第17話 案件の詳細と金の亡者

 警察の職務質問を終えたハルカは、改めて如月皐月きさらぎさつきという少女を観察した。


 烏の濡れ羽色というのだろう、腰元まで伸ばした艶やかな長髪が揺れている。

 切れ長な瞳と高く通った鼻筋、可愛らしい口許は横一文字に結ばれており、その表情は他人に一切の隙も見せない。


 どことなく冷たい印象を与える少女だ。

 女性にしては少し高めの身長やモデルのようなスタイルの良さも、親近感より近寄りがたい雰囲気を強調している。


 よく言えば高嶺の花、悪く言えば怖くて何を考えているか分からない。


 それが如月皐月という少女であった。


(ラノベ風に言うと規律に厳しい学級委員長、エロ本風に言うと、こう見えてケツが弱いタイプの女みてーだな)


 脳内で最悪の例え方をするハルカは、そんな結論を付けてうんうんと頷いた。


 男とオタクは揃ってみんなバカだから仕方ない。見れば見るほどケツが弱そうな感じがしてしまうのだ。


 じろじろと観察するハルカの視線に気付いた皐月は、何を勘違いしたか申し訳なさそうな顔で頭を下げる。


「これから案件について面談を行うというのに、学校の制服姿で申し訳ありません」


「あ、いえ。そこは気にしてませんので(ケツが弱そうとか思ってすみませんでした)」


「そうでしたか」


「······はい」


「······」


「······」


 会話が続かない。


 恐らく、皐月は必要な会話しかしない主義なのだろう。気まずい沈黙には見た目通りの関わり辛さがあった。

 一方ハルカは拗らせオタクことコミュ障なので、こういう取っ付きにくい手合いにはめっぽう弱い。女性経験のないオタクは気が強そうな女の子が苦手なのだ。


 ある意味この二人は最悪な組み合わせと言える。


「立ち話も何ですし、そろそろ移動しましょうか」


「そ、そうっすね」


 皐月は淡々と仕事を進めるため。ハルカは緊張感漂う空気から逃げるため。

 二人はさっさと移動を開始した。


 横須賀中央は駅から出るとすぐに小さな交差点や無数の脇道があり、表通り以外は土地勘が無ければ満足に歩けないのだが、そんな街並みの中を皐月は迷い無く進んでいく。

 一歩遅れてその後に続くハルカは、面談に向けて真剣な表情を作り―――否。

 真面目さを装って、前を歩く皐月の尻を盗み見しているだけだった。


 どっかの光希と違ってスタイルの良い皐月は、スタスタと歩くだけでも色々と凄まじいのだ。


 女子高生に興奮するのはヤバイと感じつつも、


(まあモデル体型は四捨五入して成人だべ)


 などと訳の分からない持論を展開してそのまま観察を続ける。


 そうしてしばらく歩いたところで、突然皐月が後ろを振り向いた。

 直前に動く気配を察知したハルカは慌てて視線を外している。


「いかがされましたか?その、視線を感じたもので」


「―――ッ、あ、いえ。連絡を取っていた方が高校生だとは思わず、まだ驚いていまして」


「それについては、あらかじめお伝えするべきでした。申し訳ありません」


「いえいえ、特に問題は無いですし。あの、ところでその制服って横須賀軍事総合学校のやつですよね?」


 皐月が身に纏う軍服を模した制服を見て、ハルカは思い出したように言葉を紡いだ。


「はい。ご存知だったのですね」


「まあ、私も以前は軍学校にいたので。合同演習でその学校とは何度か一緒になったことがあるんです」


「そうだったのですか」


「はい」


「······」


「······」


 またしても会話が途切れる。

 コミュ障ながらも共通の話題を頑張って探してみたハルカだったが、彼にはこれが限界だった。


(いや、空気悪っ!?可愛いお尻無かったら帰ってるんだけどォ!?)


