天狗5
白い病室に真っ赤な血溜まりが広がる。
部屋中に無数に散らばっている肉片は原型が分からなくなるまで切り刻まれた赤ん坊だったモノだ。
夥しい量の血。噎せ返るほど濃密な血の匂い。
この惨劇を作り出したのは自分だ。
必ず居るはずの自分の子供を探していた。
1人、1人、丁寧に確認した。
確認して、違うと分かれば、これは要らないものだとバラして捨てていく。
喚き散らす赤子の声が不快で煩わしがったからだ。
夢。
現実。
夢だったとは到底思えない記憶がある。
赤子の鳴き声は耳にこびりついているし、切り刻んだ肉の感触がこの手に残っている。
「ツムジお姉ちゃんは怖い夢を見ていただけだよ」
「…………そ、そうッス、よね」
夢。夢だった。それでいい。それの方がいい。
自分は何故あんな真似をした。
いやしていない。アレは夢だった。夢だったのだ。現実じゃない。自分はあんな真似をしていない。していないのだ。
狂っていた。狂ってしまった。狂わされた。
何故。
「よしよし」
「……あっ」
暖かな温もりに包まれる。
優しく抱きしめられて、幼子をあやす様に頭を撫でられる。
荒れた心が落ち着きを取り戻していく。安心する。ただこの温もりに身を任せていたいと、それだけしか考えられなくなってくる。
「……蓬くん」
「なぁに?」
「急に居なくなったりしないッスよね?」
「大丈夫。大丈夫」
「ずっと一緒に居て欲しいッス」
「いいよ」
嘘をつかれてる様子は無い。
だが、返事がーー軽い。
そんなことは無い。
だが、そう感じてしまった。
心に巣食った不安の種が疑心暗鬼を呼んだ。
『騙されたんですよ』
部下の言葉が脳裏を過ぎる。現実でそんなことは言われてはいない。言われていないはずの記憶なのにハッキリと思い出せる。
違う。
騙されてなどいない。
現にこうして抱き締めてくれている。
それについさっきまで激しく愛を語り合っていた。その余韻はまだ結合部に残っている。
幸せだ。幸せだろう。
だが。
この幸せは果たしてずっと続くのか?
この先もずっと一緒に居てくれるのか?
飽きて捨てられてしまう可能性が無いと言い切れるか?
もし捨てられてしまったら。
その時は。
血溜まりの上で狂ったように笑う自分の姿がフラッシュバックする。
イヤだ。あんな風にはなりたくない。あんな事はしたくない。
イヤだ。
喪失への恐怖、自分が自分ではない本物の化け物になってしまうことへの恐怖が胸を締め上げる。
「蓬くん……。なにか自分にして欲しいこととか……ないッスか?」
「特にないよ」
「そ、そうッスか……?も、もし、自分になにかして欲しいことがあったら遠慮なく言って欲しいッス!自分、蓬くんのためなら何でもするッスよ……!」
「それじゃ何かあったらお願いしよっかな」
「はいッス!あ、ああ、あと……!なにか困ってることとか……それと、それと……。そうだ!なにか欲しいモノとか無いッスかね?自分こう見えて高給取りなんスよ!金ならあるッスからなんでも買ってあげるッスよ!」
「欲しいモノも特にないかな」
「そっ……そう、スか……」
「あっ。でも強いて言うならツムジお姉ちゃんが欲しいかな」
「じ、自分ッスか……?」
「ツムジお姉ちゃんの全部が欲しいな」
「自分の全部……そんなんでいいんスか?それならもう全部あげちゃうッスよ!」
「ありがとうツムジお姉ちゃん。これでツムジお姉ちゃんは俺のモノだね」
「はいッス!自分はもう蓬くんのモノッスよ!」
だから。
捨てないで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます