第4話 夫との対面

 シャルロッテ様としてトルライン侯爵邸にやってきた私でしたが、ダミアン様の予想された通り、疑われることはありませんでした。


 ダミアン様がご挨拶を終えて侯爵邸を出た後、客間に通された私を待っていたのは、一人の男性。


 長く青い髪をゆったりと結わえた、美しい方でした。華やかさの中に穏やかさを兼ね揃えています。

 私の姿を見つけると赤い瞳を細めながら立ち上がり、優雅な所作で一礼をされました。


「遙々お越し頂き、ありがとうございます。私はヴェッセル・トルラインと申します」


 驚きました。

 シャルロッテ様や奥様、私自身が想像していた魔術師と真逆にあるお姿でしたから。


 私は付焼刃で身につけたマナーを思い出し、慌ててカーテシーをしました。


「初めまして、トルライン侯爵様。シャルロッテ・ベーレンズと申します」

「ヴェッセルとお呼びください、シャルロッテ嬢」

「ありがとうございます、ヴェッセル様……」


 シャルロッテ様の名を呼ばれ、心臓が大きく脈打ちました。


 私は今、ヴェッセル様を騙している。

 ベーレンズ伯爵家の血が一滴も流れていない、どこの馬の骨とも分からない女が侯爵様を騙している。


 罪悪感と恐怖で心がいっぱいなりました。

 しかし同時に思うのは、ベーレンズ家に残してきた弟アールトのこと。


 もし失敗すれば、アールトがどのような目に遭わされるか……


 ヴェッセル様には申し訳ありませんが、私はシャルロッテ様を演じ続けました。


「突然で驚いたでしょう」


 ヴェッセル様は微笑みながら、婚姻が決まった経緯を説明してくださいました。


 彼は、先の戦争に貢献したことで国王様に気に入られていました。

 国王様は、二十六歳になっても独り身である彼を心配し、この度の縁談を独断で進め、王命として両家に伝えたのです。


 王命となれば、さすがのヴェッセル様も従うしかありません。

 だからシャルロッテ様――私を受け入れたとのことでした。


「こちらの都合で振り回し、本当に申し訳ありません。国王に働きかけ、何とかこの婚姻を解消し、お詫びにあなたには相応しい方をご紹介いたします。それまでご辛抱頂けますでしょうか?」


 ヴェッセル様は微笑みながら、私に謝罪されました。

 偽物である私に、彼を責める資格はありません。罪悪感が再び湧いてきて、頷くだけで精一杯でした。


 私たちは慣例に倣い、婚姻届に互いの血判を押しました。

 こうして偽物の私は、トルライン侯爵夫人となったのです。


 形だけの夫婦であるため、私は敷地内にある別邸で生活をするように言われました。


 私の世話をするのは、女性の形をした黒い影たち。ヴェッセル様の魔術で作った存在だそうです。実体はあるのに、突然フッと消えたかと思えば、どこからともなく現れる不思議な者たち。


 初めは驚きましたが、黙々と働く姿にかつての自分が重なり、いつの間にか恐怖は親近感へと変わっていました。


 十日間ほど、平穏な日々が続きました。

 ですがある夜、一人で庭園を散歩していたとき、突然目が布で覆われ、視界が奪われたのです。


 悲鳴をあげようにも何故か声が出ず、口をパクパクした状態で誰かに連れて行かれてしまいました。


 ドアが開く音がしたかと思うと、私は中に突き飛ばされました。その拍子に目許を覆っていた布が緩み、視界が開けました。


 顔をあげた先にいたのは、倒れた私を見下ろす白い髪の青年。


「俺はチェス。ヴェッセルの弟だ」


 一方的に名乗った彼は、私を憎々しげに睨みつけながら言い放ったのです。


「お前、シャルロッテ・ベーレンズじゃねーだろ。偽物が」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る