第5話 私の責任

 え?

 なになになになに?


 何をどうとったら、私がジークに告白したってなんの⁉


「やっ、ち、ちがっ――」


 最後まで言葉を吐き出す前に、彼の唇によって続きの言葉ごと奪われてしまう。口内に深く彼の舌が侵入し、粘膜で覆われた部分を全て確かめるように、口内を無遠慮にかき回す。


 私たちの唇を繋げていた糸が切れ、私の唇から零れた滴を、ジークは指で拭い舐めた。そして、告白したと勘違いされたこと、突然キスされた衝撃で呆然としている私の乱れた前髪を指で整えながら、嬉しそうに語る。


「君が僕を殺しに来なくなってからの日々は、まるで色を失った世界だったよ。何のために戦っているのかも分からなくなり、途方に暮れるほどに」

「いやいやいやいや! 意味がないとかないでしょ‼ 魔王を討伐しようとしていたんですよね⁉」

「ああ、そういえばそうだった……かな?」

「何で疑問形⁉」


 目的、迷子になってんじゃんっ‼


 絶対に魔王を倒すぞ、とキラッキラな顔グラで言ってた君は、どこいったよ⁉

 ゲーム内の彼と、目の前にいる彼との乖離が凄くて怖い。


「でも、何で? 私は、あなたを殺そうとしたのよ? なのに、まるでその口ぶり……待っていたような……」


 私の呟きに、ジークが笑う。


 でもさっきまでの爽やかな笑みではなく、目を蕩けさせながら、高揚する気持ちを前面に押し出してくる。まるで夢に浮かされているように見えるのに、金色の瞳の奥には、私と捕らえて放さない強さがあった。


 前髪を整えていた指が私の頬を撫で、首筋をなぞる。触れているかどうかの微妙な感触で撫でられ、ぞわっと肌が粟立った。


「君が住んでいた屋敷を焼き、全てを捨てて僕を殺しにきたと知った時、どれだけの感動がこの胸に溢れたかわかる? 僕がどこにいても君は必ず追いかけてくる。仲間がいるのに、ただ僕だけをその瞳に映す。激情を僕だけに向ける。君の行動全てに僕がいる――それは最早【愛】だろ? 僕はね、君に命を狙われる度に、狂おしいほどの愛を感じていたんだ」


 いや、どうしよう。

 言葉は分かるのに、理解ができない。


 だれか、翻訳できるこんにゃく、もってきて―――――!


 首筋をなぞる指の動きが止まり、こちらに向けられる彼の笑みがスッと引く。


「初めてだったんだ。これほど強く誰かに自分の存在を求められたことが……君から与えられる愛は、僕の心の支えだったんだよ。それがある日失われた僕の絶望が……リタ、君に分かる?」

「あ、えっと……」


 全く理解できませんって正直に言えられたら、どれだけスッキリするだろう。だけどそれを口にするような空気感でないことは、手相にKY線がある私にだって分かる。


 だけどジークは、私からの返答を待っていたわけじゃないみたい。再び瞳を細め、記憶を探っているように遠い目をした。


「もう戦いどころじゃなかったね。僕は君を探すため、魔王討伐パーティーを解散し、旅に出た。丁度一年前ぐらいの話だ」

「だから、あなたたちの噂を聞かなくなったのね……」


 謎は解けたけど、仲間たちが迷惑すぎる。


 私の呟きに、ジークがクスリと笑って答える。


「僕にとって、君を探す以上に大切なことはなかったからね。だけど、こうしてまた出会えた。それに僕に命を捧げるということは、これから先の人生を僕とともに生きるということだろ? 告白――いや、プロポーズとどう違うの?」

