第6話 ゲームの進み具合
……とまあ、あの流れだと最後までしたと思うじゃん?
だけどそこは何とかセーフだった。
二人が結ばれるという大切な時に、私が何かに心を悩ませているのが嫌だ、というジークの謎のこだわりによって、私の貞操は守られた。
良かった。本当に良かった。
本当のヒロインであるレイラのことを考えると、気持ちの良いものじゃないし。
とはいえ、これはどうなの?
カーテンの隙間から朝日が差し込む部屋の中。
ベッドの上で横になっている私の視線の先には、寝るときにはいなかったはずの人物の姿があった。
そいつは何一つ悪びれた様子もなく、無邪気すぎる笑顔を私に向ける。
「おはよう、リタ」
「……おはよう、ジーク。えっと……いつからそこに?」
「君が寝た後かな? 一晩中、リタの可愛い寝顔をすぐ傍で見られて幸せだったよ」
「えっ、寝てないの?」
「えっ、寝れると思う?」
いや、なんでそこ、疑問形⁉
ジークの腕が伸び、私の身体を引き寄せた。お互いの身体が密着し、私を抱きしめる彼の腕にギュッと力がこもる。
薄い寝衣を通じて互いの体温が伝わってくる。一見華奢に見えるのに、ガッシリとした厚い胸板から、いやでも男性を感じさせられる。
「好き、僕のリタ……」
甘い囁きが鼓膜を震わせる。
彼の胸から速い心拍が伝わってくる。
性格が歪んでおかしなことになっているというのに、私を想うジークの気持ちはあまりに真っ直ぐだ。
これだけ愛を囁かれていても、私は所詮、聖女レイラとジークを引き合わせる間の繋ぎでしかない。
二人をくっつけなければ、レイラは愛を知ることができず、魔王は倒せない。世界に平和をもたらすためには、なんとしてでもジークとレイラには恋に落ちて貰わなければならないのだ。
なのに、この胸の苦しさはどこからくるのだろう。
彼をまるめこみ、他の女性とくっつけようとしている罪悪感からかもしれない。だとしても、止めるわけにはいかないんだけど。
私の首筋に顔をスリスリ擦りつけているジークのことはひとまず置いといて、今はゲームの進み具合を確認しなければ。
拠点である屋敷を貰っているということは、序盤のイベントを二つほどクリアした所だろう。
確か、誘拐された領主の娘を助けた御礼で貰えたんだっけ。部屋には自由に家具が置けて、自分好みにカスタマイズが出来て楽しかっ――というのは置いといて。
私が考え込んでいるのを感じ取ったのか、ジークの顔が視界に大きく映り込んできた。
「リタ、どうしたの?」
「えっと……ジークが私を探す旅に出る前、仲間たちとどんなことをしていたのかなーと思って」
「君を探す前?」
彼の金色の瞳が、どこか遠くを見る。
遠くを見て、遠くを見て、遠くを見て――
いや、ちょっと待って。
遠く見すぎじゃない?
「ジーク?」
「あ……ごめん。君と再会するまでの記憶が曖昧で……リタが僕を殺しに来なくなったことが、あまりにもショック過ぎたから」
そんなに⁉
「……うん、思い出してきた。道中、魔物と戦ったり人助けをしていたかな」
「そ、そうなのね。確か私があなたを追っていた時、仲間はあなた含めて四人いたわよね?」
ゲームの知識でいくと、親友で魔法使いのウィル、成り行きで聖都まで一緒に行くことになった武闘家ドムドと盗賊アマリリスだったはず。最終的には、もっと大所帯になるんだけど。
「ああ、そうだったね。まあ今は皆、どこで何をしているか分からないかな。半ば強引に、僕はパーティーを解散したから」
……いやほんと、皆さんごめんなさい。
背中まで延びっぱなしになった私の青い髪の一房を、ジークが手に取った。いつも一つくくりにし手入れを怠っていたせいで、毛先の長さがバラバラだ。
今までは彼への復讐心と、前世を思い出してからは日々の生活に追われていたせいで全く気にしていなかったけれど、こうやってまじまじと異性に見られると恥ずかしくなる。
だけど彼は、そんな私の髪を愛おしそうに指先でなぞりながら、全てを見透かすような真っ直ぐな瞳を向ける。
「また魔王のこと、考えてる?」
「え、あ、うん……」
何となく言葉を濁しながら返事をすると、瞳から光を消したジークが「……魔王、絶対殺す」などと物騒なことを呟いたけど、次の言葉を発したときには、キラキラおめめに戻っていた。
そのギャップがとっても怖い。
「大丈夫だよ。僕が魔王を倒して、君の不安を取り除いてあげる。だからリタはこの屋敷で待ってて?」
「えっ? それってどういう……」
「魔王討伐は僕一人で行く。パッと行ってサクッと魔王を倒してくるよ。あ、帰り、何か買ってこようか?」
え? 私の聞き間違い?
