第9話 マッキンタイヤー公爵の溺愛

 こちらはマッキンタイヤー公爵邸である。マッキンタイヤー公爵は中庭で汗を拭きながら、柔らかな朝の光を浴びていた。武道の修練と戦技の研鑽が一段落し、すがすがしい気持ちで執務室に向かおうとしたところ、家令が興奮した様子で二通の手紙を持ってきた。

「とても珍しいお知らせです。一通はカッシング侯爵からです。そして、もう一通はなんとアナスターシアお嬢様からです!」

「おぉ、アナスターシアから手紙をもらうなど、初めてではないか?」

 毎年、誕生日に贈り物をしてもお礼の手紙すら寄こさなかった姪のことを、マッキンタイヤー公爵は少しも怒ってはいなかったが、寂しい気持ちではいた。なので、この手紙はマッキンタイヤー公爵を大層喜ばせた。


「アナスターシアからの手紙が先だな」

 マッキンタイヤー公爵はにこにこと笑顔を浮かべながら、アナスターシアの手紙を読み出した。


 伯父様へ

 ご機嫌いかがでしょうか? 長らくお手紙を差し上げず、大変申し訳なく思っています。このたび、初めて筆を取り、伯父様にお便りすることをお許しください。

 まずは、これまでの不作法を深くお詫びします。幾度となく素晴らしい誕生日の贈り物をいただきながら、お礼の言葉をお伝えしなくてごめんなさい。

 実は折り入って伯父様にお願いがあります。16歳のデビュタントまで、私をマッキンタイヤー公爵家で過ごさせてください。私は生まれ変わりました。これからは伯父様の望むような真面目に努力する子になります。いろいろなお勉強を頑張りたいので、良い家庭教師をつけてくださると嬉しいです。私が教養ある素敵な女性になるために、どうか力をお貸しください。

 アナスターシアより


「なんと! アナスターシアと一緒に暮らせるぞ! あの子が勉強を頑張りたいとは・・・・・・なんと嬉しいことだろう。聞いてくれ! アナスターシアは真面目に努力する子になるそうだ。きっと天国のバイオレッタも、今頃喜びの涙を流しているはず。早速、支度をして迎えに行く。カッシング侯爵邸まで馬車で片道5日ほどはかかる。こちらに戻る10日間のあいだに、アナスターシアの部屋を整えてくれ。最高の家具と調度品、それと超一流の家庭教師の手配もしてほしい。お金はいくらかかってもかまわん。可愛い姪の教育のためだ。これこそ正しいお金の使い方だ」

 マッキンタイヤー公爵は家令にそう言いながら、いそいそと旅支度にとりかかった。フットマンは大忙しで荷物を馬車に運び、マッキンタイヤー公爵家の護衛騎士たちも同行することになった。


「旦那様。カッシング侯爵からの手紙をまだお読みになっておりませんが」

「あぁ、忘れていた」

 マッキンタイヤー公爵はついでのようにカッシング侯爵からの手紙にさっと目を通すと、呆れたようにため息をついた。

「アナスターシアを16歳まで預かってほしいとの文面だ。『家庭教師の費用を代わりに払ってくれると助かる』と書いてある。先代の頃のカッシング侯爵家はかなり裕福だったはず。娘の教育費も惜しむとは、見下げ果てた男だ。無能な男だから、領地経営や事業の運営に手こずっているのかもしれないが、父上も罪なことをした。先代のカッシング侯爵と親友だったとはいえ、あんな愚かな男にバイオレッタを嫁がせるとは」

 亡くなった妹を思い出し悲しい気分になったマッキンタイヤー公爵であったが、そのぶんアナスターシアを必ず幸せにしてやろうと、決意を新たにした。

「旦那様のおっしゃるように、カッシング侯爵は愚か者に違いありません。わざわざこのようなお金のことを書かずとも、旦那様はアナスターシアお嬢様のためならお金は惜しみませんからね。しかも、バイオレッタ様が亡くなって、待ってましたとばかりに再婚なさって。信用ならない男です」

 滅多に人を悪く言わない家令であったが、カッシング侯爵のことは批判せずにはいられなかった。

「まぁ、よい。愚かなカッシング侯爵のおかげで、アナスターシアと暮らせる。私はこの状況にとても満足だ」

 マッキンタイヤー公爵は喜びの表情を見せたのだった。


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