第10話 死線極まる
不意打ち同然に放たれた一矢。
破壊的な威力を秘めたそれを、なんとハルカは完全に見切っていた。
強化スーツの出力を最大まで高めて身を捻り、同時に対戦者ライフルを矢と身体の間に差し込むことで僅かに軌道を逸らして、薄皮一枚の距離で回避する。
「は?キモすぎだろ。え、なんで?俺何もしてなくね?」
「え、あ、ハルカ?ちょっと······」
「悪い、ちょっと下ろすわ」
「え······」
まだ疲労で動けない光希を自らの背後に寝かせ、それを庇うように前に出たハルカは、鋭く隊長を睨み付けた。
「どーいう状況これ?あんた敵だったん?」
「死に行くお前には関係の無いことだ」
隊長は問答を無視して再び矢をつがえる。
照準はやはりハルカではなくその後ろの光希に向かっていた。
一発目も殺気の向かい先は光希。
であれば隊長の狙いは、ハルカではなく光希ということになる。
(なんでヒメ様なんだ?こいつが狙われる理由なんて―――)
矢の射線を潰すように立ち塞がりながら必死に思考を巡らせるハルカ。
両者は緊張感の漂う間合いで、しばらく睨み合いを続けた。
そんな沈黙を破ったのは、二人のどちらでもなかった。
「うわぁあ!?」
別の場所で探索者の悲鳴が上がる。視界の端で声の方を捉えたハルカは、そこに見える光景に目を見開いた。
さっきまで共に戦っていたはずの参加者同士。
それなのに、探索者が探索者を殺していたのだ。
背後から心臓を剣で一突き、どう見ても殺すつもりでの不意打ちだろう。
「さっさと姫宮を殺れ!時間が無いんだぞ!」
探索者を殺した男が叫びに急かされたのか、隊長はハルカの身体からはみ出た光希に狙いを定めて弓を引き絞った。
何とか応戦しようとするハルカだが、流石に彼一人でこの状況からでは分が悪い。
この間合いでは銃器が活かし辛く、なおかつ敵は既にいつでも矢を放てる体勢なのだ。
苦し紛れに一発か二発、防げれば御の字といったところだろう。
せめてあと一人味方がいなければ―――
「姫宮さんは殺らせないぞ!」
戦場に大沼少尉の声が響き渡った。
先のモンスターとの戦闘で負傷していた彼は、たった今目覚めたばかりの重傷者である。
当然、ハルカたちが置かれた状況なんて全く理解していない。それでも、想い人の命が危機に晒されているのを見て、反射的に能力を発動させていた。
無風だった辺りに風が巻き起こる。
隊長たちには竜巻のような強烈な一撃を叩き込み、一方で優しい風が光希をより安全な場所まで運んで行った。
「おいハルカ!よく分からんが俺が近接戦闘を受け持つ!お前は援護しろ!」
「ああいや、それよりも―――」
突然の増援。
何とか窮地を脱したハルカは、戦いが始まる前に大沼に一つ提案をしたのだった。
○
軍から事前に作戦の概要が開示されたものの、実際に行われる当日の作戦を撮影することは、軍によって禁じられていた。
姫宮光希が参加する作戦、そうでなくとも人類の生存圏を奪還するための作戦。その実際の様子は、大手メディアやマスコミですら入手出来ないことになっているのだ。
しかし、駄目と言われて引き下がるほど、マスコミやメディアは綺麗な組織ではない。
ルールもマナーもモラルも破るもの。
知る権利を振りかざしてどこまでもやるのが、彼らの常套手段なのだから。
そういうわけでここにも一組、作戦の様子を撮影しようとする弱小メディアの者達がいた。
「そっちはどうなの!?」
「駄目です!全部破壊されました!」
十台以上のモニターが並んだとあるメディアの事務所にて、二人の男女が鬼気迫る表情であーだこーだと叫び合う。
「一台で二十万はする高性能ドローンなのよ!?警戒網くらいバレずに突破しなさいよ!」
「無理ですよ!相手は討伐軍ですよ!?それも外壁の警備をしてる連中です!エリートに我々素人が勝てる訳ないでしょう!」
「そんなの―――ってああ!?」
言い争いをしている間にも、ドローンから送られる映像を映していたモニターの画面がまた一つ暗転した。
「撃ち落とされましたね」
「クッソ!こっちはありったけドローン投入したのに!リターンが無いなら無駄じゃない!」
未開領域に出る方法は、一般的には外壁の門を潜ることしかなく、門は軍の管理下に置かれているため相応の理由が無ければ開くことはない。
