第11話 ハルカさんやりすぎです

「おいハルカ!よく分からんが俺が近接戦闘を受け持つ!お前は援護しろ!」


「ああいや、それよりも剣が欲しいわ。そこら辺に落ちてるのでい―――」


 ハルカと大沼少尉のやり取りの最中、隊長は無言にて先手を取った。

 カァン、という乾いた音が響き渡り、続けて周囲には強烈な風切り音。

 配信から一部始終を見ている一般人では目視できない神速の矢が放たれる。

 破壊的な威力を秘めたそれを、ハルカはサイドステップで回避し―――


「うおお!?」


 ―――拳。


 回避を予測していた隊長が、そこに先回りして拳を叩き込んでいた。


 ハルカの視界全体に拳が映る。

 慌てて首を傾けて致命傷を避けると、僅かに触れた頬の肉が千切れ飛んだ。


「いッ、てぇ!?」


 予想外の攻撃に驚きつつも、ハルカはその瞬間に起きた二つの事象を見逃さなかった。


 一つは、突如として眼前に割り込んできた一振りの剣。

 暴風に押し出されるように飛んできたそれは、明らかに大沼少尉が能力でハルカに寄越したものであった。


 もう一つは、全力の拳を空かされた隊長の身体が瞬間的に死に体となったこと。


ィ!」


 掴み取った剣を即座に振るい、刹那の隙を斬り付ける。


 速度、角度、タイミング、どう見ても回避は不可能の一撃。


 それは確かに袈裟懸けに隊長を断ち―――


「ウッソだろおい!?」


 無傷。

 剣を弾かれるような感触にハルカは顔を歪めて後退するが、その後退より速い踏み込みで隊長が間合いを詰めて来た。


 カァン!


 間合いを詰め切られる途中にも矢を放つ音が響く。

 ハルカはそれを剣で弾き返し、そして次に迫る蹴りは身を捻って回避―――


「おいズルだろお前!どんだけ高え強化スーツ着てるんだよ!」


 しきれない。

 逃げるハルカに追い縋るように、隊長が更に一歩踏み込んで来た。


「遅いな」


「お前が速過ぎるだけだが!?」


 ハルカが一歩進む間に三歩、四歩と移動し、なおかつ一歩で稼ぐ距離が段違い。

 しかも隊長は力まで圧倒的にハルカを上回っている。


 レーティング1.5のハルカはそこそこ運動神経が良いだけの無能力者で、強化スーツを着ていてもその強さには限度がある。


 一方で隊長は、重要な軍事作戦で隊長を任されるほどの実力者なのだ。

 両者の差は埋めがたいほどに存在する。


 ―――そんな両者の戦いを配信越しに見る視聴者達は、とてつもない盛り上がりを見せていた。


《うおおおやべぇ!?》


《なんだこれ!》


《やば》


《速過ぎて見えねえ》


《探索者化け物過ぎるだろ》


《つっよ》


《映画じゃんもうこれ》


《勝ってるのどっちだ?》


《多分弓のほう?》


《分からん》


《弓が勝ってるならやばいじゃん!光希ちゃん殺そうとしてる方だぞ!》


《ま?》


《まじだ》


《やっぱ探索者って人間じゃないんだな》


《やべぇ》


《これモンスターとかわんねえよ》


《てか剣使ってる方、どっかで見たことあったような》


《てか何で殺そうとしてるんだ?》


 話題が更なる話題を集め、同時接続数は既に一万を突破。まだまだ伸び続けている。


 そこまで数が増えると、ある程度以上の知識を有した者や各分野の専門家なども、配信を見るようになる。


 そんな知識人の放つコメントのなかに、現状の核心を突く文字列があった。


《もしかして弓の奴、純血派の人間じゃないか?》



 隊長はハルカと攻防を重ねることで異質な感覚に襲われていた。


 明らかに格下、事前に調べていたレーティング1.5という数値に見劣りしない雑兵ぶり。

 身体能力だけ見れば、容易に瞬殺できる相手のはずなのに―――


「っぶね!?死ぬ!ちょ、今のマジで死ぬってェ!」


 何度攻め込んでも殺し切れない。

 殺ったと手応えを感じる攻撃すら、ギリギリで見切って回避されてしまう。


 それは本来有り得ないことだ。


 なにせハルカのレーティング1.5は、類い希なる銃撃技術を加味した評価であり、つまり身体能力面だけを見れば、レーティング1.5よりさらに弱いのだ。


 そんな弱者が隊長クラスの攻防を知るはずがない。本来なら次元が違いすぎて戦いになる前に蹂躙されるだろう。ゆえに経験値を積み上げることすら出来ないはず。


 それが、絶対のはずなのに―――


(何なんだこいつはッ!?)