 なんていう内心はおくびにも出さず、未来の競馬資金のためにハルカはにこにこ笑顔を維持し続けた。


 そのまましばらく無言での移動が続いて―――


「着きました。ここです」


 路地の奥まで歩いた皐月が立ち止まったのは、こじんまりとした一軒家の前だった。

 どこからどう見ても普通の住宅。これが研究室だとは思えず、ハルカは言葉を失ってしまう。


「部屋の一つを研究室にしているんです。そちらへ案内致しますので、どうぞあがってください」


「あ、はい。失礼します」


 何も気負わずに玄関の扉を開けた皐月を見て、ハルカは緊張しながらも如月家に足を踏み入れ、研究室まで案内されたのだった。



 玄関を開けた先に広がる空間があまりにも一般的な住宅の様相をしていたから、思わず身構えてしまったハルカ。


 しかし皐月の言葉に嘘はなかったようで、一階廊下右手にある部屋に入ると、そこはちゃんとした研究室であった。


(うお、狭っ!?)


 ただ研究室にしては狭く、作業台や精密機器などそれっぽい物が所狭しと並べられている光景は少々窮屈だ。

 恐らく元は普通の部屋だった空間を改装したのだろう。


「お茶を用意して参りますので、どうぞ座って下さい」


「あ、はい。失礼します」


 ハルカが席に着いたのを確認した皐月は、お茶の用意のために退室して行った。


 一人になったハルカは、改めて研究室をぐるりと見渡す。


 部屋の大半を占めるのは大きな作業台だ。

 台の上には制作途中の強化スーツが置きっぱなしで、それは一応探索者であるハルカが見たことのないデザインをしている。


 さらに視線を彷徨わせれば、機械音痴なハルカでは理解もできない精密機器が部屋の一角を占有しており、さらに別の場所には強化スーツの素材らしき物体が積み上がっていて、そのさらに隣には―――


(物だらけだな)


 最初に覚えた窮屈な感覚通り、やはり息苦しさすら感じそうな狭さだ。とはいえハルカの家のように散らかっている訳ではなく、それらは皐月の性格を表すように綺麗に整頓されている。


「お待たせしました」


 ハルカが部屋を観察していると、皐月がお茶と羊羮を乗せたお盆を持って研究室に戻って来た。

 制服姿の美少女にお給仕をして貰っているみたいで、ハルカはほんのちょっとだけ興奮してしまう。


「あ、ご丁寧にありがとうございます」


「いえ。お口に合うと良いのですが」


「抹茶の羊羮は好物なので全然大丈夫ですっ!」


「それならよかったです」


(いや女神か)


 冷たい印象を与える少女だが、きっと根が真面目なだけなのだろう!

 ここまで気を利かしてくれる少女が本当に冷たいはずがない!

 真面目の度が過ぎて、固い雰囲気になってしまうのだ!


 女の子に弱いオタクことハルカは、内心でそんな風に判断して皐月への好感度を爆上げした。

 女の子に耐性が無いから優しくされるとすーぐ好きになっちゃう。オタクの弱いところだね!