ジークが行くの、魔王討伐だよね?
近所に買い物じゃないよね⁉︎
パッととかサクッととか、魔王討伐に使っていい表現じゃないよ!
「ちょっと待って! 一人で⁉︎ 危険すぎるわ! それに魔王の居場所って普通の人じゃ分からないんでしょ?」
魔王の居場所を突き止められるのは聖女だけ。だからゲームの始めの目的地は、聖女が住まう聖都なのだ。
とはいえ、私のようなモブが持っている知識ではないから、何とか思い出してもらおうと誘導する。
しばらくするとジークは、ああ、と声を上げた。
「そう言えば、聖都にいる聖女に、魔王の居場所を教えて貰えっていわれていたっけ」
「そ、そうなのね! で、でも、聖都の途中にある森に霧の魔物が住み着いていて、森に入った人間を迷わせるって噂で聞いたわ! 魔物を倒すには精霊様の加護を得て、特別な武器がいるんだって!」
聖都の途中に通るセグルト森。
現在その森を支配している霧型魔物を倒すには、聖属性武器【光の剣アウロラ】が必要で、剣を手に入れるためには四体の精霊の祠に行き、祝福を貰わないといけないのだ。
精霊の祠、ダンジョンになってて大変だったっけ。
ゲーム制作者サイドもこのダンジョンには力を入れていて、音楽もグラフィックも綺麗だった。ただパズル要素もたくさんあったのがめんどくさかったから、これからそれを体験するジークには同情するけど。
しかし私の前世の回想は、ジークの発言によって消えてしまった。
「幻影で人を迷わせる森? もしかしてセグルトの森のこと?」
「え、知っているの?」
「リタを探して彷徨っていた時に通ったんだよ。剣を振ったらすぐに霧が晴れたから、特に何も思わなかったんだけど」
「ちょっと待って! 霧をはらうためには、特別な武器がいるって……」
精霊の祠を四カ所まわって、その度にダンジョンに潜ってパズルを解いて、やっとのことで貰える光の剣がね!
ジークは起き上がると、部屋の隅に立てかけてあった剣をもって戻り、私の前に差し出した。
複雑な紋様が描かれた鞘に収まった、壮麗な剣。
この剣……知ってる……
「じ、ジーク? この剣を一体どこで……?」
「ああ、これ? リタを探す旅の途中で突然現れたダンジョンで見つけたものだけど」
いやいやいやいや! 待って‼
あなた、聖属性最強&最終武器である【聖剣エターナルグローリー】を、何で序盤のこのタイミングで手に入れてんの――――⁉
物語の終盤、ジークは仲間の裏切りにあい、愛するレイラまでもが誘拐されて心が折れるのだ。
だけどそんな彼の前に、神の試練という名のダンジョンが現れる。
試練は彼を強くし、最強の武器【エターナルグローリー】を手に入れるのだ。そして愛する人の奪還を決意するという展開だったはず。
ダンジョン発生条件は、ジークの心が折れること。
も、もしかして……私がいなくなったショックで、ダンジョンが現れたってこと?
裏切りとレイラ誘拐イベント発生したなーってプログラムが勘違いするほど、ショックだったってこと⁉
それに聖剣をその辺で拾った感じで言ってるけど、神の試練のダンジョンボス、かなり強かったはずなんだけど……
いや、それ以上にもっと大切なことがある。
……謝れよ。
ゲーム制作者様たちが一生懸命に考え、作りだした精霊の祠のダンジョンと、美麗なデザインでプレイヤーから人気のあった【光の剣アウロラ】の出番を奪ったこと謝れよ――――っ‼
いや、謝るのは、ストーリーを曲げてしまった私か。
ゲーム制作者様たちに、心より謝罪申し上げます。
ごめんなさい……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます