第7話 第一回競馬配信
今回はハルカがどれくらい終わってるヤツなのかに焦点を当てつつ物語を進めさせました。次回から軍事作戦になります。
――――――――――――――――
説明会が終わった翌日から、世間は生存圏拡大の話題で持ち切りになっていた。
一体どこから情報を入手したのか、作戦概要がマスコミによって公表されてしまったのだ。
街行く人も、インターネットも、猫も杓子も新たな情報を待ちわび、『神奈川エリア』は一種のお祭り騒ぎ状態。
速やかに準備を進めたい討伐軍からすれば、騒ぎ立てる一般人も、周囲を嗅ぎ回り道を塞いでくるマスコミも邪魔なだけだが、
「それならいっそのこと、宣伝に利用してやれば良い」
今回の作戦の最高責任者である佐久間中将が放った一声により、情報を秘匿する方針で動いていた軍は、急遽作戦概要を世間に公開した。
それには、人類の生存圏を奪還するという作戦を通して、少しでも軍と軍が抱える探索者のイメージを回復させる狙いがあった。
当然、その矢面に立つのは、探索者の中で唯一民衆に受け入れられている人物、姫宮光希である。
―――とある日のニュース番組にて。
『ここで速報です。来月に迫る生存圏の奪還を目標とする軍事作戦に、あの姫宮光希さんが参加する事が分かりました』
国民的ニュース番組で公表されたその事実は、瞬く間に『神奈川エリア』を飛び越えて全国区に広まっていった。
軍は姫宮光希の存在を前面的に押し出し、一般層からの好印象と多大なる興味関心を引くことに成功したのだ。
ただ一点誤算があったとすれば、姫宮光希の人気が予想以上に高く、日本国内はおろか海外からも多くの注目を集めてしまった事だろう。
いつの世も男は単純バカで、可愛い生き物に目が無いのだ。ネコミミ最高なのだ。
そうして民衆、メディア、国内外の生存圏までもが関心を向ける作戦は、絶対に失敗が許されなくなってしまった。
作戦の参加者たちは、かつてない緊張感と使命感を抱いて準備に取り掛かった―――その一方で。
「はい!という訳でね、競馬8連敗男の競馬配信、始めたいと思いますぅ~!ぱちぱちぱちぃー!」
逢見ハルカは日曜日の午後に、呑気に競馬配信の枠を取っていた。
ちなみにこの日は作戦実施の3日前であり、彼以外の参加者はひーこら言いながら準備に追われている。
ドンマイ軍属、フリーは最高だぜ!という訳だ。
《わこ》
《わこ》
《わこ》
《うおおおおおおお》
《わこ》
《きちゃぁぁぁぁあ》
《ほ、ホントに競馬配信するんですね》
《↑いつだかの初見さん?》
《募金の時間だぁぁぁあ》
《今週こそ勝つぞ!》
《俺も賭けるぞ!》
配信開始直後、同時接続数は30人程なのに、コメントの流れが異様に速い。
何せ彼らは、探索コンテンツがメインであるハルカの競馬配信に来るような物好きで、しかもその多くがハルカと共に馬券を買う(賭ける)連中だ。
この配信に掛けている熱量が違う。
「はいはいわこわこ。いやー競馬配信久しぶりだね。何だかんだ1ヶ月くらいやってなかった?」
《お前が賭けないから俺も賭けなかった》
《金なかった感じ?》
《八周連続で何万も負け続けてたもんな》
《でも今日まで1回も競馬やんないの珍しいね》
《探索の報酬で出来なかったの?流石に支払い間に合ってるくね?》
「ん?ああ、まあ賭けられないこともなかったなあ。一応探索の報酬は貰ってたから。でもあれ、あのぉ、なんかねえ?赤い封筒が届いててさ?」
《ちょwww》
《おまっwww》
《それ不味いやつやんけ!》
《ちゃんと払ったか!?》
「払った払った。流石にな。まあ天才馬券師である俺はね、支払いに使う金を競馬で2倍にする事も考えたんだけど、流石に、流石にな。それ外したら本当に死んじゃうから、そっちにお金使ったって感じよ。他にも支払い滞納してるやつとかいっぱいあったし」
《いっぱいあるのやばすぎ》
《流石に草》
《すまん笑ったわ》
《やっぱ俺たちのハルカはこうでなくちゃ》
《滞納がいっぱいってやばくない?電気とか止まってない?》
「そこら辺はちゃんと順番決めて滞納してるから平気よ。ガスとかすぐ止まるけど水道は1回くらい滞納しても案外粘ってくれるから、やっぱ何事も工夫だよなって。ちなみにこれ、一人暮らしあるあるね」