 圧倒的なスペック差をものともしない立ち回り。

 剣で間合いを管理して隊長を近寄らせず、かといって弓の間合いまでは離れない。

 付かず離れずを繰り返す判断力とそれを維持できる技術は、間違いなくこの速度域での攻防に慣れた者の動きであった。


「これ以上は時間をかけられんっ」


 佐久間中将が帰還してくればどんな手を打とうが問答無用で殺される。その前に光希を討たんとして、隊長は障害となるハルカを猛烈に攻め立てた。


 それまでの冷静沈着さを捨てた捨て身の猛攻。そんな、探索者としてのスペック差を押し付けるような攻撃に対し――


 銃声。


 早期決着に臨んだ隊長の隙をつくように、ライフルから放たれた銃弾が弓の弦を切断していた。


「なっ······いや、これがチャンスか!」


 ハルカが見せた神業に度肝を抜かれつつも、隊長はさらに一歩踏み込んだ。


 剣を持つハルカは今の銃撃を片手で行ったはず。

 であれば身体能力弱者は大きな反動でバランスを崩しているはずなのだ。

 そこを突けば倒せる。

 そんな願望を持って接近した隊長が見たのは、


「ばーか」


 バランスを崩すどころか、絶好の体勢で既に剣を振り被っていたハルカだった。


(な!?銃撃の反動を利用して体勢を戻しただと!?)


 この速度域で隊長が全力で攻めているのに、ハルカは崩れたバランスを銃撃の反動で戻しつつ攻撃を行っていたのだ。


 これは、この判断はまぐれでは有り得ない。


 やはりハルカは、少なくとも隊長レベルでの攻防に覚えがある。


 余裕の雰囲気で攻防に神業を挟んでくる様子を見るに、ここが限界地点ではない可能性すらある。

 彼にはもっと上の引き出しがあるかもしれない。


 隊長はそれを悟ってしまったから―――


「ぐっ」


 一歩、退いた。


 彼がここで死るか捕まるかするのが、彼らにとっての最悪のシナリオ。

 今は光希を殺せなくとも逃げるべきと判断したのだ。


 ここまで戦えるハルカだが、どういうわけかその身体能力はあまりにも低い。

 隊長が全力で逃げれば追い付けないだろう。


 だから隊長は逃げようと一歩を踏み出し、


「つうかお前ら純血派だろ!?なあ!?」


「ッ!?」


 隊長の足がビクリと止まった。


「あ?図星突いちゃった感じ?」


「ち、違うぞ。俺たちは―――」


「いーや違わないね!さっきのあんたらの話をほじくり返そうか!?さっきお前の仲間が、早く姫宮光希殺せってゆーてましたよねぇ!?てことはあんたらには目的があるってことになるんですけどォ!」


 ハルカを黙らせるように急接近した隊長が強烈な蹴り技を繰り出す。それをぬるりと回避したハルカは、わざとらしく焦った様子で口を開いた。


「まだ喋ってるんですけど!?人の話は最後まで聞けってママに教わらなかったの!?」


「ええい黙れ!その喧しい口を塞いでくれる!」


 さっきまで逃げようとしていた隊長が、血相を変えてハルカを攻め立てる。

 それはもう、彼が純血派であるという証拠に他ならなかった。



 某メディアが枠を取った生配信は、既に五万人を越える多くの視聴者が来訪していた。


 軍事作戦の様子が見れる点、そして光希がピンチという話題性。

 さらに映画のワンシーンのような戦闘が注目を集め、人が集まり続けている。


 そんな配信のコメント欄では現在、突如あがった『純血派』という言葉にフォーカスが当たっていた。


《じゅんけつはって何?》


《純血派?》


《聞いたことはある気がする······》


《あれだろ、確か探索者アンチ集団》


《純血派は、混じり気のない人間こそ至高という思想を掲げた組織?派閥?最早宗教団体みたいな奴らです。彼らは体内に魔素を含んだ人間を排除するべきだと声高に叫んでいて、よくデモや暴力行為も起こしたりしますね》