「食べながらで構いませんので、早速面談に移りましょうか」


「そうですね。―――ッォ!?」


 ズゾゾ、とお茶を啜りながら相槌を打ったハルカが、直後に妙な声を上げてそのまま固まる。


 出されたお茶が、これまで飲んだことのないレベルで美味しかったのだ。

 社会人としてお客様に御出しする用のそれは、それ相応に高級品だったらしい。

 金をギリギリ限界まで競馬に注ぎ込むせいで、衣食住に余裕がないハルカでは手が届かない程には。


 そんなことを知らない皐月は、身を震わせたハルカを見て『猫舌なのかしら?』などと考える。


「冷たいお飲み物の方が良かったでしょうか?」


「あ、いえ。これで大丈夫です。このままでお願いします。本当です」


「は、はぁ。それでは今度こそ面談を始めさせていただきます」


「よ、よろしくお願いします」


 机越しに互いにお辞儀をして、面談が開始される。


「では、改めて自己紹介から入りましょうか。私、株式会社キサラギの社長をしております、如月皐月と申します。よろしくお願い致します」


 スッと名刺を渡され、勿論受けとる作法も知らないハルカは、ガックガクに震えながらそれを手に取った。


「あ、すみません。自分、おれ、あ、私、何も渡せるものが無くってですね―――」


「大丈夫ですよ」


「あ、ハイ。一応自己紹介なんですけど、フリーの探索者をしています、逢見ハルカです。レーティングは先日1.7に変わりまして」


「おめでとうございます。私が動画を拝見させていただいた時は、確か1.5でしたよね?」


「あ、はい。私なんて無名なのに、よくご存じですね」


「案件の打診をする際に、勝手ながら色々と調べさせていただきましたので」


「······」


 社長、シャチョウ、しゃちょう。


 皐月の社会人オーラにあてられたハルカは、既に圧倒されてあわあわしてしまっている。


 そんな彼を先導するように、皐月はゆっくりと口を開いた。


「今回の面談では、わが社の商品と案件内容、それから報酬などについて説明させていただきたいと思います」


「はい」


「不明点等ございましたら、いつでも仰って下さいね」


「はい」


「それではまず、わが社についてですが―――」


「はい」


 社長の圧に屈し、はいbotと化した哀れなるハルカ。そんな彼を前にしても、皐月の硬い表情は崩れない。


「わが社はDMでお伝えした通り、主に強化スーツの製造販売をしております。そうですね。実際に一着持ってきたのですが―――どうぞ。私が作ったものです」


 皐月は机の下から一着の強化スーツを取り出してハルカに手渡した。


 それを受け取り、手で触れ、隅々まで観察して、ハルカは違和感を覚える。


「軽いし、肌触りが違う?」


「お気付きになられましたか」


「はい」


「それが我が社の特色でして。軍が製造するスーツは、エネルギー伝達率が高い特殊な強化繊維で作られているでしょう?しかし我が社のものは、モンスターの素材を元にしているのです」


「強みは、軽さですか。あとこの素材、確か狼型のモンスターですよね。耐久性が高い」


「博識でいらっしゃるのですね。仰る通りです。従来のスーツと比較した際、我が社の商品の方が軽く、そして耐久性に優れます。ただ、エネルギー伝達率に優れない素材ですので、エネルギー消費は約4倍程高いですが」


 要は軽くて怪我をしにくいけど、すぐに電池切れになるということだ。


 一般的な強化スーツは、背中の部分に充電式のエネルギーパックを搭載しており、そこから全体にエネルギーを循環させることで身体能力を向上させる仕組みになっているのだが―――それが切れた瞬間に使用者の身体能力は元に戻る。


(これは、一長一短だな)


 さっきまでのド緊張ハルカはもういない。真剣な表情でスーツを触る彼は間違いなくいっぱしの探索者であった。


(局所的な使用ならかなり強いだろうけど、流石にエネルギー消費が馬鹿になんねえだろ。あと、この素材のモンスターそんなに強くねえからなぁ。そもそもが弱ぇ)


 低出力のスーツとしては破格の軽さと出力だが、結局高価なスーツには全てが劣る。素材を変えない限り性能には限度があり、より激しい戦闘には耐えられない可能性が高い。


 ハルカ的には、既存のスーツで良いだろという判断になってしまった。


 ―――次の言葉を聞くまでは。


 ハルカの表情から微妙な雰囲気を感じ取った皐月が、待ってましたとばかりに口を開く。


「ちなみにそちらのスーツ、一着15万円です」


「はァ!?15万円!?」


 ハルカは思わず叫んでしまった。


 何せ強化スーツは、初心者が着用するような安物でさえ50万円は下らない超高級品なのだ。


 いくら皐月作の強化スーツが既存の商品より劣るとはいえ、そこまで安いなら話は別。それこそスーツとしては最低限の性能しかなくても、喉から手が出るレベルで欲しい代物だ。


