第8話 飛鳥板蓋宮 父と鞍作臣と
「御変りは無いようですね、
父は久々に
「久々に御目にかかります、
声をかけて来たのは
「
「この暑さにやられたようです。年には勝てぬと、屋敷でゆるりと過ごしております、仕事は全て私に押し付けて」
これでもかと品の良い笑みを見せる。この笑みが食わせ者と、誰もが知りながら好意を持つ者も多い。
「大臣の御屋敷ならば、高台で風も通り涼しく過ごせましょうな」さすがに十年以上も倭国にいれば、言葉にも慣れて日常会話には不自由しない。
ここ最近、
更には、
「河内に比べれば、飛鳥は風通しが良うはありませぬ。山が間近で、夏は暑い、冬は底冷えに寒い。まあ、私などは生まれ育った地ゆえに、慣れきっておりますが」
「飛鳥は
「
王宮に生まれた父にも、王宮を傍らに育った鞍作臣にも、挨拶や世間話ですらが情報収集や腹の探り合いだ。
「摂津と言えば、大臣は
「確かに、冬はこちらよりも温かい。朝晩の冷え込みなど、ずっと穏やかですから」
「分かります。私どもも、以前は難波に
そうして二人は愛想笑いを浮かべ続ける。
「ところで先般、その難波の屋敷の蔵に、
鞍作臣はいささか過剰に眉を
「さて、梟と。特に良いとも悪いとも聞いた事はありませぬな」
父は少しばかり思案気に視線を泳がせる。
「
「それは楽しみです。息子共々、是非とも御招きに預かりたい」
二人して更に、表面ばかりの愛想を崩す。私も
「本当に梟の巣は、吉兆でも凶兆でもないのですか」
王宮を出て
「巣をかけたなら、そのままにして置く事だ。巣を下ろす事が凶事になる」
「どうして、先程、鞍作臣に教えなかったのです」
「うむ、失念していたな」素知らぬ振りで父はつぶやく。
わざと言わなかった事は、今更に勘繰らなくとも分かる。
厩では衛士らしき若者と
翹王子の外出ともなれば、十人を超える者が従う。その内の半数が乗馬でやって来た、預かる厩番も大変だ。私の青毛も、父の馬に負けじと大きい。厩番は名残惜しそうに外に曳き出す。
これより我々一行、異国風の出で立ちで馬を連ね、
子供の頃からこの国の
大人たちは故国の衣を
亡き母は、私が倭国の子供に倣うのを嫌がる事はなかった。美豆良姿が似合うとさえ言ってくれ、私もそれがうれしかった。自らが馴染めなかった倭国に、私が溶け込んで行くのを穏やかに見ていてくれた。
十五歳になり、武官として出仕したいと父に申し出る。豪族の子弟ならば珍しくもない。果たして父の反応は、鈍く冷たい。武官になるのは構わないが、仕える先は
自らの生き方は自らで選べば良い。決して喜ばしいとは見えぬ様相で父は私に言う。そして私は、伯母
王族が軍閥に入るのは、百済ではありふれた事だ。親衛隊の長として軍事士族を束ね、栄達を図る例も珍しくない。かつて百済や
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