第4話 提案

「ちょっと止めてよっ。バレたらどうするの?」


 小声でそう囁いた姫宮光希は、上から押し付けるように帽子を深く被り直した。


「あー、悪い。流石に無用心だったわ」


「ホント気を付けてよね」


「ごめんごめん」


 適当な返事をしつつメニューを手に取って、机に広げるハルカ。


 光希の奢りでメシ代を節約するために来た彼であったが、ここでいきなり奢ってくれと口にする暴挙は犯さない。


 厚かましい奴は嫌われる傾向があるし、相手に奢る気が無い時にそんなことを言っても気を悪くさせるだけだろう。


 だから、まずは自然にメニュー表を机に広げることで、相手に『これからご飯を食べます』という姿勢を見せるのだ。


「え、まだご飯食べてなかったの?」


 案の定、光希は食い付いてきた。


「ん?まあ。ちょうど良いからここで済ませようかなって」


「ふうん」


「―――」


「―――」


(あれ、おかしいな。反応がないぞ?)


 メニューに目を通すフリをしながらチラチラと光希の様子を伺うと、ハルカと光希の視線が交錯した。


 ジーッとハルカを見つめる光希。

 よく見たら半眼になってハルカを睨み付けている。


「あの、つかぬことをお聞きしますが」


「なに?」


「俺の考え全部バレてる?」


「別にぃ~?金欠ハルカが私に奢らせるためにあれこれ考えてるなんて知らないけど?」


(あーーバレてたぁぁあ!!)


 奢って貰う作戦の失敗を悟ったハルカは、内心で頭を抱えて項垂れた。


(うわぁ。マジで自腹じゃ来た意味がほとんどなくなっちまうって)


 ダサい魂胆がバレた事よりもまず食費について考えるハルカは、やはりどこか狂っている。


 そんな彼の内心まで想像出来てしまう光希は、盛大なため息を吐き出して目を伏せた。


 奢りでもしないと自分に関心を持ってくれないのかと、少女のなかでどうしようもない不満が沸き上がる。


 光希は何度もため息を吐きながら、目の前のドリンクをストローでかき混ぜる。


 そうしてしばらく沈黙が2人の間を包んで―――


「なあ、ヒメ様」


 項垂れていたハルカが、突然シャキッと背筋を伸ばすとそう口を開いた。(ヒメ様とは姫宮光希の名字から取ったあだ名である)


「なに?」


 突然の変わり身に呆れ顔を示す光希。ドリンクをかき混ぜる手は止まっている。


「すげえ重要な話なんだけど」


「はぁ」


 真面目な顔で、真剣な雰囲気で、ハルカはゆっくりと、ハッキリと口を開き―――


「お金が無いんです!お昼ご飯奢って下さい!」


「うん、だと思ったよ」


 ビシッと綺麗に頭を下げてそんなお願いをする。


 予想していた通りのクソダサい台詞を真正面で聞かされた光希は、またしても落胆のため息をついた。


「はぁ」


「駄目?」


「駄目、じゃないけどさぁ。なんかなぁ」


 納得がいかない様子の光希。

 マスクが内側から僅かに膨らんだ。どうやら唇を尖らせているようだ。


「いや、あの、冗談とかじゃなくてマジで金が無いんだよね」


「だから知ってるって」


「うおぅっ。さっきのバレてたのといい、ヒメ様もしかしてエスパー?」


「私の能力はそっち系じゃないでしょ」


「確かに」


「別に能力が無くなって、ハルカの事なら大体分かるもん」


「え、それもしかして俺のこと口説いてる?イヤン」


「毎回こうして手助けしてるから、嫌でも分かっちゃうんだってば!」


「すみません本当にすみません」


 いつまでもふざけた態度のハルカに対し、光希は最早ため息以外の何も出てこない。それでも奢ってしまう彼女の方にも、少々問題があるわけだが。


「あんまりみっともない姿見せないでよね」


「善処します」


「はぁ。じゃあはい。何でも好きに頼んでいいよ」


「ひゃっほう!」


「はぁ」


 早速メニューにかぶりつくハルカを横目に、もう何度目かもわからないため息をつく光希であった。



 それから少し経過した食後、ドリンクをチマチマと飲みながら時間を潰す害悪客と化した二人は、しばらく沈黙の中にいた。


 ハルカは満腹感に浸り、光希は彼を呼び出した要件を切り出すタイミングを探っての沈黙。


(そろそろいいよね、多分)