《ないです》
《ねーよ》
《まあ、ぶっちゃけちょっと分かる》
《悔しいけど分かる》
「な?分かるべ?やっぱこういうの真面目に出来るやつだけじゃないからね―――って、今はそんなことどうでも良いんだわ。本題はこっちな、こっち」
探索している時は、ドローンに搭載された撮影機材を通じて映像を配信しているハルカだが、今はパソコンの画面をそのまま配信に乗せている。
今現在彼がパソコンで開いているのは、彼が賭けようとしているレースの出馬表であった。15頭の馬の名前がズラリと並んでいる。今回はこの馬たちが出走し、優劣を競うことになる。
ハルカはその内の1頭の馬をクリックした。
「はい。今回の本命馬はこれです」
15頭中10番人気想定、オタクヘルカイザーという馬である。(ちなみに1番人気が最も強いと予想され、人気順が下がるほど勝つ期待値が低いとされている)
《ヘルカイザーじゃん》
《まじ?俺はその馬弱いと思って切っちゃった》
《俺も切ったわ。前走12着は負けすぎ》
「俺も最初はそう思ったんだけど、前回この子めちゃくちゃスタートで出遅れてて、まともなレースになってなかったんだよ。流石に前の負けは度外視でいいかなって。むしろ前回の負けで嫌われてるなら積極的に買いたくね?」
《そうか?》
《そう言われれば、まあ······》
《でも今回は強い馬多いし無理じゃね?》
《複勝(三着以内に来れば当たりの賭け方)ならいいかな?》
「はいバカ。競馬やってて複勝賭けるやつオカマ過ぎ。男なら単勝だろうが」
《いやそれは無茶だろ》
《流石にそれはバカ》
《はい今回も負けです》
オタクヘルカイザーという馬の単勝(一着じゃないと外れの賭け方)に賭けようとするハルカに対し、コメント欄は否定的な意見が目立つ。
しかしそれを振り切るようにハルカはなおも力説する。
「いやいや!だってオッズ45倍よ!?この馬が勝ったら、1万円賭けるだけで45万になるのよ!?複勝じゃせいぜい8倍くらいじゃん。流石におもんないってそんなの」
《やめとけって》
《またお金無くなるぞ》
《せめて複勝にしよう》
「うるせえなあ!俺が賭けるって言ったら賭けるんだよ!お前ら競馬うまぶりたいだけだろ競馬ジジイどもがよ」
そう叫び散らかしたハルカは、インターネット投票でオタクヘルカイザーの単勝を10万円購入してしまった。
こうなったらもう後には引けない。
やってしまった焦燥感、10万円が450万円に変わるかもしれないワクワク。ハルカは全能感にうち震えながら出走時刻を待つ。
そうこうしている間に出走時刻になり―――
「始まった!」
《始まったな!》
《きたぁぁあ!!》
《5番エリュシエルに1万円!》
《9番勝て!》
ハルカと50人程のリスナーが見守るなか、レースがスタートした。
まず注目のオタクヘルカイザー。前走はスタートで出遅れたロスを巻き返せなくて大敗してしまったが、
「よっしゃ出た!ナイスゥゥウ!!」
今回は好スタートを見せて15頭中前から三番手、好位置に付けてレースに参加した。
《うお!?ヘルカイザーあるんじゃね!?》
《ナイススタート!》
《5番エリュシエルも完璧じゃん!》
《うわ、4番終わったわ》
《ふざけんな!!!2万返せよ!!》
《まじないわ下手くそ》
早速混沌とし始めたコメント欄を他所にレースは進んでいく。
序盤はゆったりとしたペースで、ヘルカイザーはリラックスして走れている様子であった。
そのまま序盤、中盤と特に見所無く時間が過ぎ、そして終盤。
オタクヘルカイザーは良い手応えで前へ前へと進み、最終直線の400メートル地点を過ぎる頃にはもう先頭に立とうとしていた。
「おっしゃマジであるってぇ!!」
《うるせぇww》
《ヘルカイザー来たじゃん!》
《行けるぞ!》
《5番エリュシエル来い!!》
厄介競馬おじさんとハルカがとにかく叫び散らかしてレースを見守る。
既に最終直線半ば、ラスト200メートル地点でもまだオタクヘルカイザーは先頭を走っている。バテている雰囲気もなく、このまま行けば勝てそうだ。
「おっしゃ行けぇえ!!行け行け行け行け行け!!そのまま押し切れ!!!」
《うるさっ!?》
《ノイキャン貫通してるってww》
《マジでうるせえww》
ラスト50メートル!
