第6話 百万円、貰えるらしいよ

「失礼します」


 光希を先頭に、ハルカと光希の同僚は会議室へと足を踏み入れる。


 現在時刻は会議の開始1分前だが、既に彼ら以外の参加者全員が背筋を伸ばして着席していた。

 作戦参加者の大半は軍属で、そうでない者も探索者をまとめた企業からやって来ている。

 ゆえに規律に厳しい。時間厳守は当たり前。


 ただそんな参加者達ですら、光希を見た時にはここが会議室であることを忘れてあっと声をあげていた。


 圧倒的な美貌と元気溌剌な雰囲気。

 芸能界にすらいないレベルの美少女は、ただ現れるだけでその場の人間を惑わせるのだ。


「静粛に」


 100人を超える参加者たちの騒ぎを沈静化させたのは、会議室の一番前に立つ軍服の男の一声だった。


 ただの一声、空気の震えに過ぎない現象がこの場の全員に息苦しいまでの圧迫感を与える。


 それだけで男が尋常ならざる人物なのが伺えるというもの。

 何せこの場に集まったのは一般人ではなく、魔素を取り込んだ人間兵器。

 一人一人が超人のような力を有しているのだから。


 軍服が似合うその男は、参加者が黙り込んだのを確認してから光希たちの方を向いた。


「姫宮大尉と大沼少尉は速やかに着席するように。それと、後ろの君は参加者で間違いないな?」


「あ······はい。そうっすね」


「おい貴様!佐久間中将に向かってなんという口の聞き方だ!?」


 大沼というらしい光希の同僚がハルカの脇腹をどついて怒鳴る。

 彼の指摘通り、会議室の一番前にいる男の軍服には、中将であることを証明する階級章が付けられていた。


 中将といえば軍でもほぼ最上位の権力者。

 それが説明会に顔を出しているのであれば、今回の作戦はかなり重要なのだろう。


 ハルカは少しげんなりとしながらも、直後にそれって上手く行けばめっちゃ金貰えるんじゃね?と瞳にドルマークを浮かべて背筋を伸ばした。


 横目でハルカを見る光希は小さくため息を着いている。


 そんな色々と忙しい三人が席に着いてから、佐久間中将はおもむろに口を開いた。


「皆の者、忙しい中今日はよく集まってくれた。先程そこの大沼少尉が言っていたが、私が今日の説明会で進行役を務める佐久間だ。よろしく頼む」


 佐久間中将が始めにそう語ると、再び会議室にざわめきが広がった。


「あれが佐久間中将かよ」「鬼剣の?」「レーティング14.5らしいぜ」「は?やば。レーティングって平均5とかだろ?」「中将が出張ってくる任務ってやばくない?」


「諸君、静粛に」


 佐久間のその一声で会議室がしんと静まり返る。


「長々とした前置きは苦手でな。悪いが早速本題に入らせて貰うが······1ヶ月後に行われる軍事作戦は、人類の生存圏を拡大することを最終目標としている」


「マジ、かよ」


 ハルカが目を見開いて言葉を失った。

 他の者たちはもう知っていたのか驚く声は無いが、それでも緊張感は大きく高まる。


 何せ生存圏拡大は、数ある壁外探索の中で最も危険度の高い任務なのだから。


「目標地点は『神奈川エリア』を出た真上、かつて東京都大田区と呼ばれていた未開領域だ」


 未開領域とは、人類の生存圏の外側でまだ討伐軍によるモンスターの掃討が済んでいない場所を指す。


 未開領域は日本全国に数多く存在しているが、危険度が最も高いのは東京都だと言えるだろう。


 空気中の魔素濃度が高いほど強いモンスターが出現し、人類が生存できる確率が低くなる。そして全ての惨劇の始まりである渋谷区から近いほど、魔素が濃くなっているのだ。


 大田区は以前から討伐軍が手を加えていたから、東京都の奥ほど酷くはないだろう。

 それでも困難を極めることだけは予想できた。


 不安そうな顔色をする参加者たち。彼らを落ち着かせるように、佐久間は意図的に穏やかな声色で次の言葉を放った。


「諸君らが驚くのも無理はない。生存圏の拡大、それも東京都と言えば危険度は図り知れんからな。しかし安心してほしい。今回の作戦で実施するのは空気の浄化である。謂わば拡大の前段階という訳だ」


 空気の浄化とは、グラトニウムを含んだ薬品を散布して、空気中の魔素濃度を下げる作業だ。


 生存圏拡大は工程が大きく二段階に分かれており、まず始めに行うのがこの浄化作業。

 これは、魔素濃度を低下させることによって、強いモンスターが生まれず、また既に誕生したモンスターが活動しにくい環境を作ることを目的としている。


 そうして空気中の濃度を低下させた後に、ようやく大規模な掃討作戦が実施されるという訳だ。


 二段階目の作戦に比べればまだ危険度は低いと言えるだろう。

 まあこちらはこちらで、薬品を散布する機械がモンスターに壊されないよう、また、薬品の散布に刺激され活性化したモンスターが万が一にも壁を破壊しないよう、探索者が倒さなければならないという危険はあるが。


「薬品の散布を実施する間、我々は機械を守護するグループと壁を守護するグループ、それから壁を守護するグループの後方支援を行うグループに分かれて行動することになっている。その際のグループ分けについては手元の資料の通りだ。基本は我々軍が機械周辺と壁の防衛共に前線を張り、企業の探索者にはその支援をして貰うつもりだ」


「待って下さい。報酬の分配方法が成果によるのであれば、我々『近衛軍事会社』も前線に参加したいのですが」


 佐久間が話している途中、参加者の一人が挙手をしてそう声をあげる。

 彼は軍属ではなく『近衛軍事会社』という民間の企業に所属する探索者であった。


「今回の作戦では迅速な行動と綿密な連携が求められる。常に訓練をしている軍人ならばともかく、そこに民間の探索者を織り混ぜても効率が下がるだけと判断したが故の采配だ」


「それは、そうですが」


「それにどこの配置であろうと、民間の探索者には多額の報酬を支払う予定になっている。具体的には後方支援だけで100万、さらに武器弾薬の費用はこちらで持つが、それでも不満か?」


「ひゃっ!?」


(100万円んんんんんんん!?!?)


 黙って話を聞いていたハルカは、あまりの金額に度肝を抜かれて驚愕した。

 もう何の話しも頭に入ってこない。


 100万円。ヒャクマンエン、ひゃくまんえん。


(やべぇよやべぇよ競馬10回もできちまうって!)


 とんでもない額を自由に使える未来を想像して、デヘデヘと汚ならしい笑みを浮かべるハルカ。


 彼の内心を表情から読み取った光希は小さくため息をつき、ハルカの様子に一喜一憂する光希を見る大沼がチッと舌打ちをした。



 その後、詳細なグループ分けが発表され、さらに細かな注意点の共有や質疑応答を経て、説明会は終わりを告げた。


 ハルカが組み込まれたグループは、壁を守るグループの後方支援組。ここには光希も組み込まれており、当日は共に戦うことになるのだった。

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