 ドリンクを飲んでいた光希は、咥えていたストローを口から離してマスクを付け直す。

 その際、一瞬だけ露出した相貌は、やはりとてつもなく魅力的であった。


 17歳の光希は、子供ゆえの愛らしさと成熟した色香を併せ持つ。


 笑った顔に宿るあどけなさは見る者の心を和ませ、ふとした時に魅せる艶やかさは男を狂わせる。

 その上、今は帽子に隠されて見えないが、ライトブラウンのショートボブから生える猫耳の破壊力ときたらもう計り知れない。

 恐らく多くの人間は、本物の光希を前にしたら言葉を失うだろう。


 今もストローを咥えていただけなのに、彼女がそうすると圧倒的に絵になっていた。

 ただ存在するだけで輝く。それが姫宮光希という少女なのだ。


 しかしそれを前にしたハルカは―――


「で、話ってなに?」


 美貌に目を奪われるでもなく、奢って貰ったらあとは流れ作業とばかりに本題に切り込んだ。


 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした光希は、少し遅れて話を始める。


「え?あ、うん。ハルカってさ、最近探索はどう?上手く行ってる?」


「あー、用件って近況報告的な?」


「そうだけど、ちょっと違うというか。とにかくどうかな?」


 曖昧な返答をする光希に首をかしげながらもハルカはぶっきらぼうに答えた。


「まあ、ぼちぼちってところかなあ」


「でもさっき、お金に困ってるって言ってたよね?」


「あ、いや、それはまあ、うん」


 探索ではそこそこ稼げているが、流石にそれを競馬で溶かしているとは口が裂けても言えない。


 それゆえに言葉を濁すハルカを、光希は探索業が上手く行っていないと解釈した。


「あのさ、そろそろハルカも安定した職に就いた方がいいと思うよ」


「うーん、まあ、そうなんだよなぁ。でも就職活動とかワケワカメだし」


「そこは大丈夫。私が言えば、ハルカ一人を軍に所属させるくらいは簡単だと思うから。実際に軍って慢性的な人手不足状態みたいだし」


 どうやら光希の要件は、ハルカに就職を勧める事だったらしい。

 ある程度それを予測していたハルカは、苦虫を噛み潰したような顔でそっぽを向く。


 このやり取りも一度や二度ではない。

 二人が同時期に同じ軍学校を卒業した一年半ほど前から、顔を合わせる度に似たようなやり取りをしていた。


「私の知り合いで現役のフリー探索者だって言えば、待遇もそれなりに良いと思うし。悪くない条件だと思わない?」


「まあ、そうだけど」


 でも働きたくない。自由に楽に気ままに生きていたい。それがハルカの本音である。


 ぶっちゃけ規律に縛られて生活するなんて論外であった。

 軍属になれば配信活動も出来なくなるだろう。


 ちなみに、軍の中で例外的にメディア露出が多い光希は、忌み嫌われている軍を少しでも庶民に近い存在にしようと、宣伝に利用されている側面が強かったりする。


 光希の活動は本人が望んでいるというよりは、今後の方針のために軍に半ば操られているといった形なのだ。


 そういうことも知っているからこそ、ハルカはフリーでいたいと思ってしまう。


「今回はいいかなぁ。本当に厳しくなったら泣きつかせてくんね?」


「―――そんなに嫌なの?」


「うん、まあ、軍属は嫌だなぁ」


「そっか。まあ仕方ないよね。じゃあその代わりなんだけどさ」


 キッパリと断ったハルカから引き下がるでもなく、光希はさらに言葉を紡ぐ。


「なに、どした?」


「まだ詳しいことは言えないんだけど、今度大規模な軍事作戦が行われるんだって。その時、軍属じゃないけど強い探索者には報酬を出して参加してもらうみたいだから、ハルカも出てみない?私が推薦すれば断られる事はないと思うよ?」


「え、それって軍属にはならなくて良いヤツだよね?」


「うん。その時だけは規律に従って貰う事になるけど、継続的にどうこうってことは無いはずだよ」


「うーん、それなら、まあ。いいか」


 目の前のお金に目が眩んで安請け合いをしてしまったハルカはまだ知らない。


 その軍事作戦を通じて、自分の存在が表舞台に広く知れ渡るようになることを。 

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