第4話 カメラ

 洋子は重たい荷物を自転車の前後に取り付けた鞄に分けて入れる。

 かなりの量だったが、鞄の容量にはまだまだ余裕があった。

 洋子は空になった紙袋を畳み、鞄に押し込む。

 自転車はずっしりとした重みを感じさせる。だが、押すと軽々とタイヤは転がり、楽に校門まで移動が出来た。

 「高梨さん」

 背後から声が掛けられる。雄一であった。

 「長谷川君」

 洋子は立ち止まり、彼を見る。

 雄一はカルナゴ社製の今風のロードバイクを押している。

 「それが長谷川君の自転車なんだ」

 「あぁ、ロードバイクなんだけど、タイヤが32センチの幅があってね」

 「へぇ・・・意味があるの?」

 「普通のロードバイクは22センチとか25センチの幅しかないんだ。幅が狭いほど、抵抗が少なくて、速く走れるって」

 「へぇ・・・」

 洋子は自分の自転車を見た。洋子の自転車は雄一のよりかは細いが、28センチの幅がある。自転車屋のおじさん曰く、標準的なクロスバイクのタイヤサイズで、なにかあってもその辺のホームセンターなどでも調達が可能だから便利なんだよとか。

 「太いと何が良いの?」

 「パンクがしにくい。路面からの衝撃を和らげてくれる」

 「パンクがしにくいのは良いね。衝撃って?」

 「凸凹した道を走ると手やお尻に振動が伝わるでしょ?あれが和らぐんだ」

 「楽に走れるって事?」

 「そういうことだね」

 ちゃんとしたロードバイクを知らない洋子からすると、あまりたいした事とは思えなかった。だが、パンクがしにくいという事だけはとても大事な事だと思った。

 「その自転車・・・ブレーキが私のと違う。高そう」

 洋子は雄一の自転車に装着されているディスクブレーキに気付く。

 「ディスクブレーキだね。タイヤが太くなると、普通のブレーキじゃ、タイヤを挟むのが難しくなるからね」

 「へぇ・・・自転車、詳しいんだね」

 「多少は・・・中学時代は競技自転車もやっていたからね」

 「今はやらないの?」

 「才能が無いから。それに大学への進学も考えているから、勉強をしないと」

 「それは私も同じかな。だけど、まだ、一年生だし」

 洋子は特に学歴を意識した事は無い。大学へ進学して、何かやりたい事があるわけでもない。ただ、就職だって、同じことだから、何も決まっていないなら、なるべく後回しにしようぐらいの気持ちであった。

 「カメラはおじさんのがあるんだっけ?」

 雄一に尋ねられ、洋子は無言で頷く。

 「僕はカメラを持ってないから、部のヤツを使わせて貰うかな」

 「カメラは高いからね」

 「だけど、カメラなんて、スマホの機能でしか使った事が無かったからな」

 「私もこの間まで、そうだったよ。だけど、ファインダーを覗く感じはスマホで撮るのと違う感じなんだよ」

 「そうなんだ。楽しみだな」

 そんな会話をしながら、少し歩いたところで、互いの方角が分かれる。

 「さよなら」と言って、二人は背を向けるようにして、互いの自転車に飛び乗った。


 洋子は家に着くと鞄から荷物を取り出し、整理する。

 明日からは普通に授業が始まる。

 真新しい学生鞄。

 合成皮革の鞄は片手用の取っ手以外に背負えるようにもなっている。

 自転車で通学する事を考慮したデザインであった。

 教科書や筆記具を入れる。

 そして、部活用にカメラとレンズを入れたカメラバッグを用意する。

 カメラバッグは自転車のフロントキャリアに固定する。

 叔父さんのカメラバッグはオーダーメイドの一品であった。

 カメラバッグの中には除湿剤も入れておく。

 カメラには湿気が大敵だと父から教わったからだ。

 そして、明日の準備が終わる。

 初めての学校。

 緊張感から、とても疲れた。

 洋子はベッドに転がると、そのまま、寝入った。


 翌朝はスマホのアラームで起こされる。

 洋子は寝起きのまま、洗面台に向かい、顔を洗い、歯を磨く。

 その後、部屋に戻り、制服に着替える。

 学生鞄を手にして、ダイニングに向かう。

 ダイニングではすでに母が朝ごはんを作っていた。

 「おはよう」と明るく声を掛けてくれる母。

 父はすでに出勤している。

 食卓に用意されているのはご飯とみそ汁、目玉焼きにウィンナー。

 洋子は目玉焼きに中濃ソースをダバダバと掛ける。

 「掛け過ぎじゃない?」と母に嗜まれるが本人は気にした素振りも見せない。

 掻き込むように食べ終えると洋子は鞄を持って駆け出す。

 学校へは自転車で30分。余裕で間に合う時間に家を出る。

 軽々と走り出す自転車。

 真新しいヘルメットを被り、街中を疾走する洋子。

 自転車を15分も漕ぐと、道程の半分以上を超えていた。

 「おはよー」

 偶然にも雄一と遭遇した。

 「偶然だね」

 洋子はその偶然が嬉しかった。

 二人は一緒に登校する。

 教室ではまだ、皆がソワソワしていた。

 まだ、昨日、互いの顔を見た程度。

 友達になれるかどうか。

 そんな距離感の測り方をしている。

 洋子は席に着き、鞄から出した教科書や筆記具を机の中に押し込む。

 「お、おはよう」

 前の席の女子が振り向きながら声を掛けてくれた。

 「おはよう。私、高梨洋子」

 洋子は自分から自己紹介をした。

 「う、うん。私は間野美奈。これからよろしく」

 「うん」

 美奈は緊張した面持ちだったが、洋子の反応を見て、表情を和らげた。

 「本当は昨日、挨拶をしたかったけど、緊張してたし、教室の時間、短かったから」

 「そうだね。間野さんはどこの中学なの?」

 「私は一宮の大和中学だよ」

 「私は稲中」

 「いなちゅー?」

 「稲沢中学校」

 「稲沢の事は分からないよ」

 「私も一宮の事は分からない」

 そう言うと二人は大笑いをする。

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旅する自転車 三八式物書機 @Mpochi

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