第8話 アナスターシアの作戦

 その夜、カッシング侯爵家でのディナーでは、アナスターシアの好物ばかりが並んでいた。

「アナスターシアの好きな物ばかりよ。嫌いなものなんて食べなくても良いわ。美味しく食べないと、ちゃんと身体の栄養にならないそうよ。だから、ほら、デザートを何種類も用意させたし、野菜なんてほんの少ししかないわ」

 甘いお菓子が大好きなアナスターシアは、肉が好きで野菜は苦手だった。


「ありがとうございます。でも、これからは野菜も食べようと思います。『野菜を食べないとお肌が荒れる』と、マグレガー伯爵令嬢がおっしゃっていたわ。『甘いお菓子はたまに、ほんの少し食べるから幸せを感じる』とは、スピークス侯爵令嬢の意見です。今日はたくさんの令嬢たちとおしゃべりをして、とても勉強になりました」

 サリナは呆気にとられ、ローズリンは密かに心の中で舌打ちした。


「ほぉ、マグレガー伯爵家もスピークス侯爵家もお金持ちだ。こちらが損をすることはないだろう。友人にするには相応しい令嬢だな」

 カッシング侯爵は珍しくアナスターシアにはなしかけた。

(お父様はなんでも損得勘定で判断するのよね。なんてわかりやすいのかしら)


 アナスターシアは呆れながらも、冷静にカッシング侯爵を観察していた。アナスターシアはカッシング侯爵家を脱出する方法を考えていたのだ。あのハーランド第二王子に関わらないですむ方法は、物理的距離を置くことが一番だと思った。

 しかし、カッシング侯爵領は王都の隣で、屋敷の立地場所も王城からとても近い。このままカッシング侯爵家にいては、以前のようにハーランド第二王子がよからぬ計画を立て、自分に近づいてくる可能性もあった。だが、マッキンタイヤー公爵領は王都からかなり離れた距離にある。

(伯父様のところに行けばサリナやローズリンからも干渉されないし、真面目にいろいろな勉強にも励めそうよ。お父様をすんなり説得する方法は? ・・・・・・お金だわ。お父様は自分が大金を払う状況を嫌う)


 アナスターシアは良い案が浮かび、カッシング侯爵に甘えたような笑顔を向けた。

「お父様。マグレガー伯爵令嬢の語学の家庭教師は七カ国を話せる天才だそうです。また、スピークス侯爵令嬢のダンスの講師は世界ダンス大会で最優秀賞に輝いた超一流の方なのですって。私も16歳になったらデビュタントを迎えるでしょう? マグレガー伯爵令嬢やスピークス侯爵令嬢に負けないぐらいの家庭教師に教えていただかないと、恥をかいてしまいますわ。それにデビュタントで着るドレスも特注でお願いしたいし、たくさんの宝石や上等な生地も必要ですわね。ローズリンお姉様も社交界デビューするでしょうから、これからどんどんお金がかかりますね」

「え? あぁ、確かにそういうことになるな。うーむ・・・・・・」

 カッシング侯爵が顔を曇らせていたところに、アナスターシアは解決案をさりげなくつぶやく。

「そう言えば、伯父様の領地には優秀な人材が多くいると聞いたことがあるわ。お母様の家庭教師だった方は、さまざまな国の王族の子供たちを教育していたらしいし。マッキンタイヤー公爵家でデビュタントまで勉学に励むと言ったら、伯父様が一流の先生を揃えてくださるかも。それに、きっとデビュタントのドレスや舞踏会用の宝石もたくさん用意してくださるわ」

「うむ、アナスターシア、それは良い考えだ! 今は太平の世で、マッキンタイヤー公爵も暇を持て余しておろう? 将軍職を全うするために独身を貫いたマッキンタイヤー公爵も、今頃は後悔しているに違いない。アナスターシアが側にいてやれば、きっとお喜びになるぞ。早速、マッキンタイヤー公爵に手紙を書くとしよう。アナスターシアを16歳まで預かってくれるようお願いする」

(やった! そうおっしゃるとは思ったわ。お父様にお金のことや面倒なお願いをすると、必ず嫌がると思ったのよ)


「まぁ、アナスターシア。女の子はそんなにお勉強を頑張らなくても良いと思うわ。あなたはとても美しいのだから、綺麗に着飾って微笑んでいるだけで価値がありますよ」

「そうよ。アナスターシアがいなくなったら寂しいわ」

 サリナとローズリンはアナスターシアを怠惰で常識知らずに育てたかった。だから、アナスターシアのマッキンタイヤー公爵家行きを反対した。


「馬鹿者! カッシング侯爵家がマグレガー伯爵家やスピークス侯爵家に劣るようなことがあってはならない。あちらよりも有能な家庭教師をつけなければ面目が立たない。しかし、それには莫大な費用がかかる。科目ごとに超一流の教師を揃えるとなると、いったいいくらかかると思っているのだ? サリナには毎年一定の予算をカッシング侯爵夫人としての品格を保つために与えているが、それも大幅に減額せねばならない。わしも年代物のワインを飲む量を控えなくてはならん。今までのようにドレスや宝石や化粧品を、思いのままに買う生活とおさらばしたいのか?」

「そ、それは困りますわ。私にだって友人とのお付き合いがありますし、いつも同じドレスばかりは着ていられません。なにしろ、社交界には流行というものがありますからね」

「うむ。年代物のワインや上等な服は貴族には不可欠だ。だからこそ、ここはマッキンタイヤー公爵を頼るのだ。身内は助けあい支え合うことが大事だからな」

 カッシング侯爵はもっともらしい理由を並べ立てたが、実際のところは自分が使えるお金を減らしたくなかったのである。

(マッキンタイヤー公爵家は昔から大金持ちだ。さらに、将軍として活躍しているマッキンタイヤー公爵には多額の俸給が支払われているはず。領地は豊かでそこから得られる収益も莫大。だとしたら、アナスターシアの教育費ぐらいは負担するのが当然だな)

 カッシング侯爵は最良の解決策を見つけたと、胸をほっとなで下ろしたのだった。


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