第9話 まさかの事態

ここで出てくる部隊の隊長は、佐久間中将とは別人です。佐久間中将は浄化作業のために前線に向かっていて、ここにいるのは壁を守護する部隊の隊長です。

――――――――――――――――



 ハルカが銃撃を始めてから一分もしない内に、モンスターはスコープ越しではなく肉眼でも視認できるほど接近してきた。


 バッタとカマキリの特徴を併せ持つ化け物や、一軒家ほどの大きさはある犬のような化け物。さらには目から植物を生やした人間のような種類まで、無数のモンスターが猛烈な勢いで壁の方向へ迫る。


「総員、戦闘開始!」


 壁を守護する部隊の隊長が、背負った巨大弓を構えて叫んだ。


 銃火器の開発が進んだ現代において、時代遅れも甚だしい弓という武器。一撃の威力も精度も連射性能も何もかも劣るそれが、探索者の手によってモンスターを狩る牙と化す。


「―――ぐっ」


 隊長の男は全身で踏ん張り、ありったけの力を込めて弦を引いた。

 探索者、それも隊長を務める程の男が、苦悶の表情になるほどの全力。

 それだけやってようやく弓幹がたわみ、矢が限界まで引き絞られて―――


 カァンッ!


 甲高い音が轟いた瞬間、迫り来るモンスターたちの先頭を走る巨大な犬(顔面がブクブクと膨れ上がっている)が爆ぜた。


 弾ける血肉。

 隊長が放った矢は、数メートルはあろうかという犬の化け物を貫通し、さらに後方数体のモンスターにまで風穴を開けていた―――が。


 それだけではほとんど無意味。


 死骸と化した最前列は即座に後続によって踏み荒らされる。津波のように迫るモンスターたちの勢いは全く衰えていなかった。

 殺したのは数百から千体の内僅か数体、そんなのたかが知れているのだ。


「撃て撃て撃ちまくれ!」


「近付くまでに出来るだけ数を減らせ!!」


 隊長以外にも遠距離の間合いを得意とする者たちが一方的な攻撃を繰り広げる。


 この場にいる一般兵達も、戦車の砲撃(砲弾はグラトニウム製)で確実にモンスターを屠っていく。


 百、二百、三百。多くのモンスターを討伐し、彼らの前方は無数の死骸が転がる地獄絵図と化した。


 しかしそこまでやっても―――


「いやいや流石に多すぎんだろ!?」


 戦場に響き渡ったハルカの絶叫の通り、あまりにもモンスターの数が多すぎた。


 モンスターにそのような知恵があるのかは別として、前方を走る個体を盾にした後方の個体が無傷のまま近付いてくるのだ。


 いよいよ迫り来るモンスターの群れ。大口を開けた化け物がハルカ目掛けて突貫して―――


「えぇい!」


 その横っ面を強烈な蹴りが吹き飛ばした。


 風に揺れるショートボブ。ピコピコと動くネコミミ。超絶美少女は頭部を蹴り潰されて沈黙したモンスターをさらに蹴飛ばすと、ハルカの方を振り返った。


「大丈夫だった?」


「あ、はい」


 人間より遥かに大きく重量もあるモンスターが、自動車と大差ない速度で突っ込んできたのに、それを小柄な光希が蹴りだけで跳ね返すという異常な光景。


 たとえ強化スーツを着用していようと、元のスペックが高くなければこうはならない。


 分かりやすく言えば、ハルカでは光希と同じ強化スーツを着たところで、今の化け物を跳ね返すことはできなかっただろう。逆に押し潰されて食われるのが落ち。


 多くの魔素を体内に含み、より兵器に近い戦力を持った光希だからこそ、今の光景が生み出されたのだ。


「後は私たち近接メイン組に任せてよ」


 超絶美少女の身体に人外の戦闘能力。嘘のようで実在するスーパースターは、そう笑ってハルカを背中に庇った。