「いやっ、た、確かに私の命をあなたに差し出すとは言ったけれど、そ、それは文字通り、あなたに殺されても良いって言う意味で、決してプロポーズとかでは……」

「? なんで僕がリタを殺すの?」


 ジークは顎に手をあて、考える素振りを見せた。そして、何かにひらめいたようにポンッと手を打つと、満面の笑みをこちらに向けた。


「ああ、そうか。僕がリタに殺されてもいいと思っているように、リタも僕に殺されたいほど想ってくれているってことか。相思相愛だね?」


 言葉が、通じねぇぇぇなぁぁぁぁ――っ‼

 君、そんなおばかじゃさなかっただろ⁉︎


 頭を抱えたくても、両手両足を縛られている私に自由はない。

 言葉が通じずジタバタしていると、彼の顔が近付いた。


 耳の奥に、熱のこもった囁きが吹き込まれる。


「やっと僕のものになってくれたね、リタ。愛しているよ。もう二度と離さない」


 唇が重なり、貪るように吸われる。


 だけど――私の心は別の所にあった。


 ジークは、サブイベントキャラであるリタに、歪んだ愛情を持ってしまった。

 だけど本来の彼は、のちのち出てくる聖女レイラに一目惚れをし、旅の中で恋仲になるのだ。そして愛を知った聖女の力は魔王を倒す鍵となる。


 ……ああ、そうか。

 私はやっぱり、生き残ってはならなかったんだ。

 

 私が生き残ったせいで、ジークは魔王討伐をやめてしまった。そのせいで彼が本来結ばれるべき女性との出会いはなくなり、いつまで経っても世界は平和にならない。


 ――ならば私はその責任をとって、物語を正しい方向へ戻す責任がある。


 ジークを聖女レイラと引き合わせる。

 そして二人の仲をとりもち、世界を救って貰う。


 それまで私は、恋人(仮)として、彼を正しい道へと導いていく。


 ……大丈夫。

 ジークはレイラに一目惚れしていたのだから、彼女と出会いさえすれば、私への気持ちなんてすぐに冷めるはず。


 決意を固めると、涙が溢れた。


 これは――自分勝手な理由で大好きなゲームのストーリーと、大好きなキャラクターを歪めてしまった後悔だ。


 彼の唇が離れると同時に、懺悔の言葉が口を衝いた。


「ごめん、な……さい……ごめんな、さ、い……」

「リタ、何で謝ってるの?」


 ジークが不思議そうに首を傾げる。だけど私の精神状態が普通じゃないと感じたのか、サッと顔色を変えた。


 瞳を閉じると、次から次へと涙が頬を伝う。

 ゲームの中の、真っ直ぐだった彼の姿や、仲間たちとのやりとり、レイラとの純愛などを思い出すと、涙が止まらない。


 私の手足首の結ばれていた紐が緩んだ。


「ごめんね、リタ。君の気持ちを聞いた今、もうこんなもの必要ないのに、苦しか――」


 ジークの言葉が止まる。

 私が自由になった両手で、彼の両肩を強く掴んだからだ。


「……私は、どうなっても構わない。だからお願いジーク。魔王を倒してこの世界を……救って」


 どうか、歪んだ物語の結末だけは、正しいものに――

 そのためなら私は、どうなっても構わない。


 心配そうにこちらを見ていた彼の表情が、安堵で緩む。


「そうか。魔王の存在が怖くて泣いてしまったんだね? 安心して。君が望むなら魔王を倒すよ――いや」


 ジークの指が、目尻に溜まった涙をすくった。そして指に付いた滴に唇をつけると、口元だけに笑みを貼りつかせながら、激情を押し殺したような声で呟く。


「可愛い僕のリタの心を悩ませるだけでなく、泣かせた報いは受けさせないとね?」


 その金色の瞳には、光が失われたどころか、見るものを引きずり込むんじゃないかと思う程の深い闇が広がっていた。


 主人公がやっていい顔じゃないよ‼

 魔王、逃げて――――っ‼


 そんな私の気持ちを余所に、ジークは優しい笑みを浮かべた。それはそれは嬉しそうに、私の頬を撫でる。


「そんなことより……さっき僕を愛称で呼んでくれたね? 【ジーク】って」


 しまった。

 リタはずっと【ジークフリート】って呼んでたのに。


「あ、ごめんなさい。ジークフリー――」


 だけど、訂正するように口にした彼のフルネームは、唇を塞がれたことで途切れてしまった。僅かに離れた唇の隙間が、絡みつくような囁きで満たされる。


「駄目だよ、リタ」


 また唇が重なる。

 触れあった部分から、痺れるような熱が伝わってくる。


 ジークが私の身体を抱きしめた。


 私は自分の腕を彼の身体に回そうとして止まり――そのまま脱力した両腕がベッドの上に落ちた。

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