第10話 生きている伯父に会えた喜び
こちらはカッシング侯爵邸である。アナスターシアの部屋のバルコニーに1羽の鳩が舞い降りた。バルコニーに面した窓は明け放れており、アナスターシアはソファで本を読んでいた。鳩はアナスターシアのもとまで優雅に飛んでいき、アナスターシアの膝に着地した。
「うわっ。びっくりしたわ。あら、鳩さんの足になにか結んであるわ。もしかしたら、伯父様の鳩? 昔、お母様が鳩で伯父様とお手紙をやりとりしていたような記憶があるわ」
アナスターシアは幼い頃の記憶をたどり、伝書鳩のことを思い出した。鳩の足には手紙が結ばれており、やはりマッキンタイヤー公爵からのものだった。
アナスターシアへ
可愛いアナスターシア、元気そうでなによりだ。マッキンタイヤー公爵家で過ごしたいという手紙をもらい、嬉しい気持ちでいっぱいだ。私がアナスターシアを迎えに行くから待っていなさい。もちろん、最高の家庭教師をつけてあげるから安心してほしい。
ジェラルド・マッキンタイヤー公爵
(良かった! 伯父様は絶対、受け入れてくださると思ったわ)
アナスターシアは前回のマッキンタイヤー公爵の最期を思い出し悲しい思いがよぎる一方で、じきに元気で生きている伯父に逢えることを喜んだ。
マッキンタイヤー公爵が迎えに来るまで、アナスターシアはカッシング侯爵家の図書室で本を読んで過ごすことにした。だが、必ずサリナかローズリンが邪魔をし、アニヤは大事な本にお茶やジュースをこぼした。
(我慢、我慢。あの毒杯を飲もうとした時に比べれば、どうってことないわよ)
一度地獄を味わったアナスターシアは、大抵のことが耐えられるようになっていた。
☆彡 ★彡
それから数日が経ち、マッキンタイヤー公爵が満面の笑みを浮かべながら、カッシング公爵邸を訪れた。彼はたくさんの護衛騎士や使用人たちを従えて見事な黒馬に乗ってきたが、豪華な馬車も後から続いていた。これはアナスターシアが乗るための馬車であった。
「アナスターシア! 迎えに来たぞ」
マッキンタイヤー公爵は戦場でその名を轟かせる英雄であり、アナスターシアの誇り高き伯父である。年齢は30代後半ではあるが、その鋭い眼光と屈強な体つきは、未だ若々しい力強さを感じさせた。彼の銀髪は戦場での経験を物語るように所々白くなっており、それが一層彼の威厳を引き立てていた。
マッキンタイヤー公爵が戦場に立つ姿はまさに無敵の将軍そのものであり、その存在感だけで敵軍を震え上がらせるほどであった。普段は冷静沈着で厳格な彼も、姪のアナスターシアの前では柔和な表情を見せた。アナスターシアに対する愛情は深く、その眼差しにはいつも優しさが宿っていたのだった。
マッキンタイヤー公爵はカッシング侯爵邸の庭園に降り立ち、バルコニーに姿を見せたアナスターシアに声をかけた。
「さぁ、こちらに来て顔をよく見せておくれ。元気だったかい?」
「伯父様! お待ちしていました! 旅の支度はできております。マッキンタイヤー公爵領までは数日かかるのでしょう? 今から楽しみだわ」
アナスターシアは階下に降りると、マッキンタイヤー公爵の胸に飛び込んだ。前回の経験で、アナスターシアにとってマッキンタイヤー公爵は、誰よりも信頼できる伯父になっている。だが、マッキンタイヤー公爵はいささか戸惑いを隠せなかった。
「アナスターシア、なにか辛いことでもあったのか? 今まで敬遠していた私に抱きつくとは・・・・・・いったい、なにがどうなっているのだ?」
マッキンタイヤー公爵は、まさか姪からこれほどの歓迎を受けるとは思っていなかったのだ。
「今まで私は勘違いをしていました。実は、お説教ばかりする伯父様が苦手でした。ですが、チェルシー王妃主催のお茶会に初めて参加した際、他の令嬢とたくさんお話ができました。彼女たちの両親は伯父様のように厳しいらしいです。特に、スピークス侯爵は『娘を愛する親心からでたお説教は黄金より価値がある』とスピークス侯爵令嬢に言い含めて、行儀作法にうるさいらしいです。伯父様もきっとそんな思いからお説教するのだと、気がつきました」
前回の人生のことを言うわけにもいかず、アナスターシアは無難な理由を説明した。実際、あのお茶会では父親や母親の話題になり、そのように感じたのは事実だ。
「全くその通りだよ。しばらく会わないあいだに、ずいぶんとしっかりしたようだな。まぁ、面と向かって言うのも照れるが、私ほどアナスターシアを愛している人間はいないと思う。大切な姪だからな」
「はい! 私は伯父様の姪として生まれて、こんなに嬉しく感じたことはありません」
重厚で威厳のある声がカッシング侯爵家の庭園に力強く響き、カッシング侯爵はマッキンタイヤー公爵が迎えに来たことを知った。アナスターシアをマッキンタイヤー公爵邸に送っていくのに、かなりの旅費がかかることを苦々しく思っていた矢先だったので、楽しげに笑った。
(これで旅費が浮いた。そのぶん、高価なワインが飲める。カードゲームで賭けるお金も我慢しなくて済むぞ)
カッシング侯爵は自分のことしか考えていないのだった。それでも、マッキンタイヤー公爵を客間にも通さずそのまま帰らせることは、あまりに失礼だという認識はあったようだ。
「マッキンタイヤー公爵殿。どうぞ、お茶でも召し上がってからお立ちになっては? さぞお疲れでしょう?」
カッシング侯爵は庭園に面したサロンの窓から顔をだした。
「いや、アナスターシアを馬車に乗せ、今すぐここを出発する。実はとても珍しい食べ物を出す宿を予約してある。今回の移動は姪とする初めての旅だ。存分に楽しみたいのだよ」
「あぁ、そうでございましたか。それは素晴らしい! アナスターシア、マッキンタイヤー公爵にたくさん甘えると良い。お前の大金持ちの伯父上だからな。いろいろと買っていただくのだぞ」
(お父様の言い方が浅ましいわ。娘の私のほうが恥ずかしいわよ。お父様ってこんな人だったのね)
アナスターシアが心の中で呆れたのは言うまでもない。
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