第7話 巻き戻った時間

 アナスターシアは気づくと、ルビー宮殿のサロンにいた。周りには同じ年頃の令嬢たちが座っており、隣のマグレガー伯爵令嬢には見覚えがあった。

(チェルシー王妃主催のお茶会だわ)


 辺りを注意深く見回すと、少し離れた席にサリナとローズリンの姿もある。そそっかしいアニヤはアナスターシアの側に控えており、かつて経験したお茶会がそのまま再現されていた。

(これって夢かしら?)

 アナスターシアは周りの令嬢たちに気づかれぬように、そっと自分の足をつねった。痛みはちゃんと感じたし、目の前の光景は変わらない。

(時間が遡ったの? 奇跡だわ。・・・・・・そう言えば、私の指輪が七色に光ったわよね。ユーフェミア様は聖女だった。だから、私の中にも奇跡を起こす血が流れているのかも? とにかく、ありがたいわ。今度は絶対に利用されたりしない)

 毒杯を飲む瞬間に願ったことが叶ったのだ。アナスターシアは心の中でユーフェミアに感謝した。

(これからは慎重に行動しないといけないわね。まずは、簡単に癇癪を起こしたりしないようにしないとダメよ。どんなにいらいらしても、絶対に『入れ墨』や『焼きごて』なんて言わないわ)

 

 アナスターシアはマグレガー伯爵令嬢と前回の人生と同じように話が弾んだ。

(伯爵令嬢と仲良くなるのは構わないわよね。でも、これからが問題よ。アニヤは絶対、私に熱い紅茶をかけるわ。なんとか避けないといけない)

 目の前のティーカップを覗くと、すっかり空になっており、あの時と同じ状況になっていた。

(喉がからからだけど、ここで紅茶を淹れさせると前のような状況になってしまう。あの時の紅茶はかなり熱かったし、また同じように怒鳴ってしまっては大変だわ)


「アナスターシアお嬢様。おつぎしましょうか?」

 アナスターシアから催促しなくても、アニヤは珍しく紅茶を淹れようとした。


「いいえ、大丈夫よ。それより紅茶ではなくて、普通のお水が飲みたいわ。少しお腹が痛むのよ」

「かしこまりました」

 アニヤは前回と同じようにアナスターシアのドレスに水をこぼした。だが、水は熱くも冷たくもなくドレスが濡れただけだったので、アナスターシアは平常心でいることができた。


「まぁ、大丈夫? アニヤの服にはかかっていない? 皆様のドレスは大丈夫でしたか? 私の専属侍女が申し訳ありません」

 アナスターシアはにこやかに微笑みながら、周りの令嬢たちに声をかけた。声をかけられた令嬢たちは嬉しそうに答えた。

「大丈夫ですわ。私たちのドレスまで気にかけてくださるなんてお優しい。噂とだいぶ違うので、ほっとしました」

「そうですわね。『アナスターシア様は短気ですぐに使用人を脅す』という噂を聞きましたもの。ですが、侍女の心配をなさっていますから、まったくのデマだったのですね」

 マグレガー伯爵令嬢とスピークス侯爵令嬢も柔らかく微笑んだ。


(なるほど。すでに、この時点で私の悪評は広まっていたわけね。でも、うまいことこの場は乗り切れたわ)

 アナスターシアはほっと胸をなで下ろしながら、ひきつづき令嬢たちとのおしゃべりを楽しんだのだった。


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