先頭を走るオタクヘルカイザーに、ハルカは勝利を確信して右手を高く突き上げ―――
「へ?」
次の瞬間、後方からとてつもない脚で追い上げて来た1頭、5番のエリュシエルという馬が、猛烈な勢いでオタクヘルカイザーに並び掛けた。
2頭の競り合いはゴール板まで続き、ゴールの瞬間、ほんの僅かだけ先着したのは―――
「あああああああああああああ!?!?」
ハルカの叫び声が安っぽいアパートに響き渡る。
隣の部屋から壁ドンされていたが、それもお構い無しに彼はヘロヘロと力無く崩れ落ちた。
「いや聞いてないってぇ!うーわ!うーわ!マジでさぁ!あとちょっとだったじゃん!あー!!!」
レースに勝ったのは5番エリュシエル。
ハルカが賭けた馬は僅差で負けてしまっていた。
単勝(一着のみ当たり)馬券を買っていたハルカは、失った10万円を思って涙をびちょびちょにして叫ぶ。
「うわぁあ!しかも二着て!二着て!複勝(三着以内)なら当たってたじゃん!もぉー!!あーー!止めてって言ったじゃん!俺単勝買うの止めてって皆にいってたよねぇ!?なんのためにコメント欄あると思ってんの!?ねぇ!?二度とやらん!競馬二度とやらん!」
《www》
《くっっそwww》
《配信的には100点》
《まじおもろいわwww》
《今週も負けちゃったねぇ》
《やった!当たった!》
「うるせえなあ!?あーうっざ!当たった報告するやつNG(アカウントBAN)してもいい!?」
《やめろwww》
《落ち着けwww》
《また来週頑張ろうよ》
外れた者の悲鳴と当たった者の歓喜で阿鼻叫喚と化したコメント欄。
ハルカはひたすら数分前の己を後悔し続けていた。
こうして、今週の競馬もハルカは敗北で終えたのだった。
○
それから数十分後。
《そーいや、よく10万も賭けられたな》
レースが終わったことで同接が下がり、20人程になったリスナーの1人がコメントをする。
それに対してハルカはさらりと、
「ん?ああ、実は100万貰う予定があってさ」
と答えた。
《100万!?》
《マジ!?》
《嘘乙》
《流石に嘘だろ!?》
《大丈夫?悪いことしてない?》
「してないしてない。流石にやらんって。あれよあれ、ほら。今話題になってる軍事作戦あるじゃん。俺もあれに参加するんだよね」
《え?そうなの?》
《マジか!》
《それはすげーな!》
《まじかよ!?》
《あれ?でも100万貰うのってまだ先だよね?》
「100万貰うのはまだ先だけど、ほら、まあ貰えるのは確定してるから。もし外れても、てか外れたんだけど、まあ100万貰うまでは未来の俺が何とかしてるべ。頑張れ明日以降の俺」
《こいつwww》
《発想が終わってる》
《考え方がギャンブラーのそれです》
《でも好きだわ》
「うん。 まあそんな感じよ。クレカの支払いとかは大抵来月の俺が頑張ってくれるから。で、えーと、あーそうそう。軍事作戦の事なんだけど、参加する関係で一週間くらい配信お休みすることになるから、そのつもりでよろしくね」
《了解》
《寂しくなるなあ》
《死ぬなよ?危険なんだろ?》
《まあハルカの腕前を考えると後方支援だろうから、多分平気だべ》
《一週間後、絶対に配信してくれよな》
「はいはい。んじゃ、今日はこの辺で終わりにするわ。競馬は来週まで引退します」
最後にそう言ってハルカは配信を落とした。
○
―――そして、3日後。
運命の軍事作戦が始まる。
この作戦で自分の人生が大きく変わる事になるのを、この時のハルカはまだ知る由もなかった。
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