ユリQ

小日向葵

ユリQ

 まさか、まさかだった。


 学校で【自分の名前の由来を調べなさい】という宿題が出たので、まずは夕飯の支度をしていたお母さんに訊いてみたのだ。ランドセルも置かずにそう聞く私に、顔をしかめるお母さん。


 「お父さんに聞きなさい。お父さんがどうしても、って譲らなかったのよ」


 お母さんはそう言った。お父さんが会社から帰ってくるまで、まだあと一時間もある。私は竹を編んで作った籠からラムネの小袋をひとつつまんだ。この竹細工の籠は、お婆ちゃんが送ってくれたものだ。他にもテレビやエアコンのリモコンを入れるのにも使っている。


 お母さんが語ろうとしない、私の名前の由来。ひょっとしてお父さんの初恋の相手?だったらなんだかきまずいし、ちょっとデリカシーもないと思う。結婚相手がいるのに昔好きだった人の名前をつけるなんて、すごく嫌だ。


 しばらくしてお父さんが帰って来た。お父さんがお風呂から上がって、夕食になる。両親と私、そして妹の明子、四人で食卓を囲む。


 「ねえお父さん」


 私は意を決して口を開いた。


 「なんだ?」

 「あのね、学校で宿題が出たんだけど。私の名前の由来って、なに?」


 私の名前は由利子。ユリとかユリっぺとも言われるけれど、花の百合とは字が違う。


 「由来?」

 「だってほら、お花の百合とは字が違うでしょ」

 「そうだなぁ、確かに違うな」


 お味噌汁を飲みながら、お父さんは言う。


 「由利子っていうのはな、ウルトラQのヒロインから付けた」

 「ウルトラ?Q?」


 なんだろうそれ。ヒロインなんだから悪い人ではないと思うけど。


 「元気で活発で明るくて、でも女の子らしくて。父さん大好きだったんだ」

 「それって何?アニメ?映画?」

 「特撮番組だよ、昔のね。ウルトラマンなら知ってるだろ?」


 ウルトラマンという名前なら、なんとなく知ってる。銀と赤の宇宙人で、なんか光線を出して怪獣をやっつけるやつだ。男の子がウルトラマンと仮面ライダーと、あともう一個プリキュアの男版みたいなので騒いでいたっけ。


 「ちなみに明子は、ウルトラマンに出てくる隊員の名前から貰った」

 「えー」


 妹が露骨に嫌な顔をする。


 「明子隊員はとてもすごい人なんだぞ。美人で仕事もできて。そう言えばお前たちには観せたことがなかったな、後で観よう」



 そうして夕食後、半強制的なお父さんのブルーレイコレクション上映会が始まった。



 「うわっ白黒だ」

 「まだカラーじゃなかった時代なんだよ」


 おどろおどろしい音楽で始まったウルトラQ。隕石が降って来たとかで、面白い形のヒゲをした老博士とかその助手みたいな二人組の男の人が出て来た。ダム湖に沈んだ村の説明をする女性も出てくる。


 「この人?」

 「違うよ」


 まんじょうめくん、と助手の人はヒゲの博士に呼ばれている。変な名前。そして場面は進み、ダム湖に大きな隕石が落下してお話は進んでいく。白黒の映像なのに引き込まれる。妹も、口をあんぐりと開けたまま画面を見ている。


 【先輩、ついでにユリちゃんに連絡しとくと、奴さん喜びますよ】


 ヒゲ博士の助手Bがそんなことを言った。やっとご対面かな。場面が何度か切り替わって、会社の事務所になった。なんだか新聞社らしい。本でしか見たことのない黒電話が回される。


 【ユリちゃん】

 【あっ、どうも、もしもし?ああジュンちゃん】


 髪を掻き上げながら電話に出る女性。


 「この人が江戸川由利子って言って、このシリーズのヒロインなんだよ」


 お父さんは嬉しそうに言った。


 その後お話は進んだ。打ち上げられた船の中に取り残された女性たちを博士と助手が救い。隕石から出た変な形の怪獣は、大学の研究室に行った由利子さんの活躍もあって動きを止めた。


 「この作品の時代には、女性の社会進出なんてまだまだだったんだ。でもこの人は新聞記者として活躍してる。お父さんは由利子にもそういう人になって欲しかったんだよ」


 なんか言ってることはそれっぽいけれど、ちょっと違う気もする。


 「で、明子はこれだ」


 お父さんは次のディスクを機械に入れた。今度はカラーだ。ウルトラマン。オレンジ色の隊員服が目に眩しい。


 「これがフジアキコ隊員だ」


 お父さんが指さすその人は巨大化させられて、ビルを壊していた。


 「あれ?さっきの人と同じ女優さんね?」

 「よく気づいたね、そうなんだ。同じ人が演じているんだよ」


 私服と隊員服で印象がずいぶん変わるけれど、妹は悪い宇宙人に操られてビルを壊す巨大フジアキコ隊員に不満顔だ。


 「あたしこんなおっきくならないしビルも壊さない」

 「でもお父さんこの回大好きなんだよ」


 なんか黒い宇宙人とウルトラマンの戦いは、途中で終わった。宇宙人同士が戦っても仕方がない。まあ確かにそうだろうけれど、巨大化させられたフジアキコ隊員はちょっと可哀想だったし、それを由来で大好きなお話だと言われた妹も可哀想だった。


 「というわけだ。宿題は、これでできるか?」

 「うん」


 私はがっくりきた。つまりはテレビドラマの役名からの、引用だったわけだ。昔の偉人とか故事成語とか、そういうのじゃなかった。発表したら笑われるだろうな。





 そして翌日、私は【ユリQ】という渾名を頂戴することになってしまった。それまでの【ユリっぺ】とどっちがマシだろう。


 私は子供に、ちゃんとした名前を贈ろう。そう固く決意するのだった。





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ユリQ 小日向葵 @tsubasa-485

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