第5話 だらしない人間ですみません

 光希に昼飯代を奢らせた日から数週間後の正午過ぎ。

 ハルカは『神奈川エリア』横須賀地区へと向かう電車に乗っていた。


 今日の彼はくたびれた私服姿に、何故か胸元にはロケットペンダントをぶら下げている。

 貴金属が似合う格好ではないし、そもそもよく見たらそのロケットペンダントは子供用の玩具である。


 乗客の多くがハルカに訝しげな視線を向けていた。


「は~ぁ」


 まあ、探索者として常日頃から差別を受けている彼が、そんなものを気にする訳はない。


 ハルカはロケットペンダントを握り締めながら、高速で過ぎ去っていく行く外の景色をぼんやりと眺めていた。


 先程から通り過ぎる景色は、グラトニウムの特徴である白を基調とした住宅街と、時折見られる高層マンションがほとんどであった。


 特に面白味はなく、代わり映えのない光景は退屈極まりない。


 それで遠くを見つめても、今度はグラトニウムを多分に含んだ白い外壁が、どこまでも広がっているだけであった。


 白、白、白。

 壁に囲まれた景色はどこか閉塞感を与えるようで、ハルカはとてつもなく不機嫌な表情で視線を電車内に戻す。


 以前はもう少し彩りがあり、視覚的に飽きない街並みだったのだろう。

 しかし、壁内に魔素を蓄積させないためのグラトニウム。

 狭まった生存圏内で多くの人口を住まわせるための高層マンション。

 今ではこのような景色がどこにでも溢れているのだ。


「こんなの見たって、面白くないんだよなぁ」


 小さくため息をついたハルカは、そう言ってスマホに視線を落とした。


『横須賀中央駅、横須賀中央駅です。ご乗車ありがとうございました―――』


 スマホに意識を奪われていたハルカは、車内アナウンスを聞いてハッと顔を上げた。

 窓の外を見ればそこは目的地の横須賀中央駅で、そして電車のドアが今にも閉まろうとしている。


「やっべ!!」


 ハルカは慌てて走り出し、既に半ばまで閉じたドアに身を滑らせるようにして駅のホームに降り立った。


 その際、乗客から白い目を向けられていたが、そんなものは関係ない。

 時間にルーズなハルカは遅刻ギリギリの電車に乗っていたため、ここで降りなければ確実に間に合わなくなっていたのだ。


「あぶねぇ」


 駅構内に降り立ったハルカはほっと一息ついて―――またまた慌ただしく移動を開始する。





 横須賀中央は、田舎とは思えないほど商業施設がひしめく場所である。

 駅周辺には巨大なショッピングモールやレストラン、さらにはホテルまで立ち並び、加えて米軍基地が近くにある関係で外国人の姿も多く、アメリカと日本の文化を融合させたどぶ板通りなる商店街も存在している。


 それらが所狭しと並ぶ雑多な光景は、綺麗に区画分けされた都心部には無い独特な雰囲気があった。


「あっぶねえ間に合った!」


 そんな街の一角に聳え立つ超高層ビルが、ハルカの目的地であった。


 神奈川エリア内には多くの軍事施設が存在しており、このビルもその内の一つだ。


 とはいえ軍事施設と言ってもこのビル自体に戦力は無く、どちらかと言えば事務的な色合いが強い。


 今回で言えば、近々行われる大規模な軍事作戦の概要を説明するための会場が設けられており、それでハルカが訪れたという訳だ。


 そろそろ説明会の時間になるため、慌てて中に入ろうとするハルカ。


 くたびれた私服、変なロケットペンダント、そして妙に焦った様子は変質者にしか見えなくて―――



 ビルの一階、高級ホテルのように豪華なエントランスで、光希は同僚の軍人と話をしていた。


「姫宮さん、その知り合いって人、本当に来るの?もう五分前だけど」


「多分······いや、うん。来ると思うんだけどなぁ。でも少し遅れるかも」


「なにそれ。時間にだらしない人?」


 到着が遅いハルカをわざわざ待つ光希と、何故かそれに付き添う同僚の男。まあ鼻の下を伸ばした男を見れば、付き添う理由など明らかであるが。


「うん······でも大事な時は遅刻とかあんまりしない人だし、もし遅れるなら連絡くらいは······」


 自分でそう言いながら、以前ファミレスでした食事はそんなに大切な用事じゃ無かったんだなぁとちょっぴり傷付く光希。


「そいつって男なの?」


「え?うん。軍学校の同級生なんだ」


「ふうん。てかそろそろ時間じゃね?流石にもう待てないでしょ」


「あ、うん。そうだけど」


 そろそろ説明会の時間になるため、これ以上は待てない。それでもすぐに移動しない光希を、男は不満げな表情で見つめていた。


 それから数秒後、光希が急に立ち上がって入り口の方を凝視した。


「姫宮さん、どうかした?」


「え、ううん。ちょっと気になっただけで······」


 同僚の男に曖昧な返事をする光希は、入り口の方に完全に意識を奪われていた。


 なにせ―――


「いやいや本当なんですって!本当に今回の作戦に参加するんですよ!」


「なら通行証を出せ!参加者には配られていたはずだ!」


「え、あ、あれ?おっかしいなぁ」


 騒ぎの主の声に、聞き覚えがあったから。


 案の定というか、騒いでいるのはハルカであった。


(何してるのもう~ッ!!)


 恥ずかしさで顔を赤くしながらも、光希は仕方なくハルカに助け船を出すことにする。


「け、警備員さん、すみません!」


「次はなんだ······って、あ、君は」


 ハルカを怒鳴っていた警備員は、いきなり超絶美少女である光希に話し掛けられて言葉に詰まる。


「その人、私の知り合いなんです。あの、作戦に参加するっていうのも本当で―――」


「そ、そうでしたか!それは失礼いたしました!」


「いえ。警備さんは職務を全うされただけですので」


 何故かハルカに代わってペコペコと頭を下げる光希。

 その横でヘラヘラと笑いつつ後頭部を掻きむしるハルカ。


 そして、そんな彼らを忌々しげな顔で見つめる光希の同僚。


 作戦が始まる前から面倒な予感しか感じない雰囲気であった。


「ほらハルカ、早く行かないと遅刻しちゃうよ!」


「あ、やべっ」


 妙に親しげな雰囲気を醸し出す二人。その片方が超有名人であるというのだから、エントランスにいるほぼ全員が彼らに注目していた。





――――――――――――――

次回説明会、その次くらいから軍事作戦って感じです。


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