第24話 ローズリンの自業自得的ざまぁ

 ローズリンは麗しいカラハン第一王子に好かれたい一心で、勇気を振り絞って挨拶をした。しかし、その結果は冷たすぎる言葉で、自分の立場を思い知ることになった。むしゃくしゃした気持ちがおさまらずに、思いっきりアナスターシアを突き飛ばしてやりたい衝動に駆られていた。


(でも、さすがにアナスターシアに手を出したらまずいわよね。そうだわ。隙を見つけてアナスターシアの部屋に忍び込んで、なにか大事な物を奪ってやろう。アナスターシアをうんと困らせてやりたいわ)


 アナスターシアがカラハン第一王子と庭で稽古をしている隙をついて、ローズリンは廊下を音もなく進んだ。誰にも見られないよう、目立たないように。そして、アナスターシアの部屋の前で立ち止まり、慎重に周囲を確認する。

 誰もいないことを確信すると、彼女は素早く部屋の中に滑り込んだ。ローズリンは一瞬のためらいも見せず、目標に向かって動き出した。彼女の目的は、アナスターシアが大切にしている何かを手に入れることだ。彼女の目は素早く部屋の中を走り、机の上に置かれた青いリボンのかけられた包みの上に止まった。


「これはいったいなにかしら?」ローズリンは小声で呟いた。


 なかにはまるで宝石のように美しい瓶が五本も入っていた。透明なガラスはまるで水晶のように輝き、光を受けてキラキラと光を放っている。そのデザインは繊細で優雅であり、見ているだけでその高級感が伝わってくる。

 瓶の表面には細かいゴールドの装飾が施されており、その模様はまるで古代の紋章のように荘厳で神秘的だった。キャップ部分は滑らかな銀色で、手に触れると冷たく心地よい。

 中身は淡いピンク色で、その美しい色合いは瓶越しに柔らかな光を放っていた。ローズリンはその香りを想像しながらキャップをひねる。柑橘系の香りがし、試しに手の甲に塗るとひんやりとした感触の後には、つやつやと肌が輝くように思われた。


(きっと、これはアナスターシアが新しく作った高級美容液に違いないわ。大きな袋を持ってくれば良かったわ。二本しか持ち出せないなんて残念よね)


 ローズリンは心の中で呟きながら、右手と左手に一本ずつ瓶を持った。ふと足音が聞こえ、ローズリンの心臓が一瞬止まる。彼女は急いで箱を閉め、もとどおりに青いリボンを結んだ。再び部屋を見回し、誰も戻ってきそうにないことを確認すると、静かに扉を開けた。外の廊下にはまだ誰もいなかった。


 ローズリンは一息つき慎重に部屋を出ると、廊下を歩いて自室に戻った。彼女は鏡の前に立ち、美容液を手に取り顔全体に塗り広げた。 冷たい感触に一瞬驚いたものの、すぐに肌が引き締まるような感じがして、ローズリンは満足げに微笑んだ。 しかし、その微笑みは次第に不安と痛みに変わっていった。


 しばらくすると、ローズリンの顔は赤く腫れ上がり、ひりひりとした痛みに耐えきれなくなった。 さらに時間が経つと、顔中に小さなブツブツが現れ始めた。 それらはまるで、小さなイボのように膨らんでいった。

「な、なにこれ!?」

 鏡に映る自分の顔に驚愕し、ローズリンは叫んだ。 肌は炎症を起こしており、かゆみと痛みで顔を掻きむしりたくなる衝動を抑えるのに必死だった。


「どうしてこんなことに・・・・・・! アナスターシア! どこにいるの? なんてことをしてくれたのよ!」

 怒りにわなわなと身体を震わせながら、アナスターシアを探しまわった。なにごとかと、使用人たちもローズリンの後に続いた。


「ローズリン様、私はここですわ。大声を張り上げて屋敷を走り回るなんて、はしたない」

 アナスターシアとカラハン第一王子は庭園の四阿で、お茶を飲んで寛いでいた。マッキンタイヤー公爵家でしていたように合気道や剣の稽古が一段落し、談笑していたのだった。その近くでは、アナスターシアの温室や研究室が着々と組み立てられている。


「これを見てよ! アナスターシアの美容液を塗ったらこうなったわ。どうしてくれるのよ? バイオターシア商会の化粧品はインチキだわ」

 真っ赤な顔で怒りながら髪を振り乱す様は鬼のようで、顔には無数の吹き出物があった。


「私はローズリン様に美容液など差し上げておりませんし、売った覚えもありません。どこからそんなものを手に入れました?」

「あぁ、えぇっと。なんて言ったらいいかしら? ちょっと借りただけなのよ。青いリボンがしてあった包みのなかの美容液よ。試しに塗っただけだわ。そうしたら、こんなことになったのよ。このヒリヒリをどうにかしてよ」

「それは私の部屋にありましたよね? まさか勝手に忍び込んだのですか?」

「忍び込んだなんて、人聞きの悪い言い方しないでよ」

「これでも控えめに言ったつもりです。だって、ローズリン様は泥棒ですもの。私に文句を言う前に、あの瓶を盗んだことを謝罪してください。ローズリン様に私を怒る権利はありません」

 毅然としたアナスターシアの態度に、ローズリンは弱々しい声で謝った。カラハン第一王子が冷たい視線でみつめていたからだ。


「ごめんなさい。でも、あの美容液はインチキだわよね? だって、私の顔を見てよ!」

「あれは顔に塗るものではありませんからね」

「えっ? だったら、どこに塗るものなのよ?」

「お尻ですわ。馬に長時間乗る騎士用のお薬です。お尻の部分が鞍に摩擦されて、切れ痔やいぼ痔になる人が多いのです。あれは伯父様に贈る『痔用の塗り薬』です。言っておきますが、伯父様は痔持ちではありませんよ。あれは予防にもなる、とても優れた薬なのですわ」

 

 あまりの滑稽さに使用人たちだけでなく、カラハン第一王子まで爆笑してしまう。

「痔の薬を顔に塗るなんて、おかしくなって当たり前だろう? 盗んだくせにインチキ呼ばわりするなんて、図々しいにもほどがある」

 カラハン第一王子の言葉に、周りにいた侍女たちも深くうなづいた。ローズリンは自分の侍女たちまで、笑いながら軽蔑の眼差しでこちらを見ていることに腹を立てた。

「お前たち、使用人のくせに私を笑わないでよ。今度、私をあざ笑うようなことをしたら、お母様から罰を与えてもらうわよ!」

 そのような啖呵を切ったローズリンを、使用人たちが良く思うはずがなかった。カッシング侯爵家の使用人たちは、あちらこちらでローズリンの話を噂した。それは面白おかしく、現実よりもより滑稽な話になっていく。


『カッシング侯爵の後妻の連れ子であるローズリンには盗み癖がある。それに、イボ痔持ちで、顔も身体もイボだらけ。アナスターシア様の美容液を盗み、インチキだと文句を言った。嘘つきで、アナスターシア様にいつも意地悪をしている』など、広く噂が流れたのだった。


 この話をほとんどの貴族たちが信じた結果、ローズリンと友人になろうとする貴族の令嬢はいなくなった。

「チェスやカードゲーム仲間たちから、わしは毎日ローズリンのせいで、白い目で見られるのだぞ。ローズリンは絶対にカッシング侯爵家の籍には入れぬ。今度、なにかしでかしたら修道院行きだと思え」

 ローズリンはカッシング侯爵からも厳しく叱られた。おまけに、顔のイボはなかなか直らず、ローズリンは鏡を見るたびに泣きたくなるのだった。


 一方、ハーランド第二王子は・・・・・・

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