第25話 ハーランド王子のたくらみ
こちらはハーランド第二王子が暮らすサファイア城である。彼は自分の将来について作戦を練っていた。このままいけば、自分にあまり勝ち目はないと気づいていたのだ。国王はカラハン第一王子に目をかけているし、母親の身分でも負けている。カラハン第一王子の母親(ロザリン前王妃)はフォードハム国王の妹。一方、チェルシー王妃は子爵家出身で、おまけに今は病で寝込んでいる。
(頭脳明晰で眉目秀麗がなんだよ? 反吐がでるぜ。すぐに寝込む病弱だった奴に王位に就く資格はないよ。なんとかして、僕が王位に就きたい。それには、兄上にいなくなってもらわないと・・・・・・)
邪悪な笑みを浮かべて、誰に罪を着せようかと思い巡らせていた。そんな時、面白い話がハーランド第二王子の興味をそそる。カッシング侯爵夫人の連れ子に、盗み癖と虚言癖があるというものだった。
(しかもイボ痔で体中もイボだらけ? こんな者になら罪を着せても誰も庇うまい。しかも、このような噂がたつような立場であれば、友人は極めて少ないはず。僕が少し優しくすれば盛大に感謝し、期待通りの従順さで尽くしてくれるだろう)
「あっはは。生け贄、見つけた! 心優しい僕は、悪評にまみれたローズリンに友情の手を差し伸べる。孤立している彼女は僕に依存し、良い駒になってくれるよ」
ハーランド第二王子は早速、カッシング侯爵家に出向くことにした。
☆彡 ★彡
カッシング侯爵邸では、サリナがローズリンとともにサロンでお茶を飲んでいた。その一方で、カッシング侯爵は病気を装い寝室にこもっていたが、実際には寝室の奥の部屋でカードゲーム仲間と賭け事に興じていた。
「ハーランド第二王子殿下、ようこそカッシング侯爵家に。いったい、どのようなご用向きでこちらに?」
フットマンに案内されて入ってきたハーランド第二王子に、サリナは興奮した様子で尋ねた。
「ローズリン嬢に会いに来ました。おかしな噂がたっているのは知っています。あまりに可哀想で励ましたいのです」
「まぁ、なんてお優しい! こちらの娘がローズリンです。さぁ、ローズリン。ご挨拶をしなさい」
「はい! お母様。ハーランド第二王子殿下は、なんて思いやりに溢れているのでしょう。感動しました」
ハーランド第二王子はローズリンの顔をじっと見つめ、思わず眉をひそめた。手や腕にはイボがなかったものの、顔中にイボができていたからだ。しかし、気を取り直してハーランド第二王子は言葉を紡いだ。
「悪意のある噂を、僕は全く信じていません。僕で良かったら相談に乗りましょう」
(まずは友人になって、良き理解者のふりをしよう。それから、兄上の殺害方法を考えて、その現場にローズリンも居合わせるようにする。そうすれば、ローズリンを犯人にできるはずさ)
ハーランド第二王子がうきうきとそんなことを考えていると、向かい側にいたはずのローズリンが隣に座り、彼にしなだれかかる。その時、廊下の方から軽やかな足音が響いてきた。
「アナスターシア! ハーランド第二王子殿下が私に会いに来てくださったのよ。王族のお客様が来るのはアナスターシアだけじゃないのよ」
「そうですとも。アナスターシア! こちらに来て、ハーランド第二王子にご挨拶なさい」
ローズリンとサリナは得意げに廊下に向かって声を張り上げた。しかし、廊下からは鈴を鳴らすような美しい笑い声が聞こえただけで、アナスターシアの遠ざかる気配がした。
「この僕に挨拶もなしとは酷いね。常識をアナスターシアには教えてあげないとね」
ハーランド第二王子はにこやかな笑みを浮かべながら、アナスターシアの部屋に向かった。内心では自尊心が傷つき、怒りを抑えきれない思いでいっぱいだった。
(マッキンタイヤー公爵に可愛がられているからって、思い上がっているのだな。僕の母上がロードナイト子爵家出身ということで舐めているのかもしれない。なんてむかつく女だ)
ハーランド第二王子が立つと同時に、ローズリンも寄り添うように立ち、アナスターシアの部屋へ案内をする。
「ずいぶんと慣れ慣れしいな。やはり、母親が平民だと行儀作法がまるで身についていない)
ハーランド第二王子は呆れるとともに、愚かであればあるほど操りやすくなる、とほくそ笑んだ。
アナスターシアの部屋に向かう途中、廊下の窓から細長い建物が見えた。それは大きな温室と繋がっており、窓が一切ないその部屋を見て、ハーランド第二王子は首を傾げた。
「奇妙な建物だな。あれは何だい?」
「あぁ、あれはアナスターシアの研究室ですの。マッキンタイヤー公爵家のお抱えの建築家と工匠が、多くの職人と共にあっという間に建て上げたのですわ」
ローズリンは忌々しげに、アナスターシアがバイオターシア商会の会長であり、自ら研究して薬や化粧品を作っていることを説明した。
「ふーん。あそこを見物できないかな。とても興味があるよ」
「『危険だから入ってはいけない』とアナスターシアから言われていますわ」
「入ってはいけないと言われたら、入りたくなるのが人間なのにね」
