第7話 飛鳥川原 葛城皇子の宮
川沿いに北へと行くと
こうして北からも南からも、蘇我に見下ろされる。葛城にとっては王宮との位置関係以上の不満材料だ。
この日、葛城皇子は王宮で私を待ち構えていた。そして
南北の戸を開けて風を通すと、室内でも思いのほか涼しい。日も高い内から出て来た酒を口にして、最初は他愛もない世間話をしていた。ところが気が付けば、私の身の上話に移行する。
「今更に言う事でもないが、俺には根を下ろす場所がない。それ以前に根もないのやも知れぬが」
机上に頬杖を突く私は、橘寺の堂宇を眺めながら愚痴を言う。
「何やら
窓際の椅子にふんぞり返るように座る葛城は、腕を組んで顎を突き出し気味に苦笑する。
「戯けているというよりも、無節操なのだろう。落ち着ける場所があるのなら、特に相手も選ばぬというところだ」
「要するに
「御身の味方か」
少し前にも、この男は同じような事を言った。
「私はいずれ事を成す」
「しかし、まだその時ではないのだろう」
「勿論、時を選ぶ事は肝要だ。まずは人材の確保をせねばならぬ」
「俺は人材か」
「御身、
突然に変わった話に脈絡が見えず、私は葛城の顔を見返す。
「大きな声では言えぬ。御身を身内と思うて話す。
「御身の
「御身が根を下ろす場所を与えてやる」
大兄になるという事は、いずれ即位を見越している。
「意外だな」自らの想像がおかしくて、つい口に出す。
「何がだ」然も怪訝そうに葛城は問い返す。
「御身からは反対されているのかと思っていた、間人との事は」
「まあ、諸手を挙げて賛成はしておらぬ。だからと言うて、他の誰が妹に相応しいのか、私としては決めかねる。何よりも一人でも多く味方が欲しい、こちらが本音だな」
「俺を味方にすれば、
「そうだな、それも期待したい」
秦氏も東漢氏も、遥か昔に半島から倭国に渡って来た一族の末裔だ。大和の朝廷から
「だが俺自身は、蘇我本宗家からは
東漢氏や秦氏の首長格の家は、蘇我氏より目をかけられ、配下同然に従う。それを見る父も、蘇我氏の事は常に立てている。今のところその力関係は、いずれにも利がある。
「不肖の息子ならば私も同じ、御身とは似た者同士だ。御身の父上の態度にしても、極めて当たり前だ。亡命者がその国の実力者を頼って何が悪い。大君は蘇我以上に頼るべき存在、その事も認識されておられよう。私としても
葛城の呼んだ
このため、百済の臣下らは今でも、王になるはずだった父を、正当な跡取りとして糺解と呼ぶ。
「俺としては蘇我は頼りたくない。だが、伯母上と御身の事は頼っているつもりだ」
「そうだ、大いに頼れば良い。糺解の立場は置いておき、年の近い若者同士が友好をはぐくむ。これを快いと思う輩も多かろう」何やら軽い調子で葛城は言う。
「互いに友達の少ない者同士か。しかし、俺ごときがどれ程の力になる」
「力としては未知数だな。だが私は、御身のようなどこ付かずの者にも親愛を示す、心根の優しい皇子と見られるであろう」益々、軽口が増す。
「昼間から酒が入り過ぎているな、御身」
「冗談くらい付き合え、面白うない
「若い女たちに注目されるな、心優しい皇子様として」
「分かっておるな、豊。いずれにせよ、私が目論むのは次世代の権力だ。同じ目論見を持つ者に先んずるには、広い視野を持つ。そして偏らぬよう見て考える」
表情を窺う限り、どこまでが冗談で、どこからが本気なのかが分からない。この童顔気味の女顔は要注意だ。
「
「あの
「いずれ出し抜くか。まあ、励んでくれ」
「本気にしておらぬな、
葛城は椅子の背から身を起こし、机上の
少なくとも分かっているのは、葛城は私よりも遥かに世間を知っている。そして、人脈も持っている。
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