第4話 なんで僕を殺しに来ないんだ?
ぼんやりとした意識の中、私は視界に映る天井を見つめていた。
知らない天井だ。少なくとも、私がお世話になっているアボットさんの物置小屋じゃないし、何ならクライン子爵邸よりも豪華だ。
天井が見えているということは……私、寝かされている?
体を起こそうとしたけれど、起き上がることができなかった。何度か手足を動かし、今どういう状況なのかを理解する。
大の字状態で、両手足を縄で縛られている。恐らく、頭上と足下にあるベッドのフレームと縄が繋がっているのだろう。
いや、なにこれ!
どーゆー状況⁉
現状を把握した私の頭は、次にこの場所にいる理由を見つけようと動き出し――ようやく直前の記憶を思い出した。
私、酒場でジークと再会して、それでお店に迷惑をかけないように二人で店の外に出て。で、ジークの報復を恐れた私は逃げ出したんだけど、衝撃を受けて目の前が真っ暗になって、なんか彼の声も聞こえてきて――
ってことは、私を縛って転がしたのはジークってこと?
勇者の所業じゃなくない⁉
これ、本気で殺しに来てるじゃん!
逃げ出そうとしても、縄はしっかりと私の手足首に巻き付いていて、身動きができない。それでもあきらめずに脱出を試みていると、ノックもなしに部屋のドアが開き、
「目が覚めたんだね、リタ」
嬉しそうな声が部屋に響いたかと思うと、天井しか映っていなかった私の視界に、爽やかな笑顔を浮かべるジークが映った。
前世の私が何度も見た、素敵な勇者様の笑顔だ。
相変わらず、瞳に光はないんだけど。
とはいえ、ゲーム内でひと際輝く美男子の笑顔に一瞬見とれてしまったけれど、すぐさま今の状況を思い出し、ジークを睨み付けた。
「ここはどこ⁉」
「ここは、街を救った礼として譲り受けた屋敷だよ。ああ、安心して? 僕と君以外、誰もいないから」
……ああ、そういえばゲームを進めると、荷物とか預けられる拠点を手に入れることができたんだっけ。そこで仲間の入れ替えとかも出来て――って今はゲームシステムを思い出してる場合じゃない!
「何で私、縛られているの? あなたがやったの⁉」
「だって、君がまた逃げようとしたから」
ぐうの音もでない。
ジークは笑みを浮かべたままベッドの端に座った。彼の手が伸び私の頬に触れる。
温かな微笑みとは正反対な、ひんやりとした冷たさが伝わってきた。冷たさは、彼の指先から指、手のひらへと、私の頬に触れる範囲が広がっていくにつれて強くなり、まるで私の過去の過ちを責めているようで居たたまれなくなった。
しかし生まれた後悔は、頬を撫でるジークの問いによって霧散した。
「なんで……僕を殺しに来ないんだ?」
「……は?」
きっと今の私は、前世で見たハァ? と問う猫と同じような声が出ただろう。
聞こえていないと勘違いしたのか、ジークは私に顔を近づけて発言を繰り返す。
「なんで僕を殺しに来なくなったんだ? あんなにも僕を殺したがっていたのに」
「えっ……何で殺しに行かないと……いけないんですか?」
質問に質問で返してしまった。
いやだって、意味が分からなかったから。
私の頭の中で、ハァ? ハァ? と尋ねる猫の大合唱が響き渡る。
だけど戸惑っているのはジークも同じみたいだ。っていうかむしろ彼の方がショックを受けているっぽい。微笑みが消え、双眸を見開いてこちらを凝視している。
いや、だから何その顔……
時折、激しく瞳を瞬かせる以外の動きを見せないため、私を殺しに来ているジークの心変わりを期待して、先に謝罪することにした。
「あのっ、私、知ったんです! 父を殺したのがあなたじゃないことを……」
ジークは何も言わない。
でも必死で言葉を紡ぐ。
「今まで、あなたの命を狙って本当にごめんなさい。謝って済む問題じゃないとは分かっています。だから私を探していたんですね? 見つけ出し、あなたの命を狙った報いをうけさせるために……」
命を狙っただけでなく、彼の優しさを、逃亡という形で踏みにじったのだ。
逃亡する前に、一言彼に御礼でも言えば、状況も変わっただろうに。あのときの私は、死亡エンドから逃れることしか頭になかったからなあ……
ここでようやくジークの唇が動いた。
「……敵じゃないと分かったから、もう僕の命は狙う必要がなくなったってことか? だから僕の前から姿を消したってこと?」
「は、はい……」
改めて考えると、自分の命惜しさとはいえ姑息なことをしたと思う。
人の命を狙っておいて報復が怖いだなんて、自分勝手にも程がある。相手を殴っていいのは、殴り返される覚悟がある奴だけなのに……
ほら、私の頬に触れるジークの手が震えてる。
私のあまりの身勝手さに怒りを感じているのだろう。
……逃げずに、ちゃんと向き合えば良かった。
私は、また過ちを犯してしまった。
真っ当に生きるのなら、過ちをきちんと清算すべきだった。
――もう私は、逃げない。
ジークに……そして自分の罪に、ちゃんと向き合おう。
その結果、命を失っても……仕方がない。むしろ二年も長く生き、良い人たちと巡り会えたんだから、悪の組織に利用されて殺されるよりも何倍もいい。
こちらを見下ろしたまま何も言わない彼を、真っ直ぐ見据える。
「……でも、もう逃げません。私はあなたとちゃんと向き合います」
私の言葉に、ジークの瞳が僅かに揺れた。そして、確認するかのように、形の良い唇がゆっくりと言葉を紡ぐ。
「もう逃げない? 僕と……向き合う?」
「はい。責任をとらなければならないと思いましたから」
もうすでに、物語の筋書きは変わってしまっている。
本来なら、既に倒されているはずのボスもピンピンしているし、ゲームの進行だってあきらかにおかしい。
きっと、彼が冒険を放り出し、私を殺すために追ってきたからだ。
私が筋書き通り、死んでいればこんなことにはならなかった。
所詮、私はサブイベント令嬢。物語に彩りを添える程度の存在。
ならばせめて彼の心残りを解消し、安心して魔王討伐に旅立てるように――
「この命を、あなたに差し上げます」
命で贖うしかない。
私は目を閉じた。
彼が剣を抜き、それをいつ私に突き立てるのかを想像して。
しかし激痛の代わりにやってきたのは、顔のすぐそばにきた人の気配と、唇の上にのった温もり。
――いや、乗るだけで終わってない!
ぬるっとした物が唇を這い、隙間から口内に侵入してくる。それはクチュクチュと音を立てながら、私の舌に絡みついてきた。
口の中がいっぱいにされる。
息ができない。
抵抗しようとすればするほど、激しく絡みついてくる。
淫靡な音をたてながら口内を蹂躙するそれが離れた。呼吸を止めていたことに気付き、貪るように空気を吸い込む。大きく肩で呼吸をしながら視線を上――私からすれば前だけれど――に向けると、ジークのどアップがあった。
四つん這いになって、私の身体の上に覆い被さっている。
私を見下ろす彼に、今から報復をするような残忍さや怒りはない。唇についた唾液をぺろっと舐めると、ただただ嬉しそうに目を細めてながら口角をあげた。
「嬉しい……リタから告白されるなんて……君も、僕と同じ気持ちだったなんて……」
……ハァ?
私の中の猫ちゃんたちが、一斉に声をあげた。
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