第3話 まさかの関係
あれから数日後。
空腹に耐えかねて目を覚ましたハルカは、万年床から芋虫のようにのそのそと這い出てきた。
しばらく寝ぼけ眼で周囲をぼーっと眺めていた彼は、不意にため息をつくと立ち上がってカーテンを開ける。
「うぁ、眩しっ」
窓から差し込む強烈な日差しがハルカの両目を貫いた。
天高く登った太陽を見るに、時刻は正午を過ぎているだろうか。
(今何時だろ)
時間を確認しようとスマホを手に取るが、画面が暗転したまま動かない。
就寝前に充電を忘れていたそれは電源が完全に落ちていた。
仕方なく充電器を探そうと、ハルカは床に視線を落として―――
「はぁ」
思わずため息。
脱ぎ散らかした服や、ネット通販で届いてそのままにした空のダンボールが床に放置され、物探しどころではないのだ。
「めんど」
などと言いつつもハルカはそれらを掻き分けて、何とか充電器を発掘することに成功する。
そうしてようやく作動したスマホの画面には、午後2時04分と時刻が表示されていた。
(お、今日は早起きだな)
ホッと一息ついて頷くハルカだが、全くもってそんなことはない。
彼の睡眠時間が狂っているのは徹夜でゲームやアニメに浸っているからであり、それはもう立派な社会不適合者の所業だ。
フリーの探索者で、おまけに配信者。
自由が許される生活だからこそ彼はどこまでも堕落している。
「はぁ~あ。メシ食お」
スマホをぽいっと万年床に放り投げたハルカは、おもむろに冷蔵庫を開くと中を物色し始めた。
消費期限切れのハム―――ナシ。
消費期限が半年切れた納豆―――ナシ。
賞味期限が3日切れた牛乳―――ハルカ基準ではイケそうだけど、もし食あたりを起こしても治療費を捻出する余裕は無いため、念には念を入れてナシ。
他にもまあまあの食材が冷蔵庫に眠っていたが、その全てが食べるには問題がある状況であった。
それらを捨てるのではなく平然と冷蔵庫に戻すハルカは、もう救いようのないダメ人間だ。
朝起きれない。
部屋は汚い(生ゴミの類いは無いのが唯一の救い)。
食べ物の管理もダメ。
一つもまともな要素がない。
どんなポジティブシンキング人間であろうと、彼を前にして褒め言葉が浮かぶことはないだろう。
もし褒めるなら、もう『生きてて偉い』くらいしか言葉が残らない。
「メシ、どうしよ。買うか?」
財布に大した額が残っていないことを思い出し、ハルカは顔をしかめた。
探索の報酬は、探索者が持って帰ってきた成果によって間隔が前後するが、大体は1週間~10日程で指定の口座に振り込まれるようになっている。
ハルカが最後に実施した壁外探索者は4日前。
どう転んでもまだ報酬は振り込まれていないだろう。
当然それ以前に得た金のほとんどは、ギャンブルや生活費、探索の費用に消えてしまっている。
今残っているであろうお金では、次の振り込み日まで細々と生活するのがやっとという状況であった。
「うわぁ、マジでヤバいって。え?次の振り込み日まで持つかな?ワンチャン借金······いや流石にそれはないだろ。えー、どうしよう」
悩みに悩み、しかし無い金はどうしようも出来なくて八方塞がりになるハルカ。
考えるのにもエネルギーを使う。
悩むだけでも余計に腹が減ってきて、これ以上耐えられないハルカは、取り敢えずコンビニに行こうと財布を握り締めた―――
まさにその時だった。
スマホに一件の通知があったのだ。
ほとんど人付き合いがなく、以前の配信では過去2ヶ月の間にプライベートで会話した相手は一人だけと豪語していた彼。
「やっぱりか」
今回の連絡の相手も、当然ながらその人物であった。
ただ向こうは暇人を極めたハルカとは異なり多忙な人間で、こうして連絡を寄越してくるのは珍しい。
その上、
「は?」
送られてきた連絡には、横浜駅近くのファミレスの地図と共に、これからここで会えないかという旨が書かれていた。
瞬間、ハルカの脳裏をよぎる思いは、『面倒臭いなぁ』である。
ハルカと違って多忙な向こうは、多忙なりにしっかりしている人間だ。
故にハルカと顔を合わせれば出てくる言葉は説教ばかり。
いつまでも安定しないハルカを思って言葉だが、それが響くようならそもそもハルカはこうなっていない。
だから、適当に断ってメシを買いに行こうかなぁ。
そんな風に思ったハルカだったが、即座に考えを改めた。
(え、メシ食えるじゃん)
もしかしたら奢ってもらえるかもしれない。
そこに気付けば、もう彼の意思は固く決まっていた。
《暇だから平気。何時に集合する?》
すぐにそう連絡を返すハルカは一旦スマホを置き―――
《急な誘いでごめんね。
仕事の休憩で寄ってて、あと一時間ちょっとはこのお店にいる予定。
ちょっと話したいこともあるから、30分後には来て欲しいです》
即座の返信に「おうっ」と声をあげ、それから
《了解。今から向かう。多分30分くらいで着く》
とさらに返信を送ってスマホをポケットにしまった。
○
それから約40分後。
ハルカの姿は横浜駅近くのファミレスにあった。
30分と約束したはずだが、案の定時間にルーズで遅れている。
彼の家はここから徒歩5分ほどの距離に位置しているため、言い訳も何も出来ない。
ただ怠惰なだけである。
「ふぁ」
あくびを噛み殺しつつ入り口の扉を開け、ハルカは店内に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ。お一人様でいらっしゃいますか?」
「ああいや。友人と待ち合わせしてて。そいつはもう店内にいるんで大丈夫です」
「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」
終始笑顔を浮かべたままの店員は、そう言って厨房スペースへと引っ込んで行った。
(さて、あいつはどこの席にいますかね)
ハルカはぐるりと店内を見回す。
彼の友人は様々な意味で目立つ人物であり、なおかつ午後3時前のファミレスは客入りが少ない。
だから目当ての人物は簡単に見付けることが出来た。
店内の端っこ、出来るだけ目立たないような席に、その少女はいた。
少女の方も近付いてくるハルカに気付いたようで、控え目に手を振っている。
「やっほ、久し振り」
鈴の鳴るような愛らしい声が響く。
よっこらせと席に着いたハルカ、その対面に座る少女は深々と帽子を被り、マスクを付け、おまけに眼鏡まで付けて―――明らかに変装をしていた。
不審者にも似た格好だが、そんな変装の上からでも彼女本来の魅力は隠し切れない。
目元やちょっとした仕草、雰囲気だけでとてつもない魅力を感じさせる少女であった。
まあ、それも当然だろう。何故ならハルカの対面に座るその少女こそ―――
「よお、人気者」
「ちょっと止めてよっ。バレたらどうするの?」
姫宮光希。今をときめくトップスターなのだから。
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