第2話 底辺探索配信者
戦闘を終えてから数十分後、コメント欄との雑談もほどほどに『神奈川エリア』への帰路に着いていたハルカ。
ふとスマートフォンに目を向けた彼は、新たに表示されたコメントに驚愕した。
《初見です》
「え、マジ?本当に初見さん?」
ハルカの過疎配信は人の入れ替わりが少なく、探索中ならまだしも見せ場のない帰還途中に新規が来るとは思えない。
咄嗟にコメント主の名前とアイコンを確認すると、それらはハルカには見覚えのないモノだった。
さらにコメント主の過去ログを遡って見ても、配信で以前に何かを発言した形跡はない。
どうやら本当に初見らしいと判明した瞬間、ハルカは急に上機嫌になって饒舌に喋り始める。
「え?マジ?マジで初見さんじゃん。いらっしゃい。こんな過疎配信よく見つけたな」
《マジで初見?》
《この配信で?確かに見たこと無い名前だけど》
《お前らの副垢か?》
《そんな面倒なことするか?普通?》
類は友を呼ぶと言う通り、ハルカ同様に初見を疑ってかかるリスナーたち。
その中で初見です発言をした人物が、新たにコメントをしていた。
《You○ubeLIVEで探索って調べたら、ページの結構下に出てきました。ジャンルとしてはかなりマイナーなので、それで引っ掛かったのかと》
「はいはいなるほどね。確かに探索する配信者って珍しいもんな」
《確かに探索ってあんま見ないな》
《俺も。ここと光希ちゃんくらいだわ》
《↑それは知らなさすぎるだろ。もっと壁外に興味持とうな?》
《なんで探索する系の配信って少ないんだ?》
「あー、それなんだけどー。探索者って大半が軍属になるんだよね。討伐軍って流石に知ってるだろ?あそこに入ると色々と自由が利かなくなるんよ」
《なるほど》
《へえ》
《なんで軍属になるの?》
《お前みたいにフリーの方が楽じゃね?》
《そうなんだ。そこら辺の事情知らなかった》
《てか詳しいやつなんているのか?》
《さあ。俺は知らん》
多くのコメントから、初見さんとの会話が進展しそうなモノに返答する形で、ハルカはドローンに向けて言葉を放つ。
「探索者するなら軍属に限るぞ。フリーだと武器とか弾薬の費用で嘘みたいに金が飛ぶし、怪我した時の保障も何も無いから。そこら辺、軍属なら大体上から支給されるんだよなぁ。マジで羨ましいわ」
《へー》
《そんな仕組みなんだ》
《だから探索で金稼いでるのにハルカって貧乏なのか》
《↑それだけは違うと思う》
《貧乏なのは間違いなく週末の競馬配信のせい》
《先週は10万とか負けてたよね?》
《あまりにも馬鹿すぎる》
《え?この方ギャンブルされるんですか?》
「初見さんとお前らに向けて説明してたのに、いきなり俺をぶん殴って来るのやめろや」
《ごめんわざと》
《でも毎週何万も賭けるお前が悪いよ》
「うるさいうるさい。折角先週の負け忘れてたのに思い出させんな。話戻すからな?えっと、あ?あれ?どこまで話してたっけ?」
ヤバい方向に転がりかけた話題を無理やり引き戻したハルカは、直前までの内容を忘れてあんぐりと口を開ける。
それを見かねたリスナーの一人が助け船を出した。
《軍属の話な》
「あ、そうそう。だから軍属になるのが安全って話な。ま、軍の庇護下にいなくても良いくらい強かったりとか、よっぽどの考え無しの馬鹿は、フリーで探索者やったりするけど」
《で、ハルカはよっぽどの馬鹿と》
《全然知らなかったわ》
《よお馬鹿》
《↑マジでそれな。俺も知らなかったわ。探索者って認知度は高いのに理解度は低いよな》
《いつもよりコメントの流れが速いせいで、↑(矢印)が機能してないやんけ》
《あと探索者の企業とかもあるよな》
ハルカの説明に相づちを打ちつつも、やはりちょっとカオスなコメント欄。
そんな彼らの認識通り、探索者は一般的に深く知られていない存在であった。
仮にもモンスターの脅威から人類を守る立場にある者たちが、そこまで人気でもない理由。
それは―――
《ところで、主さんの能力って何なんです?》
探索者の多くが、モンスターの細胞を身体に宿した人間兵器だからである。
