第6話 故国の事 王室の事
父はいつでも
「
「いいや、
愚痴をこぼしながらも腕を伸ばし、間人の頭を引き寄せる。
一昨年の泗沘での政変により、私達一家は亡命者となった。今、百済と倭国の間に正式な国交はない。わずかに
「そのようなややこしい問題は、私にはどうでも良い事よ。私を妃にして下さるのなら、
笑いながら間人は、私の胸元に額を押し付ける。
「それが難しいのだよ」髪の匂いを嗅ぎながら私は呟く。
「どうしてなの。私も貴方もその気なのに」
「
楽観的に考えれば、葛城皇子くらいは、野心のために味方になってくれるかもしれない。
「嫌な事を言われるのね、母様が許すと言われれば、皆も従うでしょう」
私の体を押し返し、薄暗がりの中で間人は顔を上げる。黒目勝ちの目が細められると、薄く整った唇の端が笑いに持ち上がる。この
「伯母上が許して下さるのか、果たして」
「母様も孫ができると聞けば喜ぶのではのうて」
「随分、短絡的な話だな」
「貴方とて、子供の作り方くらい、御存じでしょう」
さらに笑う間人は身をもたげ、私に覆い被さるようにして顔を覗き込む。
「もう幾度も試しているだろう」
背中から流れ落ちる長い髪ごと両腕で抱き取る。耳元で間人の声が囁く。
「私、貴方の事をもっと知りたい。だから貴方も、私の事をもっと知って」
返事をする代わりに腕に力を籠め、折れそうに細い体を抱きしめる。
父や私が正式に倭国に亡命したのは、
祖母という人を私は知らない。祖父の正妃ではなく後ろ盾も弱かったと聞く。しかし、祖父からは最も寵愛され、長子と四人の王女を産んだ事で立場を確立した。この第一王子、
王妃は
ここに突然沸いたのが、倭国からの王女派遣だった。
父も私に同様、親の言う事を聞かない息子だった。祖父や祖母は期待を持っていただろうが、当の本人が権力の座への執着は薄く、魅力も覚えていない。周囲の過剰な期待も、同族で相食む争いも疎ましかった。こうして、いつ戻れるのかも分からない事を承知で、
私の気質は父親譲りだ。だから母は、父も息子も不満に思っていた。しかし母とて、父が王座に即く事を望んではいなかったようだ。都から離れた城の太守にでも任命される、そのような流れを望んでいたらしい。
何にせよ、
私が十六歳になった年、倭国では
太子で第二王子の叔父が即位する。しかし、兄の
この時の倭国の状況も、いささか複雑だった。前年に田村大君が崩御した。間を置かず、百済から国王崩御を伝える使節が来た。倭国からも大君崩御の使者を送らなければならない。倭国の弔問使は、百済に帰る使節と共に筑紫に向かった。そこに泗沘での政変の知らせが舞い込む。危急を告げる早馬が大和に放たれ、都の内は混乱する。その最中、更なる早馬が、亡命者一行の筑紫到着を告げる。
異国の政変を我が国に持ち込むなど、無用の緊張と混乱を招くだけだ。対外的に考えても、我が国に有利に働く要因はない。この様に主張する重臣も少なくない。
しかし、新たな大君として即位した宝大后は、
海を隔てる隣国の内でも、百済が最も倭国とのよしみが深い。今までにも何度か、亡命者を受け入れ、皇族との婚姻もあったという。宝大君自身も、何代か前の祖父か祖母の一人が、百済の王族だという。だから妹の母が、百済に嫁す皇女に選ばれた。そして婚姻関係で結ばれた父や叔母達を、亡命者として受け入れることに逡巡しなかった。
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