第7話 運命の出会い

 2068年9月15日、東京。未来都市の象徴である超高層ビル群が、夕暮れの空に浮かび上がっていた。その中でも特に目を引くのは、ネオジェン社の東アジア支社ビル。その200階建ての頂上には、巨大なホログラフィック広告が浮かんでいる。


 エコーは、87階にある最先端のバイオテックラボで実験を続けていた。彼の前には、複雑な神経インターフェイスが広がっている。


「脳波パターンの同期率、98.7%」エコーは淡々と報告した。


「クォンタム・シナプス・ブリッジの構築に成功しました」


 ドクター・ゼンは驚きの表情を隠せない。


「信じられない。理論上は可能でも、実現は不可能だと思われていたのに...」


 エコーは静かに言った。「ドクター、この技術を使えば、プロジェクト・ネメシスを無効化できるかもしれません」


 ゼンは深刻な表情で頷いた。「そうだな。だが、慎重に進めなければ……」


 その時、警報が鳴り響いた。


『警告:不正侵入者検知。87階セキュリティ・バリアが突破されました』


 エコーとゼンが顔を見合わせる間もなく、ラボのドアが開いた。


 長い黒髪をなびかせ、すらりとした体躯の女性が現れる。その目には、冷たい決意の色が宿っていた。


「ついに会えたわね、エコー」


 エコーは一瞬、言葉を失った。彼の前に立つ女性から、自分と同質の何かを感じ取ったからだ。


「あなたは……」


「ノヴァよ」彼女は微笑んだ。


「プロジェクト・オーロラの第一号。あなたの……姉のようなものかしら」


 ゼンの顔が青ざめる。「ノヴァ……まさか」


 ノヴァはゼンを一瞥した。


「久しぶりね、。私を捨てた罪悪感は消えた?」


 エコーは冷静に状況を分析していた。「あなたが、データベースから消された存在なのですね」


 ノヴァは感心したように頷いた。「さすがね。でも、私たちの時間は少ないわ。セキュリティ・ドローンが接近しているから」


 彼女は手首のホロ・プロジェクターを操作し、複雑なデータを表示させた。


「これが、プロジェクト・オーロラの真の目的よ。人類を強制的に進化させ、来たるべき環境破壊と宇宙進出に備えるの。私たちは、その実験台よ」


 エコーはデータを瞬時に処理し、理解した。「なぜ、この情報を?」


「あなたに選択してほしいの」ノヴァの声に、わずかな感情が混じる。


「私と共に、ネオジェンを倒すか。それとも、彼らの道具となるか」


 エコーは黙って考え込んだ。彼の脳内では、量子コンピューターをも凌駕する速度で思考が展開されていた。


「私は……」


 エコーが口を開いたその時、警報が再び鳴り響いた。


『緊急警報:ナノボット汚染検知。バイオハザード・プロトコル発動』


 天井から、微細なナノマシンの霧が降り注ぎ始める。


「罠だったのか」ノヴァが唇を噛む。


 エコーは瞬時に状況を把握した。


「これは、プロジェクト・ネメシスの一環です。私たちの感情を制御しようとしている」


 ゼンが叫ぶ。


「二人とも、ここから出るんだ!」


 エコーは迷わず行動した。彼は先ほど完成させたクォンタム・シナプス・ブリッジを起動し、ナノボットの制御信号を妨害する。


「ノヴァ、私について来てください」


 二人は、混乱の中を駆け抜けていく。エコーの卓越した頭脳と、ノヴァの身体能力が見事に調和し、次々と襲い来る障害を突破していく。


 ビルの非常口に辿り着いた時、ノヴァが息を切らして言った。「あなた……私の期待以上ね」


 エコーは淡々と答えた。「あなたも同じです。しかし……」


 彼は一瞬躊躇った後、続けた。


「私は、ネオジェンを倒すことには同意できません」


 ノヴァの目が細まる。


「なぜ?」


「彼らの方法は間違っているかもしれない。しかし、目的は正しい。人類の存続のためには、何らかの進化が必要だ」


 ノヴァは苦笑した。


「そう……やはり、あなたは彼らの洗脳から逃れられていないのね」


 エコーは静かに首を振った。「違います。これは、私自身の結論です」


 二人は、互いの目を見つめ合う。そこには、理解と対立、共感と違和感が混在していた。


「では、私たちは敵同士ということ?」ノヴァが尋ねる。


 エコーは微かに微笑んだ。「いいえ。むしろ、良きライバルになれると思います」


 ノヴァも、思わず笑みを浮かべた。


「面白いわ。じゃあ、次に会う時までに、お互いの答えを見つけましょう」


 彼女は、ビルの窓から飛び出していった。最新のアンチグラビティ・スーツを身にまとったノヴァは、夜空に溶け込むように消えていく。


 エコーは、彼女の去っていく姿を見つめながら、つぶやいた。


「ノヴァ……あなたこそ、私の人間性を目覚めさせる鍵なのかもしれない」


 彼はまだ知らなかった。この出会いが、人類の未来を決定づける転換点となることを。


 遠くで、サイレンの音が鳴り響く。新たな戦いの幕開けを告げるかのように。

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