現状、弱小メディアの彼らでは、天地が引っくり返っても通しては貰えないだろう。
だったらドローン飛ばせば良いじゃない。
そんな発想から、彼らはありったけの予算をかき集めてとにかく壁の外にドローンを向かわせた。
相当手痛い出費になったが、もし一台でも外壁に常駐する軍の警備網を潜り抜けて作戦の様子を撮影できれば、数百万、あるいはそれ以上の利益が見込めるかもしれないからだ。
まあ、現実はそう甘くなかった。
向かわせたドローンのほとんどは軍の警戒網に引っ掛かり、片っ端から撃墜されていく。
それでも何とかして壁を越えようと、女は必死の表情でドローンを操作する。
「生配信付けなさい!絶対に撮って流してやるんだから!」
「い、いや。流石にもう撤収しません?これ以上の損失はマジで倒産しちゃいますよ」
「うるさいわね!こっちは社運賭けて―――って、よっしゃぁぁあ!!越えた!!」
「え!?本当ですか!?」
たまたま、運良く最後に残った一台が、警戒網を通り抜けて壁を跨いだ。
彼らは知らない。
彼ら以外の多くのメディアやマスコミも同じ考えを持ち、彼らより遥かに多くのドローンや小型の偵察機を飛ばしていたことを。
軍はそういった不埒な輩を撃ち落としたり妨害電波を飛ばしたりと必死で、比較的目立たない小さなドローン一台を見落としてしまったのだ。
そのような理由から軍事作戦が実行されている場所まで飛行して行ったドローン。
高性能の撮影機材とマイクを搭載したそれは、遥か下で繰り広げられる人間達のやり取りを捉えるため、先へ先へと進んでいった。
○
某弱小メディアの生配信にて―――
《え、これマジのやつ?》
《配信してるじゃん》
《今日の軍事作戦だよね?》
《マジ?》
《え、これって平気なの?》
唯一無事に壁を越えたドローンから送られる映像の生配信には、早速同時接続数千人を越える多くの視聴者が集まっていた。
《犯罪じゃね?》
《配信主さん、軍が禁止してましたよ》
《通報するわ》
《マジで配信してるじゃん!すげー!》
《やば、てかめっちゃ化け物の死骸で溢れてね?》
《何十?百はいそう?》
《もっとだろ。死骸で埋め尽くされてるぞ》
《音なんも聞こえねー。使えねーわ》
ドローンが捉えた映像は、遥か上空から撮られたものであった。そのため地上の音は聞こえず、ただ真上から無数のモンスターの死骸を映すのみ。
人の姿など豆粒ほどにも映っていない。
「確かに画角が悪すぎるわよね!」
配信のコメントを見ているメディアの女は、不満の声を聞いた瞬間にリスク承知でドローンの高度を下げた。
真上からだったのが少しずつ斜めに、やがて人の視線とそう変わらない高さにまで高度を落とす。
そうして人の視界を映すような画角で捉えたのは―――
『さっさと姫宮を殺れ!時間が無いんだぞ!』
今まさに戦おうとするハルカ達の姿であった。
《光希ちゃんじゃん!》
《光希ちゃん倒れてる!?》
《死んでる!?》
《死んでないよね!?》
《まってこれなにどういうじょうきょう》
《yabaijan》
《↑焦ってローマ字のままやんけお前》
《何これ?仲間割れ?》
《なんか武器向け合ってね?》
《えどういうこと》
《焦って当たり前だろ》
《加○○○最強!!○○純○最強!!》
《今来たんだけど!光希ちゃんどうなってるの!?》
《よく見ろ姫宮光希はまだ生きてるぞ!動いてる!》
映像は、弓を構えた隊長と対戦者ライフルを持つハルカが睨み合う様を、画面の中心に映している。
そんな軍事作戦の違法生配信は、光希がピンチらしいという情報によって即座にネット上で拡散され、視聴者数はさらに増える一方であった。
配信開始から一分も経過していないのに、既に同時接続数は五千を突破しており、各SNSからの導線や増えるペースを鑑みれば、確実に数万人は行くであろう雰囲気。
《てか戦いそうじゃね?》
《なにこれ?戦闘?》
《まじじゃん》
《やば》
《え、拡散してこよ》
《やべーじゃんこれ》
そんな大勢に見守られる中で、ハルカ達の戦闘が始まる。
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