観察者たち

 ユカは、岡島の言葉が頭から離れなかった。



「あなたも、気づいちゃったんですね。だったら、きっと……次ですよ」



あれは“脅し”だったのか、“忠告”だったのか。

だが確かに、彼は「自分が殺した」とは言っていなかった。


その夜。

ユカはノートを手にしながら、録音アプリを起動した。


「記録者さん。もしこれを見ているなら、聞かせてほしい。あなたは、私を見ているの? それとも、誰かを見せようとしてるの?」


 沈黙。返事はない。


 だが、次の朝――ノートには新しい記述があった。


 01:17 録音を開始

 01:18 “彼女”はまだ知らない

 01:19 壁の内側が動いた

 01:21 “あの部屋”の扉が、ゆっくりと開いた


「あの部屋」?

 ページの隅に、小さく数字が書き込まれていた。


「201」


 ――自分の部屋だった。


 ユカは思わず立ち上がり、部屋の隅々を確認しはじめた。

 クローゼット、洗濯機の裏、キッチン下、天井の点検口。…だが、何も見つからない。


 だが、ふと――廊下に出ると、隣の302号室の前に人影が立っていた。


「…岡島さん?」


「こんばんは」


 暗がりの中で、彼は微笑んでいた。まるで、待っていたかのように。


「あなた、…何をして――」


「音を聞いてたんですよ。壁の。…中から、変な“音”がしてた」


「壁の中…?」


「佐伯さんが死んだ夜も、同じ音がしてたんです。ごそ、ごそ、ごそって…生き物じゃない。“人の手”みたいな動き。何かが這ってるみたいな」


 ユカの背中がぞわりとした。

 でも、それは「幽霊のような恐怖」ではない。


 誰かが、人間が、隠れている――そんな恐怖だった。


 岡島がぽつりと続ける。


「僕はただ、見てるだけなんです。見ることで、少し安心できる。けど、あの“書き手”は違う」


「……見てるだけ、じゃないの?」


「うん。あいつは……“見せたい”んですよ。僕らに。何かを。きっと、“本当の顔”を」


 ⸻


 岡島は去っていった。

 その夜、ユカは眠れなかった。


 時計の針が0時を指したとき、ノートが静かにページをめくるように風に揺れた。


 そこには、こう書かれていた。


 0:00 記録、再開

 0:01 “犯人は、すぐそばにいる”

 0:02 次の犠牲者は、まだ知らない

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