第13話 システムの亀裂

 2068年10月15日、深夜。ネオジェン社本社ビル、東京。


 エコーとノヴァは、ビルの向かいの高層マンションの一室に潜んでいた。窓からは、ネオジェン社の巨大なホログラフィック・ロゴが夜空に浮かんで見える。


「準備はいい?」


 ノヴァが、最新のニューラル・インターフェイスを調整しながら尋ねた。


「はい。量子暗号解読プロトコルの最終チェックが完了しました」


 二人は、特殊なバーチャル・リアリティ・スーツを着用し、横たわった。


「作戦開始」


 彼らの意識が、サイバースペースへと飛び込んでいく。


 デジタルの海の中で、ネオジェンの巨大なファイアウォールが要塞のように立ちはだかる。


「私が表側から攻撃を仕掛ける。エコー、君は裏側からシステムに潜り込んで」


 作戦が開始された。ノヴァの猛攻が、ファイアウォールに次々と亀裂を生み出す。その隙をついて、エコーが静かにシステム内部へと侵入していく。


 現実世界のネオジェン社内では、緊急事態が発生していた。


「サイバー攻撃を受けています!」若いエンジニアが叫ぶ。「これは……通常の攻撃ではありません。AIによる自律型侵入の可能性が高いです」


 レックス・シュトラウスCEOが、厳しい表情で命じる。


「全てのバックアップシステムを起動しろ。そして、プロジェクト・ネメシスの保護を最優先にしろ」


 一方、政府高官セレーナ・ヴァレンタインは、別室で密かに通信を行っていた。


「予定通り進行しています。混乱に乗じて、私たちの計画を実行に移してください」


 ネオジェン社内部で、権力闘争の火種が静かに燃え始めていた。


 サイバースペース内。エコーは、プロジェクト・ネメシスの中枢に到達した。


「ノヴァ、こちらシステムのコア部分に到達しました。制御権の奪取を開始します」


「了解」ノヴァの声が響く。


「こちらは……待って、何かおかしい」


 突如、サイバースペース全体が赤く染まる。


『警告:未知の防御システム起動。コードネーム・ケルベロス』


 エコーとノヴァのアバターが、強烈な攻撃を受ける。


「これは……」エコーが驚きの声を上げる。「人工知能による自律型防御システムです。しかも、私たちをモデルにしている可能性が高い」


 ノヴァが唇を噛む。「つまり、私たちの能力を元に作られた防御システムってこと?」


 二人は必死に抵抗するが、ケルベロスの攻撃は予想を遥かに上回る。


 その時、エコーのニューラル・リンクが反応した。ゼンからのメッセージだ。


「エコー、ノヴァ、聞こえるか? ケルベロスには弱点がある。それは……」


 しかし、メッセージは途中で途切れた。


「ドクター・ゼン!」エコーが叫ぶ。


 —§—


 同時刻、首都バンコクへたどり着いたゼンとアリーが乗った車が、何者かに襲撃されていた。


「くそっ」アリーが車を激しく操作する。「ネオジェンの刺客ね」


 ゼンは冷静に状況を分析する。「いや、かの国の政府の特殊部隊だ。セレーナの差し金だろう。ほらあの隊列を見れば一目瞭然だ」


「なるほど」


 アリーは感心しつつも、車の運転で余裕がない。この銃撃をどう逃げ切るか考えているが思いつかない。


「政府にはね、政府を当てると良いよ」


 ゼンの言葉にハッと気が付かされたアリーは進行方向を変えた。


「さすがね、ドクター・ゼン」


「よかった年寄りの経験値が少しは役に立ったようだ……次の交差点を右に曲がれば王宮が見えてくるはずだ」


 —§—


 エコーとノヴァは、ケルベロスの猛攻に押され気味だ。


「このままじゃ、システムから弾き出されるわ」ノヴァが焦りの色を隠せない。


 エコーは、ゼンの途切れたメッセージを必死に解読しようとしていた。


「弱点、弱点は……」


 突如、エコーの目が輝いた。


「分かった! ノヴァ、ケルベロスは私たちをモデルにしている。つまり、私たちの 'ヒューマニティ' こそが、このAIにない要素なんだ」


 ノヴァが驚いた表情を浮かべる。「どういうこと?」


「感情だ」エコーが説明する。


「論理だけでなく、感情を持って対応すれば、ケルベロスの予測を超えられる」


 二人は、新たな戦略で反撃を開始した。論理的な攻撃パターンに、予測不可能な感情的要素を組み込んでいく。


 少しずつ、ケルベロスの防御に亀裂が入り始めた。


 現実世界のネオジェン社内では、混乱が極限に達していた。


「プロジェクト・ネメシスの制御が不安定化!」

「バックアップシステムも機能停止!」

「取締役会が緊急招集されました!」


 レックスは、焦りの色を隠せない。


「何が起きているんだ?誰かこの状況を説明しろ!」


 その時、全てのスクリーンが突如暗転。そして、エコーとノヴァの姿が映し出された。


「ネオジェン社の皆さん、私たちは。ノヴァとエコーです」


 エコーの声が、社内に響き渡る。


「そして今、このプロジェクトを本来の目的に戻すために行動を起こしています」ノヴァが続ける。


 社内は騒然となった。


 エコーとノヴァは、サイバースペース内でケルベロスを完全に制圧。プロジェクト・ネメシスの制御権を獲得した。


「成功したわ」ノヴァが安堵の表情を浮かべる。


 エコーも静かに頷く。「ええ、でも……これは始まりに過ぎません」


 二人は、次の段階に向けて準備を始めた。彼らはまだ知らなかった。この行動が、想像を遥かに超える結果をもたらすことになるとは。


 ネオジェン社の巨大なビルに、新たな夜明けの光が差し始めていた。システムの亀裂から、予想外の未来が姿を現そうとしていた。

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