第15話 事件後

 軍事作戦後に配信を行ってから約2週間後、ハルカは壁外探索に赴いていた。


 報酬の100万円はまだ振り込まれておらず、彼の装備は以前の貧弱なそれのまま。

 軍から貸与された強化スーツも対戦車ライフルも無い、地味な探索になってしまう訳だが―――


「え?俺の好み?いや、そんな欲張ったりはしないけど······可愛くて面倒見がよくておっぱいが大きくてお金持ちで俺のこと養ってくれる可愛い女の子かな?うん。あとおっぱいが大きいと良いね。大事なことなので二回言いました」


《童貞の欲張りセットwww》


《欲しかなくて草》


《そんな完璧美人いません》


《wwww》


《全部乗せじゃねえか》


《俺も欲しいよそんな可愛い子;;》


《あとあれな。自分の前でだけエッチになるのな》


 彼の配信は意外に盛り上がっていた。


 さっきから遠くの弱いモンスターをチマチマと狙撃するだけで、配信画面は全く代わり映えしない。


 しかし足りない刺激をトークや煽りやキレ芸で補うハルカの配信は、探索にしては珍しい雑談を兼ねたリスナーとの交流の場として、存外需要が生まれていたのだ。


「ぷ、あははは!そうそう。俺たちの前でだけエッチになるやつね。分かるわそれ。大体の創作物のヒロインそうだよな。あいつら処女のくせしてエッチなんだよな」


 リスナーのコメントを拾って雑談をしつつ、その片手間で進路上のモンスターを射殺していく。


 そんなハルカの配信の同時接続数は、2週間の時を経て八千人ほどに落ち着いていた。


 ピーク時の同接が十万超えだったのを思えば右肩下がり感も否めないが、まあ流石に仕方がない。


 配信という娯楽はかなり一般化されてきたが、探索者界隈となれば見る者は少ないのだ。


 最高同時接続数は世間を巻き込んだ話題性から生まれた結果なのだから、むしろ固定客を八千人にまで増やせた事を褒めるべきだろう。


 見ていて安心できる探索、鋭い毒舌を織り混ぜた緩急のある雑談、煽り、目を見張るような銃撃―――そして何より親近感。


 探索者と言えば人外の強さがデフォルトだが、体内の魔素侵食率が低いハルカは十分人の枠に収まった強さをしており、また駄目人間ぶりが新規視聴者に大いに受けていた。


 今回の配信も、探索者を差別する世情からは考えられないような距離感で、リスナーとの雑談が行われ、そうして時間が過ぎて行ったのだった―――。



 数十分後、ハルカは廃墟と化した都市を注意深く進んでいた。


 今回の探索は戦闘が目的ではなく、生存圏近くの未開領域に異変が無いかを調査するためのもの。


 計測器で周囲の魔素濃度を計測し、生態系に変化は無いか、記録に無いモンスターが出現していないか。


 そういった情報をまとめ、軍に提出することで報酬を貰うのだ。


 戦闘を回避できる探索は危険が無いと思われがちだが、その実態は全く異なる。

 無人、モンスターの姿すらない廃墟も、人間が死ぬ環境だ。


 ハルカの周囲、廃墟と化した都市は多くの建物が倒壊しており、積み上がった瓦礫で道路は完全に塞がれている。


 倒壊を免れている建築物も老朽化や風化には逆らえず、いつ崩れるか分からない有り様であった。

 もし不注意に近付いたタイミングで崩れれば、間違いなく下敷きとなり命を落とすだろう。


 が、それが分からない―――というより平然と進んでいくハルカのせいで気付けないリスナーたちは、呑気にコメントを送信していた。


《退屈だな》


《モンスターとか出てこないかな》


《いかにも廃墟って感じだよな》


《壁の外ってこんな感じになってたんだ》


 ほんわかとしたコメント欄。平和な配信が続き―――しかし。


《なんだ。お前戦わないのかよ。おもんないから配信やめろ雑魚》


 

 その中に一つだけ、明らかにハルカを叩く意図のコメントが混ざっていた。


 しばらくそれに気付かないままリスナーと雑談をしていたハルカは、ふと話題が無くなり話が途切れたタイミングでそれを見つけてしまう。


「なんだ。お前戦わないのかよ。おもんないから配信やめろ雑魚。あー、うん」


 自分が注目したコメントを読み上げることでリスナーに共有しつつ、ハルカは語気を強めて言葉を放った。


「戦わないのはそりゃそうよ。何?お前配信タイトル見た?【レーティング1.5のクソザコ探索。今日は戦闘ありません】ってやつなんだけど。流石に配信覗きに来る時に目に入ってるよね?」


《お?》


《あ》


《キレ芸来た?》


《キレ芸きたぁぁぁあ!》


《うおおおおおお!!》


《wwww》


《見ましたけど》


「おう。見たんだ。見たのにわざわざそのコメントしに来たんだ。だったらお前だいぶ性格悪くない?だって配信タイトルに戦闘しないって書いてあるんよ?お前のやってることって、パッケージに甘いって書いてある菓子パンを食べて、『いやこのパン甘いんだけどキモすぎ!』てクレーム入れてるのと同じだからね?」


《wwww》


《草》


《例え方よ》


《もうちょいその例え何とかならんの?》


《お前器小さすぎだろ》


《キレ芸助かる》


《今のコメントスルーでよかったじゃん》


《切れる理由無くね?》


 インターネット文化の悪ノリ。過激な発言をエンタメとして楽しめる層がハルカを囃し立て、そうでないリスナーはハルカを非難する。


「まあでも、わざわざそれを指摘する俺の性格もだいぶ終わってるんだけどな。ちなみにこれ同族嫌悪ってやつね。コメント見た瞬間に分かったもん。うわこいつキモすぎっ!て全身にブツブツが出来たわ。そこに俺みたいなやつがいたから」


《なるほどね》


《ブツブツは草》


《確かにお前みたいなやつに煽られたらくっそ腹立つわ》


《でも怒る必要まではないのでは?》


《キレ芸なんだからおおめにみようぜ》


《でもこいつ時々ガチギレするやん》


《そうなの?》


 賛否両論、盛り上がるコメント欄に目を通したハルカは、ちょっとやりすぎたかなと反省しながらも、


「じゃあな」


 煽ってきた相手のアカウントをNGにぶちこんだ。


 ノットエンタメ。先程の煽りコメントはハルカに効いていた。

 性格がよろしくない短気な彼は、流れるようにBANしてからしれっと雑談に戻った。


《あ》


《さっきのコメント削除されとる》


《あーあ》


《じゃあな!》


《じゃあな!》


《まあ、最初に殴ってきたのはあっちだからな》


 NGにされた視聴者にまたしても盛り上がるコメント欄。類は友を呼ぶというが、ハルカの配信には彼がするような過激な言動を好む者が残っているようだ。



 探索を終えて壁内に戻ってきたハルカは、家に帰る途中でスマホの通知が届いていたことに気が付いた。


 チャンネル登録者の通知はうるさいので数日前に設定を切っており、今回のそれは普通に誰かからの連絡だろう。


 予想通り、2件の内の片方は光希からの連絡だった。


 内容は、以前約束した強化スーツを一緒に買いに行く件について、そろそろ日程を決めようというもの。


 そしてもう一件は―――


「え、まじ?」


 強化スーツを取り扱っている会社から、うちの商品を配信で取り扱ってみませんか?という、いわば案件の打診であった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る