第3話 身代わり

「嫌よ! 魔術師なんかに嫁ぐなんて、絶対に嫌‼」


 シャルロッテ様の声が部屋に響き渡りました。

 可愛らしく巻かれた金髪は、何度も首を激しく振ったせいで乱れています。青い瞳が旦那様と奥様を睨みつけました。


「何でこの私が、気味悪い魔術師なんかに嫁がなければならないのよ! きっと変な術の実験台にされて殺されるわ‼」

「だがこれは『ベーレンズ伯爵家の娘をトルライン侯爵に嫁がせろ』という王命なのだ。それに魔術師とはいえ相手は侯爵家。上手く行けばベーレンズ家の発展にも繋がる」

「ヴェッセルって、この間の戦争で一番功績をあげた魔術師でしょ⁉ 一番人を殺した人間でしょ⁉ 侯爵なのに社交界にも滅多に顔を出さないっていうし、陰険で気持ち悪い人間に違いないわ!」


 シャルロッテ様はベッドの端に身を寄せ、枕を抱きしめながら叫んでいます。奥様も娘の言葉に頷き、憐れみの表情を浮かべました。


「そうですよ! 可愛いシャルロッテを、侯爵家とはいえ魔術師に嫁がせるなんて!」

「何をいっておるか! この婚姻は王命だ! どっちみち従うしかないのだ!」


 ダミアン様の怒声を聞いた奥様は泣き崩れ、シャルロッテ様は抱きしめていた枕を投げつけました。


 私は、三人のご様子をただ黙って見ていたのですが、ふと視線を感じました。


 視線の主は、シャルロッテ様。

 顔には薄い笑みが浮かんでいて、嫌な予感が私の背筋を撫でていきました。


 嫌な予感は、四日後、的中したのです。


「た、大変です! シャルロッテ様がいらっしゃいません‼」


 朝、いつものようにお嬢様を起こしにいくと、ベッドの中はもぬけの殻。服や装飾品も無くなっていたのです。


 閉まっていたはずの窓が開いていたため、当初は誘拐かと思われたのですが、後にお嬢様の書き置きが見つかりました。


『魔術師となんて結婚しません。シャルロッテは出ていきます。どうしても嫁がせたいなら、テレシアでも差し出せば?』


 シャルロッテ様は、ご自身の意思で家出をされたのでした。外にほとんど出たことのないお嬢様が、家出など出来るわけがありません。

 恐らく、手引きした者がいたのでしょう。


 ご主人様は激怒し、すぐにシャルロッテ様の行方を捜しましたが、見つかりませんでした。


 刻一刻と、トルライン家へ嫁ぐ日が迫っています。


 王命を果たせなければ、ベーレンズ伯爵家はどうなるのでしょうか?

 伯爵家に何かあれば、私たち姉弟も……


 不安に思う日々が続く中、私はダミアン様に呼び出されました。


 部屋に入るなりダミアン様は、私の頭のてっぺんから足のつま先まで、何度も何度も見てきました。そして一通り私を観察し終わった後、仰ったのです。


「シャルロッテが行方不明になったのは、お前が娘の計画を食い止めなかったからだ。罰として、お前がシャルロッテとしてトルライン家に嫁げ。幸いお前は、シャルロッテと同じ年齢、それに髪色や瞳の色も同じ、それに見目も悪くはない。シャルロッテは社交界デビューもしていなかったし外にも出さなかったから、バレることはないだろう」

「……む、無理です!」

「断る選択肢はお前には無い。孤児になったお前たち姉弟を、今まで誰が面倒を見てやった? もしお前の正体がバレればここに残った弟がどうなるか……分かっているだろうな?」


 旦那様の重々しい声が、威圧感のある視線が、本気であることを伝えていました。


 私が断れば、弟がどうなるか……

 私たちに降りかかる恐ろしい未来を思うと、首を縦に振るしかありませんでした。

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