「ち、ちなみに性能はどれくらいで?」


「ご想像の通り、スーツとしては最低限のレベルです」


 最低限でも欲しい。それは確かな事実だろう。こうして実際に見て、触れて、探索者として豊富な知識を持つハルカは、そう判断できた。


 ただ一つ問題がある。それは―――


「これ、駆け出しの探索者まで届きますかね?」


 如月皐月の会社が、強化スーツを取り扱う会社として全くの無名であること。


「ハルカ様の懸念ももっともでしょう。現在、強化スーツの市場は軍が独占していますし」


 探索者や軍の関係者なら誰もが知る事実。

 壁外用の武器防具の市場は、一部例外を除いてほとんどが軍に独占されている。


 その中でも特に有名な話が、試験を合格して探索者の免許を得た新人探索者は、まず軍の関係施設に探索者登録をしなければならない事だ。


 一般的には人員の管理のためと言いつつ、実は新人に真っ先に装備を売り付けるためという側面を持った制度である。


 そんなこんなで、皐月のような弱小会社が割り込む余地はない。制度的にも知名度的にも勝ち目などない。少なくともハルカの知る限りでは。


 しかし皐月の中ではそうではないようだ。

 彼女は無表情のまま続く言葉を口にした。


「ですが、ハルカ様にご協力していただければ、私のスーツを沢山売る事も不可能ではありません。そのために案件の提案をしたのですから」


「それは、どうやってですか?」


「ハルカ様は、姫宮光希という探索者をご存じですか?」


 突然の話題転換。知人の名前が出て、ハルカは目を丸くしつつも頷いた。


「まあ、はい」


「彼女の活躍が、探索者を少しずつ市民にとって身近な存在にしつつあります。去年だけでも新規の探索者は前年の2倍に増えていましたし、この間の公式アンケートでも探索者に興味があると答えた若者は4割にまで増えていました。その中の何人が魔素に適性を持っているかは別として―――とにかく今後、新規の探索者は増えていくでしょう」


「そういった者をターゲットにしていくという訳ですか」


「はい。そしてその際にハルカ様のご協力が必要不可欠なのです」


「あの、先ほどから私が必須と何度も仰ってますけど、流石に買いかぶりではないでしょうか?私の配信に探索者の卵なんていないと思うんですけど······」


 煽りと競馬と雑談のおまけに探索をやるようなハルカだ。彼は自分の配信に探索者やその卵はほとんどいないと考えている。


 しかし、ここでも皐月の認識は異なっていたらしい。


「そんなことはありませんよ。ハルカ様の配信は、新人の探索者や探索者を志す者に人気なのをご存じないのですか?」


「え、初耳なんですけど」


「その、こういった物言いは良くないのかもしれませんが·····ハルカ様の身体能力は、あまり優れているとは言えないと思います」


「そうですね。一般人に毛が生えた程度ですし·····あ」


 そこまで口にして、ハルカもようやく気付いた。


「だからこそ、これから探索業を始めようとする者は、ハルカ様の立ち回りなどを参考にしているのです。探索を配信する方は他にもいらっしゃいますが、その、彼らの多くは化け物みたいに強いので」


「あー。確かに。参考にならないですね。あれらは」


 光希を筆頭とした探索風景を配信する者たちは、皆が人外染みた強さの持ち主だ。きっと素人には優しくないだろう。


 その点、確かにハルカの探索スタイルは真似しやすいと言える。


「なるほど。俺······あ。私ってそういう需要もあったんですね」


「私の学校でもそれなりの生徒が拝見していますよ。モンスターに発見されない立ち回りや、一方的に攻撃する立ち回りなど、見習う点が多いと評判です」


「い、いやぁ?そんなことないですけどね?ま、まあ?」


 褒められたハルカは、えへえへとだらしなく笑った。


「ですので、そういった新規層を配信から狙い打ちするのが、私の狙いです。ハルカ様はご自分の配信にそこまで価値がないように仰いますが、むしろ逆です。私にとってはまたとないチャンスなのです」


「なるほど」


「当然、私だけが得をするなど有り得ない話ですから、もし案件を受けていただいた際にはこのような報酬を―――」


 手元のタブレットに、契約書のコピーだろうデータを映して、皐月はそれをハルカに見せた。


 そこに並ぶ0を見た瞬間にハルカは、


「受けますッ!!!」


 食い気味にそう叫んでいたのだった。




 ――――――こうして、ハルカは強化スーツの案件を受けることとなったのだった。


 意図せずスーツの宛が出来てしまったことで、後で光希にへそを曲げられるとか曲げられないとか。


 先の苦労を知らぬハルカは、目の前のお金に目が眩んでその後の事を何も考えていなかったとさ。


 ちゃんちゃん。

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