぶケースが多いですから、いざという時にエネルギー切れを起こしたら死にますよ》


《らしいぞ》


「まあ、まあまあまあ。お前らの言いたいことも分かるけど、もうちょい待ってくれ。ちゃんとね、ちゃんと!短所を引っくり返すくらいすげー長所もあるから!まじで、これ聞いたらお前ら絶対に買うって言うから!」


 まるで断言するかのような強い言葉に、コメント欄は《本当かな~?》などと疑う言葉が多数流れた。


 ただしそれらは、本当にハルカの言葉を聞いて消えることとなった。


 何せ、この強化スーツは既存の商品より三倍以上安く、そして軽くて耐久性にも優れているのだから。


 それさえちゃんと伝えれば―――


「このスーツ最大の長所は、美少女の手作りって所な」


《うおおおおおお!!》


《うおおおおおおおおおお!!》


《それ先に言えってぇ!!》


《買う!買います!探索者じゃないけど買います!》


《かうかう!!》


《美少女最高!》


「え、あ、あの······」


 想像を超える事態に困惑する皐月を置いて、配信は勝手に進んでいく。


「いやー、な?俺もお前らも女から贈り物とかされたこと無いだろ?なあ、考えてみろよ。このスーツ買うだけで、こんな姫宮光希レベルの美少女の手作りの服を手に出来るんだぜ?最高じゃね?」


 馬鹿による馬鹿過ぎる発言を聞いて、コメント欄の馬鹿たちも馬鹿騒ぎを繰り返す。


 非モテオタク達による喧騒の凄まじさは、世のリア充を呪い殺さんばかりの圧倒的コメント数が物語っている。


「んで、あー。あとさっき言い忘れたんだけど、このスーツの性能は最低レベルなんだけど、値段が15万なのよ。それも凄くね?だから、あれな。このスーツのターゲット層は、探索者を始めて日が浅いからすぐに帰れる壁付近しか行かない奴ってことになるな。大体伝わった?15万って価格設定も、初心者にはだいぶ優しいだろ?」


《やっす》


《なるほど。それならエネルギー消費も度外視できるもんな》


《強いスーツ買うまでの繋ぎって立ち位置なのか》


《うまいこと隙間の需要を狙った商売やね》


《それなら良いんじゃないか?》


 そんなこんなでなんとか軌道修正したハルカによって、スーツの長所と短所が正しく伝わったところで―――ようやく探索が始まる。





―――――――――――

今回は前後編にわかれてて、次で探索します。久しぶりに戦闘とかあります。

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