第11話 伯父との楽しい旅

 マッキンタイヤー公爵一行は馬を休ませながらものんびりと移動していく。特に急ぐ必要もない今回の移動は、アナスターシアを疲れさせないように最大限配慮された。あたりが薄暗くなってきたところで、小さな町に到着した。


 宿の外観は石造りで、堂々とした大きな木製の扉が迎えてくれた。美しい花々が飾られた窓や、磨き上げられた銅製の看板が印象的だった。


 宿の主人はマッキンタイヤー公爵に恐縮しながらも喜びの表情を浮かべ、最上級の部屋に案内した。

「お越しいただき、誠に光栄です。この部屋がお気に召したら良いのですが、どうぞおくつろぎください」


 カッシング侯爵邸に劣らぬ豪華な内装にアナスターシアは目を輝かせた。厚手の絨毯はふかふかで、壁には美しいタペストリーが掛けられている。天井からは洒落たシャンデリアが輝き、部屋全体に温かみのある光を放っていた。

「ここの内装は立派ですね」

「気に入ったなら良かった。ここは、変わった食事を出すので有名な宿だ。アナスターシアに食べることができるかな?」

 マッキンタイヤー公爵は悪戯っ子のような表情を浮かべた。

「どのような料理が出てくるのか楽しみです!」

 アナスターシアは朗らかに笑った。


☆彡 ★彡

 

 夕食の時間になると、一行は宿の大食堂へと案内された。そこには長いテーブルが並び、白いリネンのクロスがかけられている。テーブルには銀の食器とクリスタルのグラスが並べられ、豪華なディナーの準備が整っていた。

 まず前菜として、カタツムリ(エスカルゴ)が供された。小さなカタツムリの殻の中にガーリックバターがたっぷり詰められており、芳しい香りが広がる。


「たまに紫陽花の葉にいますよね? カタツムリなんて食べられるのですか?」

 アナスターシアは興味津々でつぶやいた。

「これはアナスターシアが見かける野生のカタツムリとは違い、寄生虫がいない安全なカタツムリだよ。この地方で養殖されていて、ワインとも相性が良い。アナスターシアのワインは少し水で薄めよう。まだ10歳だからね」


 アナスターシアは少し緊張しながらもフォークを手に取り、一つのカタツムリを殻から取り出した。香ばしいガーリックバターの香りが立ち上り、彼女の好奇心を一層掻き立てる。


「では、いただきます。」アナスターシアは慎重に一口食べた。


 ガーリックバターの風味が口いっぱいに広がり、カタツムリの柔らかく滑らかな食感が彼女の舌を楽しませた。バターのまろやかさに、ガーリックのピリッとした辛味とハーブの芳香が絶妙に調和し、全体として深い旨味が感じられた。アナスターシアの顔に驚きと喜びが浮かぶ。


「わぁ、本当に美味しいです! 伯父様、カタツムリってこんなに美味しいものだったのですね」

 公爵は満足げに頷いた。

「それは良かった。たくさん食べなさい」

 それからも珍しい料理が続き、アナスターシアは美味しい料理をお腹いっぱい楽しんだのだった。



☆彡 ★彡

 


 旅の五日間のあいだには、宿のない地域に差し掛かることもあった。そんな時は夜を迎える前に、自然の中でキャンプを張ることになった。広がる草原のなか、夕日が沈むとともに空が赤く染まり、静かな風が木々の葉を揺らしていた。

 マッキンタイヤー公爵の指示のもと、使用人たちは手際よくテントを設営し、キャンプファイヤーの準備を始めた。アナスターシアはその様子を興味津々で見守っていた。

「キャンプは初めてです。自然のなかで眠るのはロマンチックですね」

「そうだろう。夜空の美しさも格別だぞ」


 キャンプファイヤーが点火されると、暖かい炎が暗闇を照らし出した。使用人たちはあらかじめ購入しておいた食材を使って、素朴ながらも美味しい夕食を準備した。肉や野菜を次々と串に刺して、手際よく焼いていく。複雑な味付けのソースなどはなかったが、少しの塩と香辛料だけで、アナスターシアにはほっぺたが落ちるほど美味しく感じられた。

「豪華な宿も素晴らしかったけれど、このように素朴な料理も美味しいです。伯父様がいればここが暗い森のなかであっても、とても安全な場所に思えます」

「もちろん、私がいればアナスターシアは安全さ。命に代えてもアナスターシアを守るからな」

 その言葉に嘘偽りがないことをアナスターシアは知っている。ありがたい気持ちでいっぱいになって、アナスターシアはそっと涙をふいた。


 食事を終えた後、一行は焚き火の周りに集まり、静かな夜の時間を楽しんだ。アナスターシアは空を見上げ、無数の星が輝く夜空に感嘆の声を漏らした。

「こんなにたくさんの星を見るのは初めてです。まるで宝石のようですね。あの星はどんな名前がつけられているのかしら?」

 公爵は彼女の隣に座り、星空を見上げながら話し始めた。

「星には昔から様々な物語が紡がれてきたんだ。あれは『セレストリア』という星だ。古い伝説によれば、夜空に輝く最も美しい星で、それに似た宝石を持つ者は奇跡を起こすことができるという」

「私の中指に光るオパールに似ています。お母様が伯父様から譲り受けた貴石です」


 公爵は彼女の手を取り、中指を飾るオパールの指輪を見つめる。

「確かに、セレストリアとこの指輪のオパールはよく似ているね。きっとアナスターシアには幸せな奇跡が起こるさ」

 アナスターシアは微笑んで答えた。

「もう奇跡は起きていますわ。旅の途中でこんなに素敵な星を見られるなんて、幸せですもの」


 アナスターシアは伯父に「すでに奇跡は起きているのよ。私は時間を巻き戻したの」と言うことはできなかった。自分とマッキンタイヤー公爵の最期を話すことは辛すぎたのだ。


 夜風がそよぎ森の静けさが一層深まると、アナスターシアは心地よい疲れを感じながら伯父の肩に寄りかかった。

「アナスターシア、疲れただろう? さあ、休もう。明日は最後の移動だ。楽しい旅もあと少しだな」

 マッキンタイヤー公爵がアナスターシアの体調を気遣う。

 

 アナスターシアは名残惜しそうに星空を最後に見上げ、マッキンタイヤー公爵にうなずいたのだった。

 


 

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