 庇われた方は―――


「やっちゃって下さいよ光希センパイ!いけいけうおおおお!!」


 男のプライドを感じさせぬ必死の応援。


「いや、それはそれでやる気無くすなぁ」


「え?なんで?」


「普通逆じゃない!?こういう時って······」


「いや、まあ、でも俺、貸与されたスーツ壊したら報酬から天引きされちゃうし、なるべく安全に戦いたいなって」


「ああもう!」


 ハルカと雑談をしつつ、横から飛び込んできたモンスターを裏拳で消し飛ばす光希。色々とおかしい。


 光希は裏拳の勢いを利用してさらに一歩踏み込むと、猫のようなしなやかさで駆け出した。


 ゼロから百へ。過程などなく、一気に最大速度まで加速する。そうして化け物たちの群れへと突撃して―――次の瞬間にはモンスターが宙を舞っていた。やはり色々とおかしい。


 そして光希ほど強烈ではなくとも、周囲では似たり寄ったりな光景がいくつも広がっている。


「汚らわしいゴミどもめ!さっさと死ね!」


 光希の同僚である大沼少尉が、忌々しげにそう叫んで腕を振るった。

 彼は能力で風を自在に操る。

 彼の周囲の空気が不可視の刃となり、高速で射出された。

 その軌道上にいたモンスターは無惨に切り刻まれ、肉塊となって崩れ落ちる。


「オラオラオラぁ!俺たちの場所返せクソどもが!」


 さらに他の場所では大男が戦鎚を振り回してモンスターを叩き潰し、


「報酬報酬ッ!」


 またまた別の場所では剣を持った男がモンスターの群れを切り刻む。


 これが、探索者が人間兵器足る由縁。彼らが一般人に差別される理由。


 圧倒的な戦闘能力でモンスターを蹂躙する彼らは、最早モンスターと大差ない存在であった。



 あらかたモンスターを討伐し終え、残りは百体ほどとなっていた。


 人外の戦闘能力を誇る近接戦闘組がモンスターを蹴散らし、そんな彼らを援護するようにハルカ等遠距離組が火力支援を行う。


 部隊は誰一人として欠けることなく、与えられた任務を達成し―――


「ぎゃぁぁぁぁぁあ!?」


 突如として戦場にこだまする絶叫。思わず誰もが振り返った。これまで一度も上がらなかったそれ、上がったのなら、やられたということ。


 その声の方に、強いモンスターがいるのだ。


「なんだ、あれ」


 誰かが声を漏らす。大勢が注目する先にいたのは、異形としか称することの出来ない化け物であった。


 カマキリや狼、植物、さらには鳥類の特徴まで併せ持った巨大な化け物が、百体ほどまで減ったモンスターの群れの中から姿を現したのだ。


 捕食した対象の性質を取り込んで進化するモンスターはその性質上、複数の生物の要素を併せ持つフォルムであるほど強いとされている。


 目の前の個体は、間違いなく強い。


 悲鳴の主であろう探索者は、モンスターから生える触手に捕らわれて宙に浮いていた。触手は探索者の腹部を貫いて全身に巻き付いている。


 触手に締め付けられる身体がみるみる潰れていくのを見るに、その個体は強化スーツの耐久性を上回る攻撃力を持っている。


『解析結果、出ました!対象のモンスターの推定危険度は7.4です!』


 無線から放たれたその言葉に、多くの探索者が絶望の息を漏らした。


 推定危険度は、それと同等以上のレーティングを持つ探索者でなければ倒せないという基準だ。


 レーティングとは総合的な探索の成果から算出される数値だから、それがそのまま戦闘能力に直結するわけではないが―――それでも眼前のモンスターがとてつもない化け物であることは確実。