初見さんが新たに放ったコメントにある【能力】という言葉。
これは探索者がモンスターと対等以上に戦うための武器であり、同時に人類から忌み嫌われる要素でもあった。
能力とは読んでその名の通り超常現象を引き起こす力である。
無から火を起こしたり、念力で物体を操作したりなど、人によってその種類は異なるが大抵何でも出来てしまう。
ではそんなアニメや漫画の世界でのみ許されていた力を、どうやって人類が体得したのか。
答えは簡単。
魔素を体内に取り込んだのだ。
魔素とは、空気中に漂う極小サイズの粒子で、これが凝縮するとモンスターが産み出される。
それを先天的、あるいは後天的に様々な要因で取り込んだ人間の一部が、能力者として覚醒するのである。
魔素を一定量取り込んだ人間は、能力以外にも身体能力の大幅な向上などが確認されている。
まあ、一言で言ってしまえば、人間兵器になるという訳だ。
だから、探索者は一般的には疎まれ、避けられ、忌み嫌われている。一部例外を除いて。
その点、ハルカの配信に来て好意的なコメントを送る者たちは、ある種の好き者と言えるだろう。
そんな彼らはきっとここでも、ハルカの能力を聞いてからふざけた発言をしてくれるはずで―――
《あ》
《あ》
《うわぁ》
《あーあ》
《え、何か不味かったのでしょうか?》
さっきまでの反応とは異なり、何か地雷を踏んでしまったようなコメントを連発するリスナーたち。
なにも知らぬ初見さんだけが狼狽えている。
微妙な空気が流れるコメント欄を見るハルカは、意図して間の抜けた声をあげた。
「あー、能力?なんだっけなぁ。色々あるんだけど全部話す?まず隠密系なんだけど、俺って人混みにいても全然声かけられないどころか目も合わせてもらえないのよ。ここ2ヶ月はプライベートな会話は一人としかしてないし······」
《もういいよ!》
《やめて;;》
《;;》
《俺も苦しいからやめろ》
「おいおいリスナーまでダメージ食らってるって。まあ今のは冗談な。流石に初見さんの質問だから真面目に答えるけど、俺って能力は持ってないのよ。能力者になれる条件の一つに『魔素の体内侵食率が5%以上』ってのがあるんだけど、俺それ満たしてないんだわ」
《ぶっちゃけハルカってちょっと運動神経いいだけだよな》
《銃撃の腕はピカイチです》
《↑これはマジ。色んな探索者配信見てきたけど、ここだけはハルカがダントツ》
《でも負けます》
「元が弱いからな。俺の身体って四捨五入して何とかイケメンサッカー部のエースくらいの性能だから、超火力の銃器使った瞬間腕吹っ飛ぶのよ。強化スーツ着ればそこら辺も大丈夫なんだろうけど、金が無いからなぁ」
《競馬やめれば買えます》
《今調べたけど、強化スーツって安物でも50万とかすんのな》
《たっか!?》
《高すぎだろ》
《でも2ヶ月競馬我慢するだけで買えるじゃん》
「大丈夫大丈夫。今週末こそ競馬に預けてたお金返して貰うから。したら強化スーツ買うべ」
《あーあ》
《もう終わりだよこいつ》
《な、なんか凄いことしてるんですね》
《↑初見さんドン引き中》
《でもドン引きしつつこの配信に残ってるの凄いよな》
《それはそう》
「あ、そろそろ着きそうだから、ぼちぼち配信切るわ」
コメントが盛り上がってる最中であったが、ハルカは眼前に見える『神奈川エリア』の外壁を指差してそう言った。
まだ遠くだが、恐らくあと十分もせずに到着するだろう。
壁を通行する際は、様々な検査が行われるため、その時には確実に配信を閉じておく必要がある。
《まじか。乙》
《おつ》
《お疲れ》
《今日も楽しかったぞ》
《初見でしたが楽しかったです。また来ます》
多くのリスナーの温かいコメントににやけつつ、タイミングを見計らって配信終了ボタンに指を伸ばすハルカ。
しかしボタンをタップする直前で、彼は思い至ったようにあっと声をあげた。
「あ!チャンネル登録と高評価だけよろしくな!やっべ最後にこれ言い忘れるところだったわ。まだあの初見さんとか帰ってないよね?」