《探索者も無くせって言ってるよな》


《あー思い出した!光希ちゃんのアンチ活動してるヤバい思想を持った集団だ!》


《姫宮光希が探索者を一般人に親しい存在にしつつあるから、それを防ごうとしてるってことか》


《え?じゃあなに?軍事作戦の混乱に乗じて光希ちゃんを殺そうとしてしてるってこと?》


《やばくね?》


《犯罪じゃん》


《犯罪じゃねそれ?》


《殺すまでやるのかよ》


 コメント欄がいち早く純血派の目論見を看破したところで、ハルカ達にも動きがあった。


『俺が純血派だったら何だというのだ!?』


『いやいや何だってそりゃ、一秒で矛盾してもーてますやーん!は?え?じゅ、じゅ、純血派ァ!?お前キモすぎだろ!』


『何がだ!』


『いやいやだってさ?お前純血派なんだろ?待て待て待て、だったら姫宮光希を殺す前にまずお前が死ぬべきじゃね?流石に矛盾してね?え?だって探索者アンチ勢なんだろお前ら?』


 隊長の動きを見切りつつあるハルカが、かなり余裕を持って煽り散らかしていたのだ。


 余裕が出来てから煽りカスになる器の小ささに、後方で様子を見守る光希が呆れ顔をしているのはまた別の話。


『さっさと死ね!』


『いやー、やっぱり拗らせ厄介逆張りオタクとしてはね、テーマに一貫性の無いアニメとか漫画は許せねー訳よ。その点、探索者アンチのくせして探索者使ってるお前ら論外だわ。おもんな。え?俺なんか間違ってる?』


 ホイホイと攻撃をかわしつつ隊長を煽りまくるハルカ。

 一応その行動には、隊長から冷静さを奪ってこの場に留めておくという目的がある。

 攻撃を見切れるのと倒せるのとではまた話が別。

 ハルカは前線に向かった佐久間中将たちが戻ってくるまでの時間を稼いでいるのだ。


 しかし時間を稼ぐことで有利になるのは、何もハルカだけではない。


『ぐ、くそ、がぁ』


 少し離れたところで交戦していた大沼少尉が、血反吐をぶちまけて倒れた。

 彼と戦っていた探索者はそのままハルカと向かい合う隊長に加勢して―――


『いやぁぁぁぁあちょっとタンマ!二対一は無理だってぇ!!』


 情けない悲鳴があがるのに、そう時間はかからなかった。



《なんだこいつwww》


《すまん笑った》


《wwww》


《こいつおもろすぎだろ》


《光希ちゃんがピンチなのにおもろいの何とかして》


《いやでもやばくね?流石に光希ちゃん死んじゃうぞ》


《頑張れ!》


《名前知らんけど頑張れ!》


《負けるな!》


《え、待って俺たちの競馬魔神ハルカじゃん。何やってんのこれ?》


《頑張れ負けるな!》


《ハルカっていうのこの人?》


 情けないハルカの姿を見てコメント欄はさらに盛り上がる。

 同時接続数は八万を越えており、その多くが倒れている光希ではなくハルカの様子に一喜一憂している。


『ふざけんなタコがよォ!いやなんか俺たち強いですぅ~みたいな顔してるけど、それ違うからな!?お前らが強いんじゃなくて俺が弱いだけだから!得意気になってんじゃねーぞクソがッ!』


 必死に逃げ回りながらも煽りは止めない。

 ここで相手が冷静さを取り戻したら、逃げ回るハルカを置いて光希の方へ向かってしまうからだ。


 しかしそんな事情を知らない視聴者たちは、ただハルカのギャグ全振りな態度に見入っていた。


 そうして繰り広げられた攻防は―――


『これは、一体どうなっている?』


 前線から佐久間中将等が戻ってくるまで続いた。


 

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