第16話 それは聞いてないですって

 案件の連絡が来た後のハルカの浮かれ様というと、それはもうとんでもないモノであった。


「フォォォオー!!!最高!案件代で競馬やり放題!ファァァァア(シの音階)!!」


 家に帰った瞬間、自分の住居がオンボロアパートなのも忘れ、聞くに堪えない高音ボイスで発狂。

 隣の部屋から響いた壁ドンは、きっと騒音への不満ではなく高音ボイスへの合いの手だろう。


「俺のッ♪時代がぁ~、やってぇ~き~たぁ♪」


 続けてクネクネと気色悪いダンスを躍りながら、ハルカは孤独な部屋で即興ソングを披露した。

 耳が腐り落ちそうな音痴ソングに感激でもしたのか、隣人の合いの手は激しさを増していく。


「いやー、とうとう俺の時代が来ちゃったなぁ?だって軍事作戦の100万に弓野郎と戦った臨時報酬もあって、その上案件だってよ。幾らだ?やべぇこの世の全てが手に入っちまう」


 間違いなく彼が今世界で最も浮かれている人間だろう。彼はその勢いのままSNSのDMにて案件の打診に返信をしようとして―――


「あるぇ?」


 固まった。それはもう、カッチンコチンに固まった。


「ビジネスメール、書いたことねえや」


 そう。

 軍学校を卒業した直後から、ハルカはフリーランスの探索者として活動してきたが故に、これっぽっちも社会経験がない。


 ビジネスメールなんて、書けるわけがない。


 それでも立ち止まる訳にもいかず、仕方なくハルカはグチャグチャに散らかった机に向かって返信することにした。


 まず、ビジネスメールの返信は何時間後がベストかをインターネットで検索し、次にビジネスメールの書き方が分からないため雛型を調べ上げ、さらには正しい敬語を何度も確認し―――


「よっし出来た!」


 案件の打診への感謝、それから簡単な自己紹介、さらに案件を受ける前に詳しい話を聞きたい等という旨の返答を書き上げる。


 何とか完成した文章を最後にもう一度確認してから、ハルカはそれを送ったのだった。


 簡単なビジネスメールとはいえ、初めてなのにミスのない作業と、可能な限り早く返信する行動力。

 普段のだらしなさからは想像も付かない社会人っぽさは、案件代、つまり未来の競馬資金がかかっているがゆえの彼の本気であった。


 普段からそれを発揮しろという話だ。



 その後、さらに何回かやり取りを重ねた後、ハルカは案件を打診してきた相手と面談をすることになった。


 強化スーツが絡む案件は多少命の危険があるかもしれないため、一応どういった形で案件を行うのか、また相手側の意図を把握した上でしっかり判断しようとしたのだ。


 まあそこまで慎重を期していながらも競馬資金に目が眩んだ彼は、ほぼ確実に受けるつもりでいるのだが。


 その面談場所に指定されたのは、相手側の研究所であった。実際にそこでスーツに触れ、詳しい話をしたいということらしい。


 ―――そんなこんなで案件の連絡が届いてからさらに二日後。


 ハルカは研究所がある『神奈川エリア』横須賀地区の横須賀中央駅までやって来ていた。


 何度か訪れた経験があるとはいえ、横須賀中央はハルカの地元でもなんでもない。

 雑多な街並みはとてつもなく迷いそうなものであった。


 まあ、今回に限ってハルカが迷うことはない。

 研究所の場所が分かりにくい事を危惧した向こう側が、ハルカに駅の改札で落ち合うことを提案してくれていたから。


 流石は社会人。

 用意周到で、しかもハルカのような産業廃棄物一歩手前の駄目人間にも、色々と手厚くしてくれている。


「よし、着いた」


 駅のホームに降り立ったハルカは、早速横須賀中央駅の西口改札へと向かった。


 巨大ショッピングモールの入り口に面している西口は、平日にも関わらず多くの人で溢れている。


 特に多いのが10代~30代ほどの若い女性。

 どうやらショッピングモールに化粧品を取り扱う店舗が多数入っているようで、それ目当ての客が多いようだ。


 お洒落な女子学生や若い女性が多い空間はオタクの敵だ。なにもしてないのにちょっと気まずくなるから。


「はぁ」


 拗らせ厄介逆張りオタクであるハルカも、特に意味もなく肩身の狭さを感じてしまう。


「ま、切り替えて探すか。どこにいるんだろ」


 とはいえいつまでも引き摺る訳にはいかないので、惨めな感情にゲンナリしながらもさっさと相手を探すことにした。


 案件のやり取りをした際に向こうの名前をうかがっているため、相手が女性であることは判明している。


 ―――如月皐月きさらぎさつき


 流石にその名前で男性ということはないだろう。


 ハルカはバリバリのキャリアウーマンを想像しながら西口全体を見渡して目的の人物を探していく。


 しかしどれだけ見ても、キャリアウーマンの姿をした女性はいなかった。


 というかそもそも成人女性の割合が少なく、午後三時過ぎという時間が悪いのか学生が多い。


「あれ?」


 約束の時間が近いが、まだ来ていないのだろうか?

 そう考えたハルカは、先に交換しておいた電話番号から相手に電話を掛けた。


『お電話ありがとうございます。如月です』


 幸い、電話はすぐに通じた。電話越しに女性らしい声が響く。


「お世話になっております。先日案件のご連絡を頂いたハルカです。今西口に到着したのですが、如月様はどちらにいらっしゃるのでしょうか?」


 光希が聞けば目ん玉がぶっ飛びそうな敬語を駆使して居場所を伺うハルカ。果たして相手がいる場所は―――


『今、ショッピングモールの入り口の前で電話を耳に当てているのですが······』


「分かりました。確認してみます」


 言われた通りにショッピングモールの方を振り返ったハルカは、そこにあった光景に思わず目を見開いて固まってしまった。


 入口付近には複数の人影があったが、その中で電話を耳に当てているのは一人だけ。


 その少女は、なんと制服を身に纏っていたのだ。


「はじめまして、ハルカ様。如月皐月と申します」


「え、あ、あれぇ?」


 そう。

 成人女性だと思って案件のやり取りをしていた相手は、まさかの女子高生だった。


 しかもどこか冷たい雰囲気を漂わせる清楚系美少女。

 アニメや漫画で例えるなら、真面目系学級委員長のような見た目をしている。


「は、はじめまして。逢見ハルカです」


 予想外の事態に戸惑うハルカは、電話を耳に当てたままそんな挨拶をしたのだった。





「ちょっとそこのお兄さん、いいかな?」


「ファッ!?」


 制服姿の美少女とやぼったい雰囲気のハルカのペアを見て、売春を疑った警察に職務質問をされたのは、また別のお話。

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