ハーランド第二王子は、アナスターシアの部屋の扉をノックしながら話しかけた。
「第二王子の僕に挨拶もないなんて、マナーがなっていないと思うよ。この扉を開けて部屋に入れてくれないかな? アナスターシアの研究室の話は聞いたよ。見せてくれないか? いいだろう?」
「申し訳ありませんが、私は今とても忙しいのです。それに研究室には決まった人しか入れません」
毅然とした冷たい声に、ハーランド第二王子は心底腹を立てた。いつもの気さくな愛想の良い話し方は一変し、ねちねちと嫌みったらしい声音でアナスターシアを責めだしたのだ。
「僕がこの国の王妃の息子であることを忘れていないか? 僕に逆らえる者は誰もいないはずだ。例え、聖女の血を引き、英雄の姪であってもだ」
長い沈黙の後に答えたのは、ハーランド第二王子が聞き慣れた声だった。
「ハーランドに逆らえる者は誰もいないのかい? いつからそれほど偉くなったのか、教えてくれないかな?」
扉が開き、カラハン第一王子が姿を現した。ハーランド第二王子は驚愕した。まさか、アナスターシアの部屋に兄がいるとは思わなかったのだ。
「なぜ、兄上がここにいらっしゃるのですか? ローズリン嬢! 兄上もカッシング侯爵家に来ているのなら、なぜ先に言わないのだ?」
「あぁ、ローズリンは知らないと思う。私はほとんど毎日ここに来ているし、ここの使用人たちも慣れっこになっていて、わざわざ関係のない者たちに伝えたりしないのだよ」
開いた扉の先には、アナスターシアの侍女たちが控えていた。
「は? 毎日ここに来ている? 父上に言いつけますよ。兄上が勉強や公務をさぼっているとわかったら、きっとお怒りになるはずだ」
「父上は知っているよ。私はアナスターシアに身体を鍛える手伝いをしてもらっている。今では適度な筋肉もついて食欲もあるし、寝込むこともなくなった。マッキンタイヤー公爵家に滞在していた頃から、ずっと世話になっているのだ。公務はさぼっていないし、勉強もハーランドよりはずっとしていると思うがね」
「頻繁に、マッキンタイヤー公爵家に行っていたのは知っています。ですが、アナスターシア嬢とそれほど親しいとは意外です。二人はどんな仲なのですか?」
「カラハン様は私の大事な方ですわ。なんといっても私の運命を左右するキーマンです。カラハン様には絶対に長生きしてもらわないといけません。さぁ、もう出て行ってくれません? カラハン様、まずは大豆の粉をミルクで溶いたものを飲んでくださいませ。大丈夫、今回はココアを混ぜて飲みやすくしてあります。軽食は庭園に用意させますね。ここは王都の隣で王城からも近くて良かったです。毎日、カラハン様の元気な姿が確認できて安心だもの」
「あぁ、ありがとう。アナスターシアが用意してくれる食事はとても美味しい。それに、身体の調子も良いのだ。アナスターシアは良妻賢母になるよ」
「うっふふ。いやだ、褒めすぎですよ。とにかく大事なカラハン様には、健やかに逞しくなっていただかねばなりません。私の命がかかっていますからね」
「いつも、まっすぐな思いを言葉にしてくれてありがとう。本当にそのように思っていてくれるのだね?」
「はい、私の命とカラハン様の命は繋がっています。いつも申し上げているように一心同体と同じです。一蓮托生、カラハン様が亡くなったら、私も生きてはいられませんっ!」
アナスターシアは前回の人生の最期の瞬間を思い出し涙がこぼれたが、カラハン第一王子は自分の身を案じて涙したのだと思った。
「アナスターシア。私は絶対に長生きする。だから、共に白髪の生えるまで・・・・・・」
「あぁーー、もうたくさんです! 兄上とアナスターシア嬢の関係性は充分わかりましたよ。これで兄上の将来も安泰ですね。なんて忌々しい・・・・・・じゃなくて、おめでたいことです」
ハーランド第二王子は悪態をつきそうになった自分を必死に抑えた。
(アナスターシアを妃に迎えたら、確実に兄上が王位に就くじゃないか! マッキンタイヤー公爵は第一王子派の盟主になるぞ。どうしたらいいんだ?)
ハーランド第二王子が仏頂面でその場を立ち去ろうとしたその時、カラハン第一王子が厳しい声で呼び止めた。
「さきほどのアナスターシアへの非礼を謝罪しないのか? 第二王子の身分は、ハーランドが思っているほど高くはない。アナスターシアは筆頭公爵家の跡取りだ。それに、マッキンタイヤー公爵がいなければ、この国の平和は守れなかったのだ。無駄なプライドは身を滅ぼすぞ」
(ただ麗しいだけの兄だと思っていたのに、今では僕よりも鍛えられた身体と王者の風格を身につけて、まるで雄々しいライオンか虎のようじゃないか! くっそ! なんで、あんなに逞しくなったんだよ! アナスターシアめ、余計なことをしやがって・・・・・・)
ハーランド第二王子のアナスターシアへの怒りは、ますます増していくのだった。
それからしばらくして、アナスターシアは・・・・・・
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