 この場の多くは勝ち目がない。


「クソが!竜也を離せ!」


 触手に捕らわれた者の仲間が、我を忘れてモンスターへと突撃していく。


 道中を遮るモンスターを爆発させ、繰り出される触手を避けて進む彼は、間違いなく相当な強者なのだろう。


 しかし今回は相手が悪すぎた。


 無数の触手を掻い潜ってたどり着いた先、彼は無防備に晒されたモンスターの胴体に強烈な爆発を叩き込み―――


「へ?」


 無傷。


 爆煙が晴れて現れたモンスターの体表には、傷一つ付いていなかった。

 光沢のある表面は圧倒的な防御力まで有していたのだ。


 一瞬遅れて我に返った探索者は次の瞬間には地面の真下から伸びてきた触手に串刺しにされていた。


「へぎゅっ」


 断末魔すらあげられずに即死。

 そして既に事切れていた仲間と一緒にモンスターに頭から噛み砕かれる。


 部隊の中でも優れたメンバーだった二人の死が、部隊全体に大きな衝撃を与え、確実に戦意を削いだ。

 そうして探索者たちが勢いを失えば、暴走するモンスター達がたちまち戦況を覆すのは自明の理である。


「あああああああああ!?!?」


 戦場に新たな悲鳴があがった。

 モンスターに武器ごと利き腕を噛み千切られた探索者が、敵を屠る術を失って食い殺される。


「嘘!?どうしよう、どうしよう、どうしよう!?」


 至る所で探索者たちが苦戦を強いられる中、唯一突出した戦闘能力を持つ光希は、まだ余裕があるからこそ迷ってしまっていた。


 一番強いモンスターを討伐しに行くか、あるいは周囲の味方を助けるべきか。

 いくら強くともまだ十七歳。少女はこの状況下で適切な判断を下せない。


 混乱はさらに広がり、部隊が完全に統率を失いかけた、その時。


 カァン、という甲高い音と、強烈な銃声が同時に轟いた。


 片方は部隊長が矢を放つ音。それは今にもモンスターに殺されそうになっていた味方を助ける一撃。


 もう片方はハルカがスナイパーライフルではなく、対戦者ライフルを改良した巨大な銃を発砲した音であった。


 それは探索者を捕らえていた触手を、根本から千切り飛ばした。


「一人になるな!近くの者とで構わん!今は連携を取ってモンスターに対処しろ!孤立した者は俺が援護する!」


 そう叫ぶ隊長は、早速孤立した探索者を襲うモンスターを射殺していた。


「うおおお!今の俺ちょっとかっこよくね!?」


 だっさい叫びをあげたハルカが、続けて二発、三発と銃弾を放つ。

 戦車の装甲へ損害を与えることを前提に設計されたライフルの弾は、高速で動き回る触手を正確無比に吹き飛ばし、さらにはモンスター本体の装甲まで貫通した。


『■■――■■―――■!?!?』


 およそ生き物とは思えぬおぞましい絶叫をあげてのたうち回るモンスター。

 ただ、有効打は与えているが、巨体に対して小さな弾丸では致命傷とまではいかないのか、死ぬ気配までは感じられない。


 あと一押し、誰かが超火力の攻撃を叩き込む必要があった。


「私が行くよ!」


「お、俺も援護を!」


 真っ先に光希が駆け出していた。

 先ほど見せた超加速、よりさらに一段ギアが上がる。

 彼女の背後で吹き荒れる風が後押ししているのだ。


 駆け出した光希に対し、モンスターは応戦するように触手を繰り出した。


 高速でうねりながら同時に何本も迫り来るそれは―――しかし猫のようにしなやかな動きで接近する光希を捕らえられない。


 地を低く駆け、天高く跳躍し、時には触手の上を足場として最短距離を駆け抜ける光希。


 武器を持たず、超常現象も発動させない彼女の能力は、単純極まる『身体能力の向上』。


 元々優れた肉体をさらに能力で昇華させた少女は、見る者全てに絶対に捕まらないと思わせるほど圧倒的だった。


 その上、


「はいはい動きが単調でございますね~」


 ふざけた口調でライフルをぶっぱなすハルカが、光希を狙って単調な挙動になった触手を容易く撃ち落としていく。


 二人の完璧なコンビネーションがモンスターを追い詰める。

 全ての触手を掻い潜ってモンスターに迫った光希は、これまで走って来た勢いを殺すこと無く―――


「ええい!」


 全力全開の拳を、ハルカの銃撃で穴が開いた部位に叩き込んだ。


 血飛沫が弾ける。

 光希が殴った部位を中心に、直径一メートルほどの肉が消し飛んでいた。


 爆発も、激しい銃撃の嵐も耐え切った頑強なモンスターの肉体が、ただの拳に敗れたのだ。


 部隊を苦しませたモンスターは、生気を失った目を虚空に向けて崩れ落ち―――


 ほどなくして、部隊は残りのモンスターを全滅させたのだった。



 その後、ハルカはヘロヘロとその場に座り込んだ光希を壁際まで運び、何だかんだと面倒を見ていた。


 光希の能力は一時的にとてつもない力を発揮するが、その後は多大なる負荷を本人に掛ける。


 今の彼女は一歩も動けぬ病人にも等しい。


「あっ、はは。喉、渇いたなぁ」


 弱々しい声をあげた光希は震える手を水筒に伸ばし―――欲するものを悟ったハルカがその水筒を取って光希の口許に寄せた。


「ほら、頭上げてやるから飲めって」


「ありがとぉ。これじゃ、いつもと逆だね」


「逆?あー、まあそうだな。俺が面倒見るなんてないもんな」


 などと言って光希に水を飲ませながら、ハルカは周囲に目を向けた。


 数百を越えるモンスターの死骸。放っておけば魔素が散ることで溶けるように無くなるが、特殊な措置を施せばあえて死骸を残すこともできるそれら。


 ハルカにとってはどうなっても良いモノだが、異形とはいえ生物の死骸が無数に転がる様子は酷くグロテスクだった。


 それに加えて―――


 ハルカはモンスターの死骸から離れた場所に寝かされた探索者たちを見て顔を歪める。


 死者十一人、負傷者二十人。それがこちら側に出た損害であった。


 モンスターを全滅させることは出来たが、死者も含めて半数以上が戦えない状態になり、残りの三割も重傷やら軽傷やらで手酷くやられている。


「はぁ。ひとまずは終わったけど、どうなることやら」


「ハルカ。あ、ありがと」


「おう」


 光希の口許から水筒を離し、ハルカはこれからのことを考えた。


 とりあえず、しばらくは探索に出たくない。

 これだけの死線を潜ったのだから、競馬に雑談配信にゲーム配信に、自由な時間を増やしてもバチは当たらないだろう。


 またお金がなくなってから、ちまちまと探索の配信を取れば良い―――


(いやいや、強化スーツ買うんじゃん!金が!金が!)


「うわぁぁあ!最悪だぁ!」


 思わず頭を抱えて叫び―――それに答えるように、冷酷な声が彼の背後から響いた。


「最悪ついでに、そのまま死んでおけ」


 突然の声に驚いて背後を振り返るハルカ。そこにいた隊長は、何故か明確な殺気を宿した目をハルカに―――いや、光希に向け、弓を構えていた。


「いや、え?なんで?」


 心からの疑問を声に漏らすハルカ。その直後、カァン、と甲高い音が戦場跡にこだました。

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