《今言うのかよww》
《戦闘が終わった時に言え》
《まだいます。今しておきました》
《じゃあなww》
「ほっ、よかったー」
最後にチャンネル登録者数が1増えたのを確認してから、ハルカは満足げな表情で配信を終えた。
○
壁の内側に戻ったハルカを出迎えたのは、複数項目からなる面倒極まりない検査であった。
人類の生存圏はグラトニウムを豊富に含んだ壁の内側に限定される。
グラトニウムは近くの魔素を霧散させ、魔素から成るモンスターが本能的に避けて通るという性質を持つ。
ゆえに、壁内であれば常に安全が保証されてあるが、外側はその限りではない。
探索で魔素やそれに準ずる危険を持ち帰って来ていないか、綿密な検査を行うのは当然のことであった。
一時間ほど掛けてそうした検査を終えたハルカは、ようやく人類の楽園へと足を踏み入れた。
『神奈川エリア』横浜地区。
2022年、始まりの惨劇が発生する前は横浜市と呼ばれていた地域。そこがハルカの帰る場所である。
横浜駅やその周辺に広がる巨大なショッピングモールなど、その景色は2022年当時とあまり差がなかった。
唯一明確に異なるのは街の色合いだろう。
古い建物はそのままだが、ここ十数年の内に建てられたのだろう真新しい建造物は、全て白を基調としたカラーリングをしている。
壁のみならず、建物にもグラトニウムを含ませることが一般化されてからは、グラトニウムの特徴である白色が街を染め上げていた。
「はぁ」
ハルカは面倒臭そうにため息を着いた。
さっきからずっと、道行く人たちの多くが彼を明らかに避けて通っているのだ。
中には遠巻きに指差したり舌打ちをする者までおり、居心地は最悪の一言。
まあ、今の彼は安物とはいえ一目で探索者と分かるフル装備をしていたから、避けられるのも当然だろう。
探索者は化物の仲間。そんな認識が一般人の中にはあるのだから。
(あーめんど。さっさと帰りてえ)
悪感情を取っ払って受け入れて貰うのが困難なのは、人種差別で溢れる人類の歴史を見れば明らかだ。
もし民衆に好かれる探索者がいるとすれば、それはとてつもない魅力に溢れた人物しかあり得ない。
それも歴史上でも存在しないような、人間の感性を根本から覆すような強烈な人物だけだ。
「ぁ」
多くの通行人で溢れる横浜駅前を歩くハルカは、ふとショッピングモールの壁面に埋め込まれた広告パネルに目を向けた。
それは有名ブランドが手掛ける香水の広告だった。
芸能界でもそうはお目に掛かれないレベルの美少女が、香水を片手にカメラ目線で笑みを浮かべている。
一見して、少女の美貌以外に特筆すべき点のないように思えるその広告。
しかし一点、少女の頭部に生えた二つの小さな猫耳が、明らかにおかしい。
それは少女が探索者であること、しかも他の生物の特徴が外見に現れるほど多くの魔素を体内に含んでいることを証明している。
広告の少女は
現役の探索者でありながら、その傍らでタレント業をこなす超有名人。探索者というハンデを抱えつつも、彼女は圧倒的な美貌と持ち前の愛嬌で一躍トップスターに登り詰めた。
その人気は神奈川エリアを飛び越え、全国のエリアにまで広がっていると言えるだろう。
勿論、探索者というだけで姫宮光希を嫌う者も多く存在するし、彼女の存在はよくも悪くも話題を集める。
それでも最近では良い方に世論が傾きつつあるというのだから、姫宮光希の魅力はとてつもない。
世が世なら傾国の美少女と称されていただろうか。
まあ、ハルカはそこら辺の事情にあまり関心が無いので―――
「すっげ。あの広告だけで何百万貰ってんだろ。俺も楽に稼いで競馬やりてえなあ」
広告を見上げる彼が考えていたのは、そんな下らないことであった。
「ま、無理か」
贔屓目に見てもハルカは容姿端麗な方ではない。姫宮光希のように光り輝く存在になど、なれるわけもないのだ。
彼は小さくため息をつくと、さっさと家に帰っていくのだった。
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