第5話 宝大君三(644)年 初夏 三輪にて 家族の事
「新しい
「元の洞には戻るが、新たな物には入ろうとはせぬ」
振り向く父は、
父は倭国に入り切れていない。服装こそ大和の様式に甘んじているが、髪は故国のいた時と同様、
「気長に待てば、別の群れがやって来て入るでしょう」私は愛想笑いで言う。
母蜂は春に新たな母蜂を産むと、元の巣を譲って新たな巣を求める。蜂飼いは洞のある木で作った巣を用意し、離れた母蜂の群れを呼び入れようと試みる。だがこの度は、時季を読み損ねたのか、巣を離れた群れは山野に住処を求めて飛び去ったようだ。
「
「三日か四日の後には」
父は周囲を見渡すように首を巡らせる。
初夏の山は濃い緑に覆われる。大和盆地の東側の地域は
「
「聞いておる。
「そうです。葛城が石川の家に行った時、幾度か軽皇子の
軽皇子は
「確かに、どちらの
二十歳前の葛城皇子にしても、四十歳過ぎの軽皇子にしても、通う相手がいる事に何ら不思議はない。それが実力者蘇我氏の、本家に次ぐ家とあらば、更にありそうな話だ。
「石川の家が気になるのなら、
「そして私も蘇我の娘を
「その辺りも好きにせよ」
父にとって私は不肖の息子だ。元々、言う事を聞かないのが、成人してからは更に勝手な事ばかりすると嘆かれている。お陰で倭国に来てから生まれた弟たちが、期待を寄せられている。殊に十二歳になった弟は、父の思いを察している。私のように任官がしたいなどとは言わない。故国から父に従って来た教師の許、王族に相応しい教育を受ける。
「まあ、私も私なりに、結婚は考えておりますよ」
「大君の演者の姫君か」
「母上もそれを望んでおられたのでしょう。私が国に帰らないのなら、こちらの皇族の一員として迎えられる事を」
父は答えずに、作業をする
妹が死に、母は気鬱の病に取りつかれた。伯母
母の気鬱は、新たな子供ができた事への不安もあった。果たして父が国に戻る日は来るのか。子供たちの居場所はあるのか。それ以上に、自らの生まれた国なのに倭国に馴染めない。弟を出産して母が亡くなったのは、私が七歳の時だった。
「汝は
「殆ど憶えておりませぬ。例えば、船、港に浮かんだ船……水面に夕日が映って真っ赤だった。それが
百済の王都、泗沘が父の生まれ育った地だ。五つで離れた私には、故郷という思い出も認識もまるでない。
「それから、兵士が隊列を組んで門から出て行くのを見ていた。城の門かもしれない。馬に乗った若い男が、振り向いてこちらを見た。誰なのか、顔も憶えていない。そして、寺の塔……これは難波の寺とも飛鳥の寺とも形が違う、多分、泗沘なのでしょう」
「そうだな、汝は五つだったのだから」
父は間近に見える三輪山の頂上を見上げる。そこから右手の方になだらかに下がる、山裾に沿って目を向ける。
「
父にとっては、飛鳥や難波ですら片田舎に見えるのだろう。幼い頃に泗沘に渡った母にとっても、故郷の飛鳥が何もない異郷に思えていたのかもしれない。
母が亡くなった後、父は本宅を飛鳥から河内に移した。蘇我氏を始めとする豪族らは、何かにつけ、父に再婚の話を勧めた。そんな人々の口や目が煩わしかったのだろう。
河内という地も百済系や
倭国の
私たちは百済王の孫として特別の目で見られる。気を許せない大人たちに囲まれて育った私に、三人の
大君の信頼を最も受ける従兄は一つ年上、行動力があり頭の回転も速い。年上風を吹かせて、何処となく意地悪く接してくる。私には敬おうなどという殊勝な気は更々ない。こうして葛城皇子とは、事ある毎ににらみ合い、いがみ合い、時にはつかみ合いにまでになった。
気が優しく穏やかな大君は、子供同士の事に口は出さずに見守る、と言いながらも心配する。男勝りで鷹揚な大后は、面白い息子が一人増えたと楽しんで見ている。
従妹の
葛城と
母親の顔さえ憶えていない弟の
仲裁に入ったのはこの度も伯母で、私に気の済むまで飛鳥にいれば良いと言ってくれた。父としても言う事を聞かない息子に、しばらくの距離と考える時間をくれた。そう思う事で、私自身も気が楽になった。この国で生きて行けば良い。故国を知らない私には、そう思う事は楽だった。余程の事がなければ、私も弟も皇族の端くれとして生